公務員と神と土人形
猫神社の裏庭に停められていたのは、車体のあちこちに赤十字のついた兵員輸送車です。なんでも簡単な手術まで出来るようになっているとか。
定期検査はそこで受ける事になったのですけど、いつものように簡単な問診とネックレス型の計測器からデーターを読み出して……
「悪化は食い止める事が出来たようねぇ。回復もしていないけど」
「現状維持なら、悪い事ではありませんよね。薬も毎日飲んでるし」
薬を飲み忘れると、とたんに血圧や心拍数が跳ね上がります。
最悪の場合には、心臓の中で血栓──血の塊が出来る事があるそうです。
それが脳や心臓の血管で詰まるような事があれば、命に関わります。
戦前なら助かる生命でも、今の医療体制では、とてもとても……
「そういうこと。嶺衣奈は自覚していないかも知れないけれど、重要なポジションにいるんだから。もっと自分を大切にしてねぇ」
さいですか。
重要って言いますけどね、職場の環境はブラックなんですけどねぇ……
「貴女はこのクルマを出すくらいには、重要なの。これってね、王宮にだって派遣しない車両なのよぉ?」
「……これってナギ様の所の装甲兵員輸送車… ですよね?」
兵員輸送車は戦車に随伴できる装甲車両として開発された車両です。
それだけに色々なバリエーションが存在するのです。重機関銃や大砲を積んでいる物や、ミサイル発射装置を積んでいたり。
ナギ様のところには川を渡るための資材を積んだ物もありましたけど……
病院仕様なんて… あったんですか?
「野戦救急車って呼んであげてね」
「はあ……」
戦場で怪我は付き物です。
軍用小銃の口径が小さくなったのは、兵士に持たせる弾薬の量を増やすのが目的ではないそうです。どちらかというと怪我をさせる事が目的なのです。
戦場で大怪我をした兵士がいたら、人数を割いて負傷兵を設備の整った陣地まで送り返さなくてはなりません。
その分だけ、戦場に出る兵士の数が減る訳で…… うわぁ、うわぁ…
「病院の方から前線に出向けば、早く治療を始めることが出来るでしょう?」
それでも攻撃される事は… 衛生兵を攻撃してはならない?
へぇ、国際条約では衛生兵は非戦闘員の扱いなんですか。
たしか軍人じゃない… 非戦闘員を攻撃したら、戦争犯罪になるんでしたよね。
でもイワノフ連邦って、その前身のスミノフ帝国の時代から……
「あそこってね、人の命が火酒よりも安いのよねぇ。だから勝つためには、自国領にだって平気で反応弾を使う所なの。滅んで正解だったんじゃない?」
たしかにね。
そういう国だからこそ、相次ぐ革命と内戦で自滅したんでしょうね。
国家とは民衆がそれを望んだがゆえに成立するもの。
世界史の授業では、そう習ったような気がします。
まあ、20世紀の後半に滅びた国家ですから、どうでも良いですか。
「ぴぃ!」
おや、埴輪さん。今日は白いヘルメットに、顔に巻きつけた… マスクぅ?
まあ、いいですけど。で、担架にくくり付けられて… セージャですか?
オネエの指示で野戦救急車に連れて来た?
「じゃあ、嶺衣奈ちゃんの検査はこれでおしまい。次はこの子の治療よぉ」
「ゑっ?」
担架ごと診察台に乗せられたセージャは、オネエのなすがままです。
今はお腹のあたりにセンサーを当てていますけど、何かありましたかね。
「猫神様から頼まれたの。セージャを診てあげてくれってね」
「マジですか?」
「この子は食事も満足にできないと言うじゃない」
確かにその通りです。
今では時おり水を飲むくらいでしょうか……
「原因は消化器系… 正常の範囲ねぇ…… あら、これは酷いわぁ」
セージャの口の中を調べたオネエは、ツールボックスから何かを取り出しています。いや、医療器具と言うより工具っぽいですよね、それ。
万年筆くらいの道具の先に、何か尖ったものを取り付けてますけど……
──ちゅいいぃぃぃぃ
「ごっごっごっ……」
身の危険を感じる危険な高周波音ですよ、それ……
「痛くなぁい、痛くないからねぇ……」
痛くないかも知れないけど、それって、充分に怖いから。
うわあああ、やめてえぇえええ!
しゅごごごごご……
歯医者さんには、専用工具が多いようで……




