きのこハウスでの幕間劇
天鏡海を超えて、ドゥーラまでお買い物に。
その途中で、とんでもない事に気が付いちゃった私です。
潜水艦基地は完璧に整備されていますが、ご飯とかは備蓄されていないのです。
昴たちは水神様の手伝いで忙しいので、サポートは期待できません。
そして、レオノールはアジサイ号のリモート操縦をした事がないので……
アジサイ号にも食事をする場所はあるのですけれど、今回は操縦席から離れる事が出来なくなりそうですね。
自動操縦装置に任せっきりという訳にはいかないのです。
海にも魔物はいるのですから……
「そうなると、お弁当が必要になるのです」
ダンジョンマスターの権能──ダンジョン間の転移──を使って、イズワカのダンジョンまで戻ったのは、まさにこのため。
目的地はマスタールーム…… 通称きのこハウスです。
実際のところ、それぞれの拠点に寝泊まりする場所はあります。
それなりに居心地が良いのですけれど、あくまでもここが私達の本宅、帰るところなのです。ファンシーなキノコの形をした建物の間取りは、7LDKという豪華なものになっていたりして。
4人暮らしなので、そんなに部屋数は要らないのですけれど、時々お客様が来ますから。特にヘルマは、ひんぱんに私のベッドを占領しに来るのです。
まあ、それは置いておくとして。
今回の私はキッチンに用があるのです。
「やっぱり海苔巻きかな…… 玉子焼きと、ウインナーでも炒めましょうかね」
……なんて事をしているうちに、花音も帰ってきて。
「あらナギったら。この半日、どこに行ってたのぉ?」
「ヘルマに水神様の所に放り出されたのよ。そしたら……」
「こんな天気なのに対地効果翼機を使ったって!?」
花音に説教を喰らいましたとも。ええ、それも凄い勢いで。
水神様の社に展開されている防御結界を抜けなくては、転移も何もないのです。
それに、この後でドゥーラに行くためにはアジサイ号が必要で。
「この天気では、空路は無理…「当然でしょ!」…だからアジサイ号で行く予定なの! でもね、そうなるとお弁当とか必要だし……」
なにしろストレージにしまってある料理は、狭い操縦室で食べるには無理があるものばかりです。かと言ってエナジースティックは花音が怒るから無理。
無難なのは、海苔巻きでしょうね。細巻きを何本か用意できればオッケー!
「たしかに操縦室は狭いものねぇ……」
それもこれも、水神様がオオトヒワケノカミという超大物を招くための儀式のためです。何故か祭壇に供える供物にたたみいわしを加えよと言うのです。
それもヘルマの神託ときています。
「水神様も、なかなか言ってくれるわねぇ」
「花音もそう思う?」
ええ、わかってます。その表情を見れば、何を言いたいかなんてね。
ヘルマの一言が無かったら、もっと簡単だったのですよ。
たたみいわしなら、こっちでも作っているのですから。
「……でもね、田貫屋の物って… メーカー指定かけるんだもん」
部品メーカーが取引先の技術部門に営業をかけるのは、図面にメーカー名を記入してもらう事だと言われています。購買部門にも購買権がありますが、図面に書いてある内容には逆らえません。
モノ作りの世界では、図面こそが憲法なのです。
ヘルマがした事は、それと似た事というか、それよりもヤバい事のような……
「そのあたりの追及は後でゆっくりと… ね」
てきぱきと海苔巻きを作った花音は、弁当の包みを私に押し付けた。
「急ぐんでしょう?」
そうなのです。口にこそ出しませんでしたけれど、水神様はかなり焦っていますね。セリフの行間からは『疾く打ち出づるべし』という言葉がにじみ出ていましたからねぇ。
「……じゃあ、行ってくるわね」
「寒くない恰好をしていくのよぉ」
これ以上着込んだら、却ってヤバいって。スキンスーツの上に、ヒーター内蔵のパイロットスーツですから。その上でもこもこの防寒服って……
じっとしていても汗がだくだく出てますよ、あーた。
まあ、いいか。暑い分には脱げばいいからね。つか、絶対に脱ぐと思う。
とりあえず対地効果翼機に転移して…… 潜水艦基地に急ぎますか。
ここは、以前作った潜水輸送艦を隠すために作ったのですが、それと同時にアジサイ号の基地でもあるのです。カルヴァ山の──私が最初に作ったダンジョンに戻しておくのもひとつの選択肢でしたけどね。
でも、戦力は手元に置いておきたかったのですよ。
今回はそれが役に立った形になりますかね。
ドックの注水が終われば、いよいよ出発です。
アジサイ号は竜王様に貸し出す事もあります。
ナギがノギハヒメに愚痴ってからは、借りに来なくなったのですが…
不思議な事もあるものです。




