神が許しても、許さない
惑星アヴォニアでの出来事は、驚きと共に受け入れられた。
その話もドラゴンが人類──黒ドワーフが築いた都市を襲撃したあたりで、お開きという事になった。
もうすでに夜空には星が瞬き始める時間になっていたのだ。
夕食という名の宴会もすでに終わり、さすがのドワーフたちも高いびきだ。
だからと言って、別に酒の中に何かを仕込んだわけではない。
「あの液体燃料もどきもだが、アレは特にヤバい酒だ」
モダテ武士団の間でNTB(ナギ様のタイム・ボム)と命名された酒は、とても飲みやすい上等な酒なのだが……
「今回はドワーフさん向けに、特に強力なものをご用意させていただきました」
ナギはおどけながら言ったが、男たちの表情は複雑なものだった。
──あの酒は、ガチでヤバい。
液体燃料もどきと揶揄される酒のアルコール度数99%だ。だから口に入れた途端にガツンと来る強烈なものなのだが、NTBは違う。
清酒やワイン以上に口当たりも良く、香りも良い極上の酒。
だが、しばらく──それなりに時間が過ぎてから、いきなり酔いが『回って』くるのだ。どんな酒豪さえもノック・アウトするその酒を、男たちは畏怖と尊敬を込めてNTBと呼んでいるのだ。
「呑まなかった私たちはこうして、のんびり話が出来るのですけどね」
ドワーフたちを酔い潰したのには、それなりの理由がある。
それは、黒ドワーフたちの今後について、いくつか打ち合わせておきたい事があったからだ。
たとえ神が黒ドワーフたちの地球移住を許しても、食糧倉庫は許さない。
「一番の問題は、やはり食糧… なのよねぇ」
「当座は合成食糧で凌ぐにしても、将来的には畑を広げないと……
あとの課題は将来生まれてくる子供たち、かな」
ナギ達がコペ・Pやスチャラ・K達──惑星アヴォニアを故郷とする人類──を黒ドワーフと呼ぶのは地球に住むドワーフ族とそっくりの見た目をしているだけではない。彼らと同じように、地下資源を採掘して加工をする事にかけては右に出るものはいない職人集団でもあるからだ。
そして、オオトヒワケノカミは水神を介して、地球人とアヴォニア人の間で子孫を作る事が出来る、いわば『同族』だと宣していた。
念のために、とレオノールがゲノム解析をしているが、今夜の打ち合わせにはその中間報告も含まれている……
「今のところは違いがないみたいなのよねぇ」
花音の口から出た中間報告を聞いた地球人は、やはりそうか… と思わざるを得なかったという。
「神様の言葉を疑う訳ではなかったけれど、本当に『そう』だったとはねぇ」
人体が自分と他人を区別する事については、かなり厳密な仕組みがある。
その最たるものは、免疫だ。体の外から入り込む全てのものを監視して、問題があるようならばこれを排除する。
もしくは受け入れないようにするための門番のような役割を持つシステムだ。
例えば風邪をひいた時に熱が出るのは、免疫システムの働きによる自己防衛反応の結果だ。そして、もうひとつ知られている事がある。
それは、拒絶反応だ。
臓器移植をする時に使うは免疫抑制剤は、この薬で免疫システムを黙らせるためのもの。一部の例外はあるが、人体は複数の遺伝子パターンを同居する事を良しとしないのだ。
遺伝子ベースで人類に最も近しい生物はチンパンジーだと言われている。
チンパンジーと人類の遺伝子を比べてみると、約98.8%は同じモノだという事さえ分かっているが、この1.2%の差が両者を分け隔てている。
「人類同士での違いなら0.8%以内なのにねぇ」
それは地球人も固体ベースでのゲノム解析で判明した事実だ。
たったそれだけの違いが、個々人の差として現れるのだが、逆に言えば人類と黒ドワーフの違いとて、その程度でしかない。
彼らの持つ漆黒の肌は彼らが赤道近くに住んでいたからだし、それは地球人で言うならば、アフロ系もしくはインディア系の人種と変わるものではない。
「そうなると、やっぱり問題は食糧になるのよねぇ」
ケチラス号は世代型宇宙船だ。当然の事ながら食糧生産設備──それも本物の農場さえも内包している──を持っている。
だが、それも充分なエネルギーがあってのこと。
彼らのエネルギー生成炉も、たった10分ほど地上に出現しただけで立ち消え寸前に陥ったのだ。いかに巨大な宇宙船とはいえ、エネルギーが無ければ、特殊合金の塊でしかない……
ちょっと想像してもらいたいのですが……
仮にひとりで1日あたり6個食べるものとして、移住する黒ドワーフ2万人には12万個を供給する必要があります。
コンビニおにぎりで使うご飯の量は、100グラム前後と言われています。
だから気の遠くなるような量のご飯が必要。
さらに、おかずも必要ですから……




