大妖怪とゴッデス・ジョーク
ナギの作った毛皮の山は、長い毛に覆われた鏡餅のような感じであるかな。
その真ん中あたりが、ぱっくりと開いた様子はのう……
「まるで怪物に飲み込まれるような心持ちじゃ」
妾が怪物の口の中に入り込むんでみた。すぐに口は閉ざされたが、明るさは変わらぬゆえ、背後から聞こえる柔らかい音だけで判じるしかない……
天井や壁に浮かび上がっておるのは微細で複雑な幾何学模様というか、魔導回路のようなものじゃろうなぁ。
でもな、地の色が紅鮭色というのものう。
「まあ、いいじゃない。快適でしょ?」
「そこそこ広いし、空調や照明も完璧。これ以上は言う事ないでしょう」
妾は誘われるがままに、たったひとつだけの部屋に通されたが、真ん中にはまたファンシーなこたつが置かれているのじゃ。
それにしても広い部屋じゃのう。
「だいたい6畳間くらい。広いとは言い難いかもね」
「……座布団の大きさは畳2枚分くらいしか無かった筈よの?」
この部屋は幅も奥行きも座布団の2倍くらい… じゃな。天井は、やや低めではあるが……
「天井は低めだけど2階建てにしたから仕方ないと思うのよ。でも、そんなに違和感はないでしょう?」
「花音やクラウゼルには、多少窮屈かも知れぬぞ?」
それは別として、不思議な部屋であるな。妾は間違いなく、ナギが縫い合わていた毛皮の山の中にいる筈じゃ。だがそれは、畳にして2畳分の大座布団の上に乗る程度の… やや大きめのテントくらいの大きさだったはず。
そこに6畳間がふたつもあるとは…… いやいや、ここにはヘルマ様がおられるのじゃ。まさかとは思うが……
「神としてのチカラは使っていませんよ。ここにあるのは、この銀河に生まれた人々の編み出した『技術』なのよ」
「……どういう事じゃろう。宇宙人がいるとでも言いたげであるの」
ヘルマは亀姫の口にした言葉を聞いて、うっすらと微笑んだ。
亀姫の想像は、事実の半分を正確に言い当てているのだから。
空間を拡張する事に成功した『宇宙人』は、この技術をいくつかの基本方程式と共に、不滅の金属で作られた円盤に託したのだ。
「…宇宙人が『いた』というべきなのね」
「今はいないのかえ?」
「ええ、ちょっと前に滅んでしまったのよ」
「……ねえねえヘルマ、75億年前は『ちょっと』って言わないわよ?」
宇宙人が滅んだのは、太陽系が出来るずっと前の話じゃと?
ぬぬぬ… これがゴッデス・ジョークというヤツかえ……
「広いという事は分かったのじゃ。あとは当日に会場に運び込むだけじゃな」
ナギの作ったのは天幕というか、テントの一種であるな。
いわば野営用の簡易住宅であるから、本番までには宴の会場に運び込まねばなるまい。話を聞いている分には、さほど重いものでもあるまい。
大入道どころか、貉にでも運ばせるとしようかの。
「その心配はありませんよ」
なん、じゃと?
「上の部屋には操縦席もあるし」
「そそ。ペリスコープの組み立てには苦したのよ」
ペリスコープはわかるが、操縦じゃと?
という事は、こやつは動き回る事が出来るという事かえ。
「よもや足が生えて、歩き回るという訳ではあるまいの?」
「……足って……」「大入道さんのような?」
違うか。2人ともきょとんとした顔をしておるの。
無数の触手を生やして、かさかさと歩き回らせるものと思うておったのじゃ。
すくなくとも、前に見た毛皮の山は、そうして歩き回ったもの。
思えばなかなかにすばしこい奴であったのう。
というか、大入道の足って…… ごわごわのすね毛が生えた筋肉質の足がわさわさと動き回る図を想像したら、何かこう… クるものが… ぐぷっ……
「亀姫様が何を想像しているのか分からないけれど……」
ペリスコープが見た風景がそのまま虚空に映し出されておるのか。
それを見ながら動き回るのであろうが……
やややや?
「風景が縦にズレてはおらぬか?」
ゆっくりと、視点が上に上がったような気がするのじゃ。
足が生えて立ち上がった訳ではないとすれば…
これは、いかなる事なのじゃ?
公式には、これが初号機なのです。
初号機というのは、特別な言葉です。正式には量産初号機と言います。
大量生産を始めた時に、出来上がった最初の1台の事を指すそうです。
だからと言って、こいつを量産する気はありませんが……




