開拓地が都市に育つには
11月もあと10日余りともなると、朝晩はかなり冷え込んできます。
昼間は暖かいし雲も少ないので、小春日和といった感じなんですけどね。
「ナギ様もお変わりないようで… 国王陛下の名代で、アノウジまで来たつもりだったんですけれど…
……ここ、アノウジで合っていますよね?」
馬車から降りた古城さんが訝しがるのも無理はありません。
ここは先月までは何もない──ただの荒れ地だったのですからね。
そこに大規模とは言えないものの、前線基地として充分な機能を持った砦が出来上がっているのです。事情を知らない人がここに来て、馬車から降りた途端に『ココドコ?』という事になるのも仕方がないかも。
騎士団はここを拠点にして魔物狩りを進めていますし、成果も上がっています。
資金力にものを言わせて強引に建設を進めたのは正解でしたね。
こうなると、いい具合に歯車も噛み合ってきます。
そのひとつが民間企業の進出、というやつです。
「そういえばヤマネコ商会の倉庫がありましたけど…」
「そそ。カッツェさんは賭けに勝ったみたい… ですね」
ヤマネコ商会の会長さんの名前はカッツェ・ベルグさんと言いましたかね。
最初に会った時には、とんがり耳のマスクをかぶって、ボンデージ姿をした変な人という認識だったのですが。話してみると、悪い人ではないようですね。
何でも若い頃は男の娘アイドルと言うか、役者さんの経験もあるそうで。
そうなると、芝居がかった物腰とか、ああいう服装も納得できそうな……
「あの人なら私も会った事がありますげれど…… ヒーノさんにとっては、この上ない御馳走かも」
「偶然ですね、私もそう思っていたところですよ」
鮑野ひらきと言う作家をはじめとした… いわゆるウース教徒の教典の題材にされる事請け合いです。それも妄想の産物じゃなくてナマモノです。
ウース教徒の行動力やネットワークは、王国でもトップクラスだと思うのです。
だから彼らに目を付けられたら、たぶん、きっと… 間違いなく……
「まあ、玄関先では難だから」
結局のところ、この家は私が住む事に決定したようで。
騎士団長に相談したら、こっちに丸投げです。
──判断は任せっからよ、上手くやってくれや。
でもねぇ、本当に私が使っても良いんですか?
エチィグ商会の提供という事になるんですよ、この家は。
「そうですよね? 会長さんたち」
家の周りを囲むように、大工さんがとんてんかんと、忙しそうに仕事をしていますが…… 皆さんのお屋敷ですか。お仕事の早い事でなによりです。
で、来ているのは、いつものエチィグ商会さんとカッツェさんですか。
あとは小黒屋さんと… あの若い人は奇矯屋さんの所の若旦那?
ちょうど良いですね。オークションからこっち、私に接触を求めてきた商会の皆さんが勢ぞろいしましたか。
「……で、この家ですけれど、やっぱり私が使うのは……」
「なーんのなんの、そんな事は気にせずとも構いませぬ」
「そうですよ、ナギ様。この家については私共のサービスでございます」
え?
「さぁびす、でございますから、気兼ねなくお使いください」
ヲイ? それって、官民の癒着って事にならない?
贈賄疑惑は、今後の商売に差し障ると思うんだけど。
「あくまでも、さ・ぁ・び・す、でございます」
他の旦那衆も… この建物は共同出資? ふぅん? 本当にそれで良いの?
そうじゃなくてね、駐屯地の建設にかかった資金ね、国に寄付したのよね。
だから、駐屯地の建設は私じゃなくて国家主導の事業という事になるの。
「だって、あくまでも私の立場は『観戦武官でしか』ないんだからねぇ」
ふっふ、その顔を見れば何をしたかったのかはよぉく分かりますって。
そういう事ですからこの建物は、千本松さんに預けましょうかね。
だって、私がここを使うのは年に何回かでしょう?
奉行所の建物として使ってもらえば無駄は無いですよ。
「そ、そぉですな… ははははは……」
残念でしたねぇ。あなた方の要望に沿えなくて。
でもね、アレを競り落としてくれたお陰で、アノウジは王国で唯一の、魔物からとれる素材を扱う都市に発展する事でしょう。
だから事業の継続はお願いしますよ。
せいぜい儲けてくださいね?
けけけけけ。
開拓地に過ぎないアノウジは、冒険者の街として発展して行く事になります。
特定外来生物を完璧に駆除する事は、今の日本でも無理なのですから。




