消えつつある旧世界の遺産
昨日の収穫祭では国王としての仕事は簡単なものだ。
ぶっちゃけ1週間続く収穫祭の始まりを宣するだけの簡単なお仕事だからな。
そして、今日はモダテの里への小旅行が始まったのだが。
今朝は夜明け前…… 4時半くらいに目が覚めた。いつもより1時間近くも早く目が覚めた事になるが、不思議な事に2度寝をする気にもならん。
どちらかと言えば身体が睡眠を要求していないのだな。
それに、夢も見ないでぐっすりと眠る事が出来たのは久しぶりだと思う。
それ以前にひとりで寝たのも久しぶりだと… いや、寂しいとかそんなのではなくてな……
「贅沢な悩みをこいていやがるなこの国王陛下は、などとは言いませんよ」
「言ってるじゃないか!」
ぐっすりと眠れたのは、忙しい日々が続いたので疲れていたせいだろう。
それもこれも、私に休暇を取らせようという臣下の企みによるものだ。
だが、民に混ざり、収穫祭を楽しむ事が出来なかったのは残念だった。
地元の公民館でイベントがあると聞いて行ってみたくとも、行く先々には常に護衛がついて回るからなぁ……
「歴代の帝には、どこかの村祭りにふらりと顔を出して、民と一緒にカレーを食べる事をお望みだった… という御方がおられましたな」
おい孝之、帝は天津神の末裔だろうが。
そういう御方と同列とか畏れ多い事をさらりと言い放つんじゃない。
その程度の事なら、城をこっそり抜け出せばいくらでも出来るだろう。
なんだと? 食い倒れ天国で新作メニュー? ああ、白瓜の芯に塩辛をたっぷりと詰めて蒸しあげた「アレ」な。……悪い意味で食い倒れるかと思ったぞ。
「あなた達、そんなモノを食べたの?」
エスターはそんな会話を繰り広げる男たちを見て、眉間にしわを寄せた。
彼女からすれば常に新しい事に挑戦する姿勢は素晴らしいと思うし、何よりも今の話はヒト族らしいエピソードだと思うのだ。
エルフ族が保守的で、挑戦を嫌うと言う訳ではない。今にして思えば、かつてモダテの里にあった能美屋などは、その典型だったと思う。
つまり、『やってみよう』と冒険をするのは地球人の特性なのかも知れない。
「それにしても、エスター殿が戦前の機材を運用していたとは」
王国宰相の言う戦前の機材というのは、8人乗りの多目的乗用車だ。
ドゥーラ近郊で稼働するトラックの姿が見られなくなって数年。
駄目になった部品を何とかしたくても、現状では部品を作る手立ても設備も存在字ていない。いまや合成ゴムやプラスチックすら夢の素材なのだ。
「私の場合は、単に物持ちが良いだけでしてよ」
「いや、それでも大したものだと思う」
エスターはクバツにある屋敷からモダテの里までの旅程に『自動車』を使ったのだが、このような骨董品を使わざるを得なかったのにも理由はある。
魔族と戦争をしている今だから、今は反重力機関をはじめとする高度技術の産物を見てもなんとも思わないだろう。
だが、それは今だけの話だ。戦争が終わった後に、高度技術を巡って何が起きるのかを想像するのは難しい事ではない。高度技術を隠蔽する代償は文明レベルが後退だが、それを巡って内戦が起きるよりはマシだと思う。
人類の4割を占める2つの種族が争ったら、今度こそ人類は絶滅しかねない。
それに、戦前にはほとんど存在しなかった魔法が人類文明に新たなページを書き加える事になるだろう。
そのような文明の転換期にある今の時代に機械文明の産物は必要だろうか。
「私も見栄を張ってみただけですの。それよりも……」
「おお、これはこれは……」「見事なものですね」
モダテの里に着いた国王と宰相の前には中世的な村落の姿が広がっていた。
そろそろ昼食の支度が始まっているのだろうか。いくつかの建物では煙突から煙が立ち上っているのが見える。
「で、ここに我々に会わせたい人物がいると仰っていましたが… ?」
モダテではエスターの別邸で休憩を挟み、龍凪の宮を詣でる。
これが今回の小旅行の目的だが、虎の子の自動車を使ってまでも、旅路を急ぐのも我々を招待した理由のひとつなのだろう。クバツからモダテまでは馬車が通る事の出来る街道が整備されている。それでも最低でも片道3日はかかるだろうと思っていたのだが、実際には半日もかかっていないのだ。
「そうなの。ときに貴方たち、おととしの神託は憶えていて?」
「神々が何者かを、ここに送り届けるという内容だったと思うが…」
大当たりよ、国王陛下。王国宰相はどう?
「その人物には手出し無用、でしたか。学者や神官の解釈では、静かに暮らさせてやってくれ、という意味合いでしたか…… まさか?」
エスターは、彼らの話を聞いてにっこりと笑った。
「ええ、間違ってはいなくてよ」
さあ、それでは出かけましょうか、龍凪の宮へ。
第2次世界大戦の末期には、補充部品が前線まで行き渡らなかったとか。
そのために共食い整備と言って、稼働できない機体から部品を取り外して使う事もざらだったとか。




