良い日旅立ち
私たちは、出発の準備の真っ最中だ。
月面基地で作った大雑把な――臨機応変に重きを置いた――計画とは違い、これからは、このあたりの宇宙地図を作る事にしたのだ。
勝算は充分にある。太陽系の銀河ポジションは判明しているのだから。
惑星アルサーニを擁する赤色矮星ティーガと太陽系までの距離は12.5光年。
天文観測の結果とシミュレーションの結果から、それは裏付けられた。
これで、ふたつの恒星系の銀河ポジションが分かったのだ。これなら、我々がどこを飛行中なのか、数学的に計算する事が出来るのだ。
「つまり、宇宙空間で三角測量をするってわけか」
「そういう事になりますね。古くから使われている手法ですよ」
スケールが大きいだけで、基本的には初等数学の範囲になる。
方程式を汎用化するためには、高等数学で使われる手法も必要だが。
「ひょっとしたら、あのドラム缶の群れをティーガ星系に受け入れる事が出来るかも知れない。少なくとも避難所には出来るだろう」
「そうですね、あの脱出船団が無事に地球を出発していれば… ですけど」
成層圏の上層部を漂っている放射能を含んだ宇宙雲が地表に降ってきたら、地上の生命は全滅する。そのために、人類の持てる力をすべて注ぎ込んで、地球からの脱出船団を建造していた。
もしもあの災害を生き延びていれば、太陽系を離れている船もあるはず……
「フリーデ、ハンス。基地の他にも作っておきたいものがあるんだが?」
「珍しいですね、オーベル。何を作りたいのですか?」
「宇宙船ドックだ。コンセプション級の設計図があっただろ」
ハンスの見つけてくれた鉱山からは鉄鉱石が採掘できるそうだ。
埋蔵量は想像もつかない。
他にもいくつかの小惑星が見つかった事から提案したのだが。
とりあえず作るのはロボット生産プラントと地上基地からになるのだが。
それからの1か月については、特筆するほどの出来事はなかった。
この大陸についての地形図も完成さえる事が出来たし、地上に据え付けたプラントからロールアウトしたロボット群は鋼鉄のインゴットを作り始めた。
相変わらず大型生物は見つからない。
惑星に着陸してから2か月ほどが過ぎたある日の事。
いつものように焚き火を囲んでいると、嬉しい知らせが飛び込んできた。
フリーデが碑文の最後の部分の解読に成功したのだ。
「……にわかには信じられない内容ね」
「そうなのか?」
「……あとで読んで頂戴」
「わかった、ありがとう。ご苦労だったな」
「じゃあ、今日はもう寝るわ。おやすみなさい」
そう言うと、彼女は焚火のそばを離れると宇宙船の方に歩いて行った。
「平静を装っているが、ずいぶんとショックを受けているぜ」
「そのようだな。 ……俺達も船に戻るか」
「俺様もそうする。たまには船に戻るのも悪くない。明日は早いからな」
私は宇宙船の司令室で碑文の解読結果を読み直していた。
それは、昨夜フリーデが渡してくれた碑文の最後の解読結果だ。
『我々はいま、ここアルサーニを離れ、別の世界に旅立つ。
太陽が暴れれば、星は灼かれるであろう。
太陽が眠らば、星は氷に支配されるであろう。
よってこの地は我らが安息の地になり得ぬがゆえに。
我らの後に続く者達よ。
未知なるものを恐れることなかれ。
汝らがメドリーフに残りし者たちの末裔であるならば。
汝らがラーリッドへ赴いた者たちの末裔であるならば。
願わくば我等の足跡を辿らん事を。
大いなる出会いの喜びを分かち合わんがために。
同胞よ、勇敢たれ。
共に我らが崇める神、ヤルヤラの加護があらんことを』
彼らは我々のものとは違った技術で宇宙の大海を渡っていたのだ。
それがどのような内容のものなのか、伺い知ることすら出来ないだろう。
機械技術を出発点にしている我々のものとは、根本的に違いすぎるのだ。
だから、それらを再現できなかった。
もしも、あのテクノロジーを継承することが出来たのなら。
あるいは……
物思いにふけっていた私の意識は、同僚の通信によって現実にひき戻された。
『オーデル、私の方はいつでも出発出来るわよ』
『俺様も準備できたぜ』
さあ、冒険を始めよう。
人類未踏の宇宙をめざして。
ただひたすらに、そして勇敢に。
赤色矮星はその活動が不安定なものが多いそうです。
地球よりも太陽に近い距離を公転している惑星に住むとなると、そのあたりが不安要素ですかね。




