巫女たちのフレグランス
しとしとと降り続く秋の長雨のせいで、秋も深まってきたと言うか。
梅雨時と同じように食中毒を心配する季節ですが……
「貴女たちは何を考えているのです?」
細菌がはびこる事イコール病気や食中毒というイメージがありますが、決してそれだけではないのです。人間にも悪人と善人がいるように、細菌にもは悪い菌と良い菌がいるのです。よく知られているのは酵母とか麹ですかね。
これら無いとパンや味噌醤油が手に入りませんし、漬け物だって種類によっては菌の力で美味しくなるものもあるのです。
一番の美肌は杜氏さんか漬物屋は色白と言われているのも間違いではないし。
お酒を造った後の酒粕やぬか床の中には、良い菌がいっぱい。さらに彼らが作り出した成分は美肌・保湿成分たっぷりだし、デトックス効果も……
日本酒成分の入った化粧品なんてのもありますからね。
「だってぇ……」「お肌の健康を保つにはベターな選択だと思うのよ」
私の目の前にいるのは、ユーディとカロリーナです。
サウナ用に地上に専用の小屋まで立てたのは良いのですが、これは色々な意味でおかしくないですかね。
小屋の材料を用意したのは私です。
それを埴輪たちに組み立てさせたのも私ですけれどね…… さすがにこういう事態までは考えていませんでした。
「サウナがお肌に良いのは分かります。砂蒸し風呂はデトックス効果も期待できそうですね……」
でもね。
「じゃあ、ナギ。これもアリだと思わない?」
ユーディ、それって何か違う。
たしかに杜氏の美肌とか漬物屋の色白というのは、昔から言われていた事らしいし、この時期になると時間に余裕も出てきますからね。
「私的には無しです! いくらなんでも、コレは無いでしょう?」
彼女たちは頑張ったと思いますよ。
頑張ってきれいな砂を集めるために、天鏡海まで行ったのでしょう。
この2人の体力なら、造作もない事かも知れませんがねぇ。
「いくらなんでもぬか床は反則だと思うのです」
「えー?」「頑張って作ったのにぃ……」
そんなにぬか床が好きなら、しばらく埋まっていなさい!
ぬか床混じりの砂は表面を固めてしまえば、しばらくは出てくる事は出来ないでしょう。好きなだけ漬かってくれたまえ。
それで家に帰る頃にはぬか漬けクサくなってしまえば良いのだよ。
ふたりとも何か騒いでいるようですが、私に対する深い感謝の言葉として受け取っておきましょうかね。けけけけけ。
と、まあ…… 菌の話はこれくらいにして。
「……雨がやみませんね」
「そうですね。心配なのは地下都市への浸水ですが……」
家老さんは心配性ですね。
地下につながる出入り口は完全に閉じましたよ。地上への出入り口で開いているは、3の丸だけです。イズワカ城は山城だから標高も高いですからね。
天変地異でも起こらない限り、大手門が沈む事はあり得ないのです。
それよりも畑が心配ですね。用水路が溢れたら、比較的低い所にある農地は水びたしになるかも。それも強力粉のとれる品種ですから、あれが無いとパンが焼けなくなります。うどんとかラーメンなんかも……
「ああ、それなら大丈夫そうですね。溢れた水は市街地に流れ込んでいますよ」
「ケチラス号の?」
「そうです。あそこがいい具合に遊水地になってくれましたからね……」
秋の雨は農地にだけ降っている訳ではありません。
当然の事ながらケチラス号が着陸した跡地にも潤いを与えて……
「何にせよ、畑が無事ならオッケー……」「でもありませんよ」
ケチラス号が簡易的な着陸マウントを作るために地表の一部を微粉末化したのは良いが、問題はその規模である。
東京スカイツリー並みの高さがあるピラミッドを想像してほしい。
つまりケチラス号は底辺だけでもギザの大ピラミッドの倍以上はあるのだ。
だから地表を微粉末化したのはいいが、深さも相応にある訳で。
「洪水になる心配は無くなりましたが、完全に乾くまで何年かかりますかね」
なんてこったい!
市街地の中心部分が大きな湖になりかかっているなんて。
それも底が微粉末では、危険すぎて水遊びも出来ないじゃないですか。
きれいな水を湛えた底なし沼なんて、洒落にもなっていませんよ。
ケチラス号が着陸した辺りの地面は、半径300メートルほどの面積が微粒子化しています。深さもそのくらい。これがどれだけ大きいかと言うと……
高校野球で使われる甲子園球場が4個入れても、おつりがきます。
ラグビー場だと30個は軽い、軽いって…… ああああ、大災害なのよぉ!




