どろまみれの戦線
俺達ドゥーラ騎士団は、雪崩を打って押し寄せてくる魔物を前にして、辛うじて戦線を維持していた。
文字通りの意味で、辛うじて、だ。
コボルトやゴブリンなら鼻歌交じりの仕事だが、今回は数が多いからな。
「味方が1割減ると、やる事が多くて困るなぁ」
「いんやどうも。撃破数を稼げて良かったでねぇか」
相方の口調はこのあたりの訛りだ。
俺も就職した頃には、新しく江戸に住み着いた連中に揶揄われたもんだが。
あいつらは川を挟んで反対側の住民だが、あいつらの方が早くから住み着いていたからなぁ。醤油で設けたカネを湯水のように注ぎ込んで、江戸との直通街道を整備したんだよ。
まあ、そんな事はどうでも良い。
とにかく目の前の敵を何とかしなくちゃ、どうにもなんねぇ。
魔物の数は多いが、コボルトやゴブリンだから何とかなっている。
「ぐあっ!」
「てめえぇえ!」
次から次へと現れるオークに気を取られ過ぎていたか。やけに突っかかってくると思ったら、槍を持ったコボルトの群れを横から突っ込ませるとはよぉ。
怪我人が増えちまったじゃねぇか。
「サウスン!」
「腕をやられた。……いてぇ」
「早く病院で治してもらえ。…おい、誰か一緒に行ってやれ」
戦闘が始まる前に団長から出た命令は、とにかく死ぬなという事だ。その場で手当てが難しい怪我をしたら、後方に下がれってな。
そこに設営された野戦病院には魔法使いがいるからな。
「あれなら、しばらくしたら戻ってくるだろ… おぐぅ?」
魔法使いがいるから、俺も怪我を気にしないで戦う事が出来るってもんだ。
だから、死なない限りは… ぐああ、いてえぇえ!
なん、だ… 俺の方から生えてきたモンは…… 青龍刀、だとぉ?
「こんちくしょぉおおお!」
思いっきり振り回した刀が、オークのどこかに当たったか。
切り裂けなかったか…感触が鈍いな…… おまえら、あとは……・・
「すんません、こいつをお願いします!」
意識が…… ちくしょ、また来ちまったか。
前回は後ろから突っ込んできたゴブリンが持っていた槍に、わき腹を抉られちまったんだ。意外と大怪我だったらしくって、しばらく剣を振るっているうちにぶっ倒れちまったんだな。
それにしても魔法ってのは凄いもんだ。あん時は腹に太い槍が刺さったてたんだが、あっさりと治ったぜ。お陰で、すぐに戦場に戻る事が出来たってこった。
傷跡が残っちまったのはしゃーあんめぇ。むしろ名誉の勲章って奴だな。
そして、今度は後ろから肩口をばっさりだ。
俺を斬ったオークはどうしたって?
こんな所じゃなければ、さぞかし肉屋が儲かっただろうよ。
「傷が深いですぅ、回復魔法を使いますから動かないで下さいね」
純白の看護服に身を包んだ少女は、へへっ、まさに白衣の天使ってやつだな。
さっきのとは違う奴だが、耳の形からするとエルフかも知んねぇなあ。
「ダールイ… ロヴォーフ…・・」
俺の傷を見るなりぶつぶつと呪文を唱え始めたんだが、しばらくすると切り裂かれた鎧の下の皮膚が生まれたての赤ん坊のようにつるつるになった。
やっぱエルフは魔法が上手いな。
「これで傷は治ったわ。お仕事、頑張ってくださいね?」
「ちょっと、待ってくれ……」
ぐいっと起き上がらされた途端に、世界が白く輝き始めた。
少女の使った魔法で、傷は完全に塞がったし痛みもねぇ。
だがな、流れ出た血までは、回復魔法でもどうにもならねぇんだよ。
やばいな。柔らかいものの上を歩いているみたいだ。
……徹底的に血が足りねぇ!
「……まだ居たんですか?
怪我は治っているんですから、さっさとお仕事に戻ってください!」
「う… わかった」
俺は気合で身体を起こすと、戦場に向かって歩き始めた。
巷では看護婦てのは、白衣の天使だと崇め奉っているけどよ。
俺も今朝まではそう思っていたけどよ。
戦場であいつらの世話になったら、考えも変わるというもんだ。
あいつらは……
白衣の悪魔、だ……
魔法の効果というか、魔法のレベルといいますか……
人類側が使えるのは初級魔法です。エルフでも中級どまり。上級魔法なら腕を失っても復元出来ますから、もはやおとぎ話とか伝説の世界です。
ナギの場合は、伝説を通り越してお笑いの世界に……(笑)




