ハイエルフと思考の泥沼
ナギとメイド部隊の戦いが終わってから、半月ほどが過ぎた。
季節は巡り、月が変わる頃には暑さも収まってくる。早いところでは、そろそろ稲刈りを始める農家もいるだろう。
「そして、このお米が最後の晩餐になるかも知れないのよね……」
地上で強烈な閃光が観測されたのは、今から半月ほど前の事だった。
その光は一瞬の出来事だったが、月面基地からも観測できるほどに強烈なものだったのだ。
それを知ってからのエスターは、ずっと思考の迷路の中を彷徨っていた。
地上で生まれた閃光こそが神の鉄槌というものなのだろう。
メイファが率いるメイド部隊がオノール湖の水神に喧嘩を売り、そのまま消息を絶ったのは…… 返り討ちにされたからだ。
おそらく救難信号を出す間もなく全滅したに違いない。
そして……
さらに深みに沈み込もうとしたエスターの思考を現実に引き戻したのはセバスだった。彼はテーブルにティーセットを並べながら、おずおずと話しかけた。
「エスター様、考え事のお邪魔を致しまして申し訳ございません。実はナガハマに派遣したメイド部隊の件お報せしたい事が… よろしいでしょうか」
セバスはメイド部隊がたどった運命については何も知らない。
半月前に6人の僧侶たちがもたらした情報が嶺衣奈が錯乱した事すら、『病状の悪化』で入院した事にしている。
つまり、この一件は完璧に伏せられているのだ。
「よくてよ、セバス」
「はい、実はグライダーが帰ってこないのです……」
だから、セバスは珍しく言葉を濁すのも仕方がない事かも知れない。
ナルハマという港湾都市に派遣したグライダーは旧式とはいえ実戦を潜り抜けた軍用機なのだから。それから可能な限り欠点を取り除き、航空機として完璧なものに仕立て上げたのは他ならぬセバスなのだ。
「……続けてくださる?」
「は、メイド部隊は前進基地を設営したら、オバラムに向けて調査隊を出す事になっているのですが、物資の補給のために1機は戻ってくるはずなのです」
派遣した3機のグライダーは運んだのは100名のメイドと、必要最低限の物資に過ぎない。だから建設資材や食糧などの追加補給は必須なのだ。
そのためには、むこうから取りに来てもらう必要があるのだが、それが戻ってこないというのだ。
「食料はしばらくは大丈夫でしょう。グライダーが遅れているのは、前進基地の設営に手間取っているのかも知れません」
もう少し待ってみましょう… エスターはそう言ってセバスを下がらせた。
『マスターシステムに質問がある』
エスターの脳裏に湧き上がる声は、地上で活動するエスターの代わりに月面基地をコントロールしているサブシステムからのもの。
地表に生まれた閃光を観測したのも、このサブシステムだ。
「どうしたの?」
『なぜ真実を隠したままにしている?』
普通なら、こんな事はしないでしょう。
でも今度の敵… と言っても良いでしょうね。
ナルハマに派遣したメイド部隊が神に喧嘩を売ったのですよ。
いくら何でも、相手が悪すぎます。
それにね。
あの一件は、人類が神に喧嘩を売ったのと同じこと。
この場合は神々の盟約は適用されません。
神々との戦争が始まった… そんな事が広がればどういう事になるのか。
あなただって分かるでしょう?
『その推論には異議がある。神は人類との戦争など望んではいないはず』
でも、亀ヶ城への空挺作戦は──失敗に終わったとはいえ──事実なのです。
そこにはナギも滞在していたと言います。
そうなると、あの空挺作戦は彼女の殺害を目的にしていたとしか思えません。
『その推論は支持する。ターゲットの殺害に成功する可能性は78パーセント』
それが問題なの。ナギはオノール湖の水神の妻でしょう?
私たちがクアルガで戦っていたのと同じころ、ナギはモダテの民を率いて、魔族に対する反転攻勢に出たわ。
そして間違いなく魔族に対してある程度の打撃を与えているはず。
この時期に何度もあるはずの魔族との小競り合いが、今年に限っては1回もないのは、そういう事だろう。
だから魔族にしてみれば、どうしても……
ちょっと待って?
そこになんで私のメイド部隊が…… ?
エスターは長距離通信システムを配備しなかったわけではありません。
ただ、それを使う前にグライダーごと水没しただけです。
こうなると、メイドとホストマシンの接続も断たれるわけで……




