猫神様ときうり
ドゥーラの猫神が来たという報せがあった。
猫神はドゥーラから外に出る事など滅多にないのに。
まして、私の屋敷に来るなんて。
「珍しい事もあったものね、あなたがドゥーラの外に出かけるなんて」
「実はの、半年前の一件で……」
あぁ、あなたと道祖神が天変地異を起こそうとした、あれね?
たかだか大福ひとつで、何をしたかったのよ……
「道祖神と喧嘩して、このあたりを荒野に変えようとした時のことでしょ?」
「それは言わないでほしいのじゃ」
猫神はぺたりと耳を伏せて神妙にしている。
あの時はターボザックを装備した大隊規模のメイドロイドを出動させたのよ。
リニアカノンで飽和攻撃をかければ、土地神クラスの喧嘩なんか、ね。
ふっ、所詮、戦いなんてのは数なのよ。
「それで、何があったの? 牡丹餅なら無いわよ」
「いやそれは嶺衣奈が昼に奉納してくれるから構わぬが…」
今日は抹茶を飲みたい気分だったので、付き合ってもらったけど、さすがに見事な所作ねぇ。このあたりは年の功というやつね。
茶の香りを堪能したのか、しばらくすると茶碗を置いた。
「アシマ産の茶葉……じゃな。香取海の先からお取り寄せするとはのう。恐れ入ったのじゃ」
「実はこれ、自家製なのよ」
「茶葉を取り寄せて挽いたのであろ?」
「取り寄せたのは苗木なの。植木鉢に植えて、暖かい部屋に置いておいただけなんだけど、存外うまくいったわ」
「ここでもかえ……」
猫神は脱力したかのように、テーブルに突っ伏した。
「どうしたのよ、いったい」
「……今日のおやつなのじゃ」
猫神が腰に下げた合切袋の中から取り出したのは、キュウリだった。
いつも甘いものを持ち歩いている猫神にしては珍しい事もあるものね。
それにしても…… なかなか立派なモノじゃない。
「また酔狂な事を。夏からずっと保存の魔法をかけていたの?」
「……今朝、収穫したばかりじゃ。河童共に分けてやったら踊り狂っておったわ」
「そうねぇ。これなら喜ぶでしょうね」
猫神から分けてもらったキュウリをかじってみた。
ぱきり、という心地の良い音と、しゃっきりとした歯ざわりに続いて、ほのかな甘みと香りが口の中いっぱいに広がる。
「……これは良いものね」
「そうじゃろう、そうじゃろう」
猫神も、まるで自分の事のように喜んでいる。
間違いなく、あの娘の仕業ね。促成栽培に気が付くとは…… 頑張ったのね。
数学以外には興味を示さなかったあの娘が、農業分野にまで手を出していたとは思わなかったわ。
「余程の理由があるのでしょう? そうじゃなければ、あなたがドゥーラを離れるはずがないもの」
今回の用向きは土地神としての『勤め』が関わっているのでしょう。
猫神はぺたりと耳を伏せ、足元を見ていたが、ぽつりぽつりと事情を話し始めた。
神託の事、幽冥での出来事、そして謎の転移魔法。
「憶えている範囲で構わぬ。あの時の転移はどの方角か… 教えてもらえぬか?」
「転移があった場所ではなく、方向を?」
「皆で手分けをして、それを探っているのじゃ」
転移魔法が使える人から、その方向を聞いて回っているのね。
人数は少ないけれど、広い範囲に散らばっているから、転移魔法が使えるとはいえ大変だったでしょう。エルフ族の長老や河童の処には行ってみた? そう。
「この屋敷からだと、たしか… ほとんど真北の方向だったと思うわよ」
「感謝するのじゃ」
「距離は3レルグ以内、という所ね」
出現ポイントは正確に分かっているけどね。それが何者なのかも含めて。
それを言ったら、彼らの努力に水を差す事になります。
彼らなりに知恵を絞った結果、こうして動き回っているのだから。
言わぬが花という事にしておきましょう。
ピクルス作りに挑戦してみました。
ただ、買ってくる量を間違えちゃったようです。
だから。
キュウリ食べるよ、キュウリ食べるよ。
もっとハードにキュウリ食べるよ……




