エスターと春祭り
エスターは、クバツ山の中腹にある屋敷からふもとの街を眺めていた。
今年も山桜が見事に咲きそろい、牡丹の花が咲き、花の季節が巡ってきた。
今年でドゥーラ王国も建国して10年になる。
「地上は平和ねぇ……」
水田では今年も稲作の準備が始まっている。
田起こしが終わった水田から順番に水が入れられていく。
気の早い農家はそろそろ2回目の代掻きが始めるだろう。
――辛丑の役から12年が過ぎたのね。
あの事件で 地球の姿は大きな変貌をとげる事となった。
我々の住む宇宙に別の宇宙からやってきた『何か』が衝突した結果、いくつもの時空間が混ざり合ってしまったのだ。先日の宇宙船も我々の住む宇宙に流れ込んできたものなのだろう。
そして、地上の姿も大きく変わった。
地球の大半は、別の時空間の原生林に置き換わる事となって……
置き換わった領域には厄介なモノが現れた。
時空間が交じり合った事で、やってきた異世界の魔物たちだ。
ローラシア大陸西部に端を発した彼等との戦争は絶望的な戦いの連続だった。
戦争の序盤から切り札が封じられてしまったために。
核反応そのものは起きるものの、臨界点に達する前に『立ち消え』て、使えなくなったのだ。
そのために、核兵器は厄介な放射性物質を地表にぶちまけただけに終わった。
原子力発電所も次々と沈黙し、再び目覚める事はなかった。
それでも人類の闘い続けた。
ゴンドワナ大陸で、ローレシア大陸で。その対岸のインディア大陸で。
対戦車ロケット砲が地を這うベヒーモスを、戦闘機が放つ機関砲弾が空から迫りくるワイバーンを粉々にし、大都市すら蒸発させるインペラーザ・ボムは津波のように押し寄せる魔物の大群を焼き払ったもの。
だが、人類の反撃もそこまでだった。
切り札を封じられ、武器弾薬も、食料も。何もかもが足りなかったのだ。
それでも人類は魔物の大軍を相手に善戦したと言えるだろう。
人類は1年にもわたる激戦で、いくつかの拠点を守り抜く事ができたのだから。
ここはそのひとつ。
ローラシア大陸の東端の一角にある弓状列島。
その名はヤポネス……
「……様、エスター様」
ん? なんだ、セバスじゃない。
ああ、思い出の中に沈み込んでいたようね。
「そろそろ大神殿に向かう支度を始めるお時間でございます」
「あら、もうそんな時間?」
「お召し物を整える時間を考えますと、あまり余裕はございません」
今日は大神殿で春の祭礼がある日だ。
何の事もない春祭りだが、昼間よりも夜の方が盛り上がるのは、田植え前の景気づけという本音があるからだろう。
「……すぐに始めましょう」
「はい、エスター様」」
この日に合わせてドゥーラからも国王陛下が来るという事もあり、手を抜けない。
メイドロイドに手伝ってもらいながら、儀式用の衣装に着替えていく。
ひとりで着られるようなシロモノじゃないのよ。そこにきて装飾品もあるから。
総重量20キロ超えって、普通は3キロから4キロでしょう。これじゃ鎧よっ!
「おお、これはこれはエスター様。ご機嫌麗しゅう…」
「神官長?」
「何でございましょうか」
「……謀ったわね?」
先ぶれをしておいたこともあり、神殿の入り口では神官長が出迎えに来ていた。
衣装を用意したのは神官長だから、ちくりと文句を言ったのだけど。
「この日のために皆が奉納してくれたものゆえ、無駄に出来ませんでしたのじゃ」
「…………たしかにね。建国祭の一端ですからねっ」
そう言われりゃそーでしょーけどねっ。
着る方の身にもなってみろっつーの!
「たまには宜しいでしょう? たかだか3日の辛抱ですぞ」
そう言うと、神官長は屈託のない笑顔を浮かべた。
儀礼用の衣装というモノは多少重く感じても仕方が無いのです。
重量はジャスティス! ステイタスなのです!!
……他人事だから好き勝手に言っている?
当たり前じゃないですかwww




