牡丹の花の咲く頃に
なんか最近は毎週のように水神様の祠に顔を出しているような気がします。
特に何をするわけでもないのですよ。他愛もない話をして、森の恵みをおすそ分けをして。食べ物の話題に花を咲かせては、古典の知識を伝授してもらう。
最近は和歌が多いですかね。前回遊びに行った時は宿題も出ました。
「そろそろ牡丹の花が見頃を迎えるのでおじゃる。よって次回はそれをお題にするゆえ一首詠んでみるがよい」
いつもこんな感じですけれどね。
インストールされた知識には、この手のデータも豊富に入っています。
水神様が見せてくれた百人一首を見ていて違和感を感じたのですが、ついつい口を滑らせてしまったんですよ。何か違う、って。
そうしたら水神様のテンションが急に上がってしまいまして。
『ほほほほ。たった2首の違いに気が付くとは、思いもよらなんだのう。
これは百人一首ではなく百人秀歌でおじゃる。百人一首の原撰本(原型)にあたるものじゃ』
「…………そ、そぉですか」
『歌道さえも嗜んでおるとは、ナギは多才であるのぅ』
この日から、ずぶずぶと泥沼に引きずり込まれていくわけで。
和歌を知っているという事と、実際に詠むという事は別の事なのです。
だから……
『この場合の問題は蕾がほころぶことを詠嘆する事の是非であるな』
「表現が強すぎましたか」
詠んだ和歌は短冊に書いて持っていくのですが、査定が厳しいのなんのって。
『ナギのような才媛が詠んだものとして相応しくないので、そなたの名誉を守るためにも、この歌は無かった事にするのでおじゃる』とか言って、短冊を細切れにするんですよ。
風をあやつる魔法も使い方次第ではこんな事も出来るのですね。
『ゆえに、この歌は……』
水神様の手を離れた短冊は、ひらひらと庭を舞っていたが、ぶわっ、と霧のようなものに姿を変えてしまった。
『ボツでおじゃる』
「あああああ……」
今回は自信作だったのに。
いつもより念入りに粉砕しましたね。
欠片も残さずとは、まさにこの事です。
『行間に詠み手の欲が見え隠れしておるのじゃ。全体として言の葉の選びは申し分なく文法もまあまあでおじゃる』
ご機嫌ですね、水神様。
持ってきた栃餅は完食ですか。
私の分は欠片も残っていないじゃないですか。
ちったぁ遠慮しろっつーの。
『そなたはこのあと里に行くのであろう?』
「そうですが」
『たまには街道を使うのじゃ。そろそろ里の民に顔を憶えてもらわんとのう』
洞窟から街道に出るだけでも数時間はかかりますし。
そこから普通に歩いて数日はかかる距離ですからね。野営するのは嫌ですよ。
『里の近くに迷いの森を見つけての』
「……よく見つけましたね」
水神様が見つけた迷いの森というのは偶然と自然が作り出した奇妙な空間です。
不思議な力が作用しているために、近づくどころか、そこに空間がある事すら認識できないそうです。半空間とでも言った方が良いような場所ですね。
「すごいじゃないですか。並みの神様では認識するのが難しい場所なのに」
『ほほ。麿とて神の端くれでおじゃるからの』
「いやぁ、大したものですねぇ」
『ほほほほ。もっと崇めてもらっても良いのでおじゃるぞぉ』
という事がありまして。
『そこを転移ポイントに設定すればよいのでおじゃる』
「ここからなら里まで歩いて行けますね」
水神様から詳しい場所を教えてもらいましたが、インストールされた知識が正しければ、里まで歩いて1時間くらいでしょう。
ふむむ、この衣装だともう少しかかりますかね。
そういえば、迷いの森は次元断層の一種かも知れませんね。
次元断層がどういう所なのかは、アルサーニ人なら子供でも知っていますよ。
……ねえ、ラーリッドの神様。
私はアルサーニの民だという事を、お忘れですか?
空間転移が標準実装と言うのはナギの種族の特性です。
私も欲しいです。
布団の中に何でもあれば良いのになぁ……




