嶺衣奈ちゃんと春彼岸
叔母様の家の裏庭には神社がある。
一応は生垣で仕切られているけれど、地続きと言ってもいい距離だ。
誰もが猫神社と呼んでいる事で分かると思うけど、祀られているのは猫神だ。
「煮干しを持ってきたわよ… って、また猫の集会?」
「いましがた終わった所じゃ」
「これ以上餌付けされても、周りの人たちが困るんだけど」
神社の境内は猫で埋めつくされていた。まるで初詣を見ているようだわ。
参拝客はネコだけど。まあいいか、猫が猫神を崇めているだけだし。
あらら、今日は道祖神も来ているのね。
「去年、道祖神が言っていた転移魔法の事を調べておるのじゃ」
……ああ、あれね。
転移魔法か神の顕現か、って言っていたやつ。
時空魔法はさっぱりなんだけどなあ。
そもそも、魔法とはなんなのだろうか。
大ざっぱに言えば、体内にある魔力を、呪文の詠唱という手順を経て、術者が望む現象として発現させるもの。その範囲は多岐にわたるが、時として物理的に説明が付かないような『現象』をも実現させる事が出来る。
そうした事をする行なうすべを一切合切をひっくるめて、魔法と言う。
「転移魔法とは、大量の魔力を使うことで空間を歪めて、今いる場所から別の場所に一瞬で移動する魔法じゃ」
上級魔法なのね。古代語魔法なみに難しいなら、考えるだけ無駄ね。やめとこ。
ひょっとして転移魔法が使えるなら、使った事も察知できる… のかしら。
「それなら可能。転移魔法を使えば、ほんの一瞬だけ空間が歪む。それを察知するのは難しい事ではない」
じゃあ、どこから来たのかも… いくら道祖神でもそれは無理か。
「まあ『現れた』大体の方向は分かっているから、その方面を探っておっての」
大勢の猫たちがね。猫神が煮干しを報酬にして。
でも、あれから半年も経ってるのよ。
「しかしの、あの時の空間の歪み方は尋常ではないのじゃ」
「こればかりは言葉で説明するのが難しい」
魔法使いの勘、というか感覚的なものなのね。
そういうものって、決して馬鹿には出来ない。
正鵠を射ていた事も、決して少なくないのだ。
「猫はどこにでもいるからの。色々と情報を集めてもらっているのじゃ」
「ねえ、方向は分かってるのよね?」
「さっきも言ったが、大体の方向というだけじゃぞ」
「闇雲に探しても時間と労力と煮干しの無駄だと思うけど」
煮干しを奉納する身にもなってよ。
今月に入って、私だけで軽く3キロは納めてるんだからね。
「しかし、こもまましらみつぶしに探していく方が確実じゃぞ」
「手間と時間がかかりすぎ。これはスポンサーからの提案、というやつよ」
「むむむ、ここで供物の奉納が減るのも… よかろう、話を聞こうかの」
そんなに難しい事を言う訳じゃないのよね。
転移魔法が使えるのは、猫神と道祖神だけじゃないってこと。
それにね。
たかが煮干しと思うかもしれないけれど、されど煮干しである。
捜索範囲を絞り込まないと、効率が悪いし出費がかさむ。
「明日の朝、もう一度集まれないかな? 昼からは叔母様のところで牡丹餅作りの手伝いをしなくちゃならないから、その前あたりで」
まあ、それはあとで考えるとして、とりあえずデータを集めないと。
陽も傾いてきたし、あとは明日にしましょ。
それに道祖神を巻き込めば、たいていの事は何とかなる。
「別に構わない。猫神が起きているかは疑問だけど」
「叩き起こしておいて。9時には来るから」
「わかった」
道祖神が引き受けてくれたのなら、猫神は確実に起きるでしょう。
あとはデータを集める段取りをつけて、集まったデータをまとめるだけ。
こうすれば、これ以上煮干しを買わなくても良いかも知れない。
このペースで煮干しを買い続けていたら、ヤバい事になる。
給料日はもう少し先なのよ。
ひらがなの「ぬ」という文字って、なんとなく猫に似ていませんかね。




