いとめでたきもの
ここしばらく色々な事が重なって。
もう、何をどうしたら良いものやら……訳が分からなくなりました。
こういう時こそ神頼み、というわけで。
水神様の祠に来たつもりだったのですけれど……
「……ねえ、ガザック。私たちは道を間違えたのかしら」
「この街道は、祠まで1本道ですからなあ。枝道もありませんぞ」
たしかにね。
このあたりには、石灯籠がたくさん置いてあるのです。
ナギが作った石灯籠ですから、オークくらいなら撃退できますよ。
それが街道の両脇に、最低でも1町(約100メートル)に1基は置かれているのですから、間違うはずがありません。
それに、埴輪さんが道を間違える筈が無いのです。
実は、私たちの乗っている小型の馬車は、埴輪さんが運転するハーフトラックで引っ張ってもらったのです。
風のように流れゆく風景を、ずっと見ていましたからね。
「そういう意味では、道を間違えるという事は……」
「あり得ませんな」
目の前に広がるものは、間違いなくオノール湖なのよね。
近くにいくつも貯水池があるけれど、これだけ大きな湖は他には無いし、何よりも水神様の巫女として通いなれた道なんだから。
それに護衛としてついてきてくれたのは、ガザックだし。
彼の方向感覚は絶対に信用できる。
まだ小さかった私が森の中で迷子になっても、いつだって探し出してくれたのは彼だった。今では新月の夜だって、目隠しをしたままでも街の中をスイスイ歩き回ることが出来るのよ。
「たしかに、見覚えのある地形なのは間違いないんだけど……」
ここは水神様の祠があった場所で間違いないはず。
だってほら、あの庭石は水神様のお気に入りの銘石なのです。
西の都から運んできたものだそうで、やんごとなき人から銘を賜ったと聞いた事があります。 ……ええと、樹と言いましたか。
「だから、ここには祠がある筈なのです」
「……実際には何もありませんな。完璧な更地ですぞ」
「不思議な事もあるものですね……」
火事か何かで焼けてしまったとしても、土台くらいは残りそうなものです。
でも、だだっ広い境内には、建物が建っていた痕跡すら無いのですよ。
あるのは、岩と植栽に支配された広場なのです。
「ややっ!? あれは……」
「どうしたの?」
ガザックが指さす方を見ると、霞に乗った水神様がのんびりと近づいてくるではありませんか。どうやら懐から笏を取り出したようですが……
ごごごごご……
水神様が笏を一振りすると、鈍い音と共に地面に四角く切り取られたような穴が開くと、ゆっくりと建物が生えてきました。
いいえ、見間違いじゃありませんよ。
にょっきりとタケノコが地面から顔を出すように、建物が生えてきたんです。
「これ、ユーディよ。そこで何をしているのじゃ」
「ゑっ?」
すっ、水神様ですよね?
狐狸妖怪の類い… じゃ、ないですよね?
「世迷いごとを申すでない。麿を忘れるとは何事でおじゃる」
あれが偽物の水神様だとしたら、埴輪さんや石灯籠の反応も違ったものになる筈でしたね。どうやら本物の水神様のようで……
「……祠にこんな仕掛けがあるなんて、知りませんでしたよ」
「ほほほほ。微笑ましいジョークでおじゃる」
ジョークとか、そういう問題ですかね。
まさかとは思いますけれど。
人を驚かすためだけに、こんな仕掛けを作ったなんて言いませんよね?
「もちろん、本来の目的は別のところにあるのでおじゃる」
「何をしたいのですか?」
「ナギがの、戦に備えよと言うので任せてみたのじゃ」
……なぁぁぎぃぃ?
たしかに今日は、そういう事をしてもいい日だと教えたのは私ですけどね。
でも、ものには限度というものがあるんです。
それ以前に、水神様を巻き込むのはどうかと思います。
「まあまあ、こめかみに青筋を立てては折角の美少女ぶりが台無しでおじゃる」
水神様に、かしこみかしこみ申し上げますけどね。
祠がきれいさっぱり消えてなくなれば、誰だってびっくりします。
悪ノリもいい加減にしてくださいませんかね。
と、いうわけで。久々に水神様の祠が出てきました。
建物を地下に退避させたのは、ノギハヒメ様の一件以来でしょうか。
ちなみに元ネタは60年ほど前に放送された人形劇だったりします。




