言葉は生きている
フリーデの努力にも関わらず、碑文の解読は遅々として進まなかった。
それは、地球に遺された古代言語と同じくさび型文字を使ったものなのだが、この碑文の作られた年代は、恐ろしく古い。
少なくとも5万年前も前に作られたものなのだ。
「言葉は生きているのよ。時代に合わせて進化していくの」
フリーデは、そう言っていた。
たしかに言葉というのは時代ごとに少しづつ変化していくものなのだ。
外来語を取り込む事で増えていった単語や、いくつかの単語を結合して生み出されたもの、あるいは新しく作られたものもあるだろう。
文法もまたしかりである。
我々の母国でも正書法として厳密に文法を定めていが、それとて見直しが入る場合があるのだ。
一般的に知られているのは我がドイツ語だろうか。文法をマスターすれば簡単に使いこなせると言われているが、それは20世紀に入ってすぐに正書法を制定したからだ。だが、制定から100年を待たずして改正されている。
そういう意味から、このくさび型文字を使った連中の言葉は、我々の知っているものとは違った言葉なのかも知れない。
いや、考えようによっては、こっちがオリジナルなのか。
「で、これが今回解読できた分よ。驚いたわね、この解読に間違いが無ければ、彼らの文明レベルは私たちのものと変わらないわよ」
「そうなのか?」
「まあ、読んで頂戴」
「……うん」
『大気が宇宙に逃げ出しはじめた。銀河の赤道面に突入したためだ。
それを知った祖先は種族の命運をかけて、移住先を模索した。
手はじめに内惑星系と小惑星帯の調査を始めた。前者は安全な避難先として。
後者はソル系を離れるための準備として』
銀河の赤道面に突入…… そう言えばそうだな。
我々がここに居るのも、太陽系が銀河の赤道面に入り込んだからだ。太陽系は銀河系を公転しているのだが、その軌道は数学の関数式で言うところのサイン曲線を描いている。
銀河系の赤道面を中心にして、上に行き下に行きを繰り返しているわけだ。
約6600万年ごとに起きるイベントで地球は色々な災難に出会っている。最近のイベントでは、当時地球の覇者だった恐竜たちが急にいなくなったし、その前のサイクルでは、温暖化の進み始めていた地球の気温が急に下がった。
どちらも隕石や彗星の衝突によるものなのだが。
まあ、天変地異が起きたことは間違いない。
火星にも無数のクレーターが見つかっている事からな。
……続きを読もうか。
『第3惑星はラーリッドと名付けられた。
メドリーフと同じような組成の大気と水がある。
惑星の大きさは、メドリーフの2倍、質量は10倍にものぼる。
それゆえに重力は3倍ちかくもあり、気温も高い。
低緯度地方では、ある種の…… 融点の低い金属なら液化しかねない。
科学者たちの研究によれば、決して順応できない環境ではないそうだ』
火星の重力は0.38Gだ。地球の4割くらいか。
当時の平均気温はわからんが、地球よりは涼しかっただろうな。
だが、金属が熔ける温度?
「それは本当に金属だったのか?」
私の疑問に対して、ハンスが意外な事を言い始めた。
「地球での最高記録は50度ちょいだ。このあたりは俺様の専門分野だが、この程度なら知ってるだろ」
「聞いた事はありますね」
「だが、その程度で液化する金属なんか、ないだろう?」
そんな温度で液化する金属なんか、水銀くらいだが。
だが、あれは火酒が凍っても液体のままでいるという金属だ。
「俺様が思うに、普通ならセシウムかガリウムだろう。どっちも精製が大変なんだけどな。なにせ鉱石1トンから5グラムも抽出できれば優秀な鉱山として認められるくらいだ」
「かなり貴重だな」
「ああ、その代わり色々な事に使われているぞ。たとえばだな……」
そうか。セシウムは主な用途はセンサーの素子か。ガリウムは半導体の材料、と。
他にも色々あるようだが。熱もしくは放射線を電力に変換だって?
そうか、原子力電池か!
原子力電池は庶民でも頑張れば手に入れられまでに、製造コストは下がっていたはずだ。コア部分は小ぶりの弁当箱程度にまで小型化できたからな。
それに石碑に組み込まれていたカプセルにも核物質が封入されていたじゃないか。
彼等も、それなりの事を知っていたはずだ。
彼等は私たちと同じレベルの文明を持った種族だ。
それなら、同じようなモノを使っていたとしても、おかしな事ではないな。
言葉は時代と共に変化してゆくものです。
どこかの業界では、自分に学がある事を自慢したいためだけに外国語使い、母国語を否定するのが流行しているような……




