ドラゴンに奪われた都市
1週間ぶりに大地を踏みしめたビロー・Nは、艦隊司令部で報告を終えたその足で風呂屋に直行した。
これは彼に限った事ではない。宇宙に出た者が地上に帰った時には、最初に立ち寄るのは酒場でも、食堂でもない。必ず風呂屋に寄るものだ。
それは鉱山の近くで温泉が湧き出している事もあるが、宇宙船乗りにとって水はとても貴重な物資なのだ。
いくらラークッジ級が大きくても積んでいける水の量は限られている。
風呂に入る事など、夢のまた先の、はるかに先の物語だ。
だから1週間ぶりに地上に戻った彼が、長風呂を楽しもうとする気持ちも分かろうと言うもの。
鼻歌交じりに、風呂屋へ行こうとするビロー・Nを引き留めたのは1体の機械人形だった。
「スみませんが、急イで艦隊司令官のところに行ってクださい」
「……なんだとぅ?」
機械人形は人間そっくり──それも年若い女の子の姿──に作られている事もあり、八つ当たりも出来ない。
もしもそんな事をしようものなら、年端もいかない女の子に手をあげる非道な奴と言われるのは間違いない。医務室からでは反論するのも難しいだろう。
仕方なしに、機械人形と一緒に艦隊司令部に戻った彼にはさらなる不幸が待ち受けていた。
「すまんが、鉱山都市カップン=ヌアまで行ってくれないか?」
彼は艦隊司令の命令を聞いて、目の前が真っ暗になった。
俺の風呂はどうなるんだ。普段の倍も宇宙空間で働いて、ようやく帰ってきたと思ったら鉱山都市に行けと言うのかよ?
彼には艦隊司令に対して『嫌なこった』と言う権利がある。
だが話を聞いているうちに、彼は悟った。
いや、悟ってしまったのだ。
──この命令に対しての拒否権などは、ない。
「……太陽水晶の台座に使うタングステン合金を10トンばかり、持って帰れば良いのだな?」
「うむ、今すぐに動けるのは君たちしかいないのだ」
そこまで言われては、断るに断れない。なにしろ建造中のヴィルマーナ級に使う物資なのだ。こいつは全人類──2億人もいる──をアヴォニアから脱出させるための10隻の宇宙船だ。
そして宇宙艦隊が隕石を迎撃しているのも……
「わかったよ。サフィーテランを… そうだな、3本で手を打とうか」
ニヤリと笑ったビロー・Nは、返事を聞く事も無く司令官室を後にした。
もちろん本気で言っている訳ではない。アレが滅多な事で手に入るようなモノではない事は誰でも知っている事だ。
彼の乗る宇宙船が発着場を後にしたのは、それから10分後の事だった。
それから3時間後。
宇宙船は鉱山都市カップン=ヌアの灯が見えるはずの空域に到着した。
時刻はそろそろ夕刻に近づいている。あと30分もすれば陽も沈むだろう。
通信士の報告を受けた副長は眉をひそめた。
「妙… ですね」
「どうした、副長」
聞けば、鉱山都市との通信が繋がらないというのだ。
たしかに目と鼻の──あと10分かそこらで到着する距離で通信が出来ないというのは、たしかに妙な話だ。
ビロー・Nの脳裏を、言い知れぬ不安がかすめた。
「嫌な予感がするな…… だが念のためだ。大砲の用意をしておけ」
「はい、船長」
機関室では太陽水晶がその輝きを増し、大砲のためにエネルギーを生み出した。
エネルギーが回ってきた艦首では、素粒子砲の発射準備が始められた。
そして、それは杞憂に終わる事はなかった……
「おかしいな… 鉱山都市の明かりが… すべて消えている?」
日没の近づいているこの時間になっても、照明を使わない筈はない。そろそろ夕食の支度が始まっていてもおかしくない時間なのだ。
少なくとも宇宙船発着場の標識灯が消える事はないはず。
そのまま近づいた宇宙船の観測室で観測士が悲鳴をあげた。
「市街地から飛び立つものあり…… ドラゴンです!」
電子望遠鏡を使うまでもなく、ドラゴンは鉱山都市を守るように次々と飛び立つ様子が見てとれた。そしてそれは、ビロー・Nの乗る──音すらも追い越す速度で飛ぶ宇宙船を易々と追い越すと一斉に炎の塊を吐き出した。
近くのスーパーで、ちょっとだけ袋ラーメンが安くなってきたかも。
父:病院食の方が旨いなんて……
母:ラーメン食べたいなら、言えば良かったでしょ?
父:袋ラーメンくらい、ひとりで作れると思ったんだい。
母:たしかに作れたわね。水の量は少なくて麺も生煮えだけど。
私:計量カップとキッチンタイマーは必須だと思う。
父:しくしくしくしく……




