上位世界ってドコ?
今年の正月は、例年になく慌ただしいものでございましたな。
大神殿では歳神様をお迎えする祭事に続いて、エスター様をお招きしての神事。
ここまでは、例年通りの流れでございましたが……
「常磐 左衛門介、ただいま大神殿より戻りました」
「ご苦労様でした。それで向こうは何と?」
初詣に行った使用人たちが、随分と浮かれているようでしたので、事情を聴いてみたのですが、なにやら新年の行事が様変わりしていたので驚いたとのこと。
使用人たちの話だけでは、どうにも全体像が掴み切れないので、常磐君に大神殿まで行ってもらったのです。
彼はまだ30代の若手でございますが、戦前は防衛省の本省勤務ながら従五位下という官位を賜った優秀な人材なのです。
ゆくゆくは私の後継者として、エスター様にお仕えする事になるでしょう。
そう言う意味では、今回の出来事は彼にとって良い経験になったはず。
「神官長は、歌と舞を奉納しただけだと主張しておりました」
「それにしては、やり過ぎではありませんかな」
風土記や年代記には、その通りに記されるでしょう。
しかし、いくら権禰宜と巫女から志願者を募った上での催しとはいえ、あれは少々目に余るものもございますな。
エスター様を敬愛してやまない神官長らしいとも言えますが……
まさかあの場でアイドルコンサートとは。
「でも参拝者の受けは上々で、来年もこの方針が維持されるものかと」
「たしかに住民には娯楽が必要ですが、仮にも神事の一環でしょう」
新年の行事は神事──神官長が言い出した事でございます。それゆえ、もう少し厳粛にと申しますか、いくらなんでもアイドルコンサートを開催するのはいかがなものかと思いました次第でございます。
しかしながら、これも時代の流れでなのでございましょうか。
「エスター様がお戻りになってから、ご意見を伺う事にしましょう」
エスター様が装甲戦闘機でお出かけになったのは、大神殿からお戻りになられてすぐの事でございましたかな。
あの機体はエスター様専用という事もあり、メイド長が専属の操縦士を務めておりますが、その彼女を待たずしての出発です。
メイド長の話では、エスター様に神託が降りたとの事でございます。
しかしエスター様ほどの御方が取り乱すとは、まったく持って驚きです。
神託には、いかなる内容を含んでいたのでございましょうか。
「セバス様、ルーシルート様がおいでになりました」
しばらく2人で話をしているうちに、メイドが来客があった事を告げた。
ルーシルート様もハイエルフでございますが……
「わかりました。くれぐれも粗相のないように。……常磐君?」
「委細心得ております。それでは……」
応接室へのご案内は、彼に任せておくとして。
私はお茶の支度を急がねば。いや、ここは新作の紅茶に致しましょう。
当家の執事として、最高のおもてなしを致しませんと……
「……エスターはしばらく屋敷を留守にする事になった」
「エスター様の御身に何かございましたか?」
いつものように淡々と語るルーシルート様でございますが、今回のお話は驚くばかりでございます。お屋敷に戻られないとすれば、一体どこに?
「正確には上位世界。どうしてもに『里帰り』をしなくてはならなくなった」
エスター様はこの地に降臨なされて以来、ただの1度も上位世界に里帰りしていなかったとか。そのため、重要な儀式をいくつか『省略』なさったそうです。
エルフならぬヒト族の身でも、重要な儀式を『省略』する事の意味を知らない訳ではございません。
これは、とても深刻な事態ですぞ。
最悪の場合、エスター様は戻られる事が叶わぬかも知れません。それは人類の事を慮って『省略』したものと存じますが、この状況はいただけません。
「エスター様には、常々御身を一番にと申し上げておるのですが……」
「仕方がない。エスターは昔からあんな感じだから、あまり怒らないでほしい」
左様でございますか。まあ、そうでしょうな。
上位世界にお戻りになられたのであれば、それなりの出来事が待ち受けているに違いありません。そこから先に、私めの出る幕はございません。
お帰りになってからは、充分に労わってさし上げねば。
「配慮に感謝する」
「執事として当然の事と存じております」
エスター様が上位世界に渡った場所は、伺わない方がよろしいでしょう。
オウヴァ・ジーナ・ゼロの航続距離を考えれば、それほど遠い場所ではないと思いますが、そこは安全な場所だと拝察いたします。
「エスターの帰りの足としてオウヴァ・ジーナ・ゼロを借りる事にした」
「それはもう、存分にお使いください」
あれはエスター様が降臨なさった時の御座でございますから。
ものは言いよう、という事で。




