国王陛下は頭を抱える
かつて、国際連盟で人類保存計画というプロジェクトがあった。
我々の太陽系は、銀河系を公転する同時に銀河系の赤道面を通過するような軌道をとっている。その周期は6600万年と言われている。
地質学者の偏執的な努力で、同じ時期に大量絶滅が起きている事も分かった。
20世紀の末になって彼等の仮説は不本意な形で証明される事になる。
今回の赤道面通過では、太陽系の針路上に膨大な量の放射能を帯びた星間物質の雲がある事が分かったからだ。
人類絶滅を避けるために、我々に残された手段は太陽系を離れることだった。
計画発動寸前になって、その計画は意外な形でキャンセルされたのだな。
別の時空間とのニアミスの結果、星間物質はどうにかなったらしい。
だが、それは良い事ばかりではなかった。
魔族との戦争が始まったのだ。
全滅寸前にまで追い込まれた人類を、神は見捨ててはいなかった。
神託と共に送り込まれた何者かの活躍で、戦局は好転しつつある……
「なるほどね。 ……君たちの言いたい事は分かった。しかし、だね」
私の前で小さくなっているのは、王国宰相と主席魔道士だ。
急用ということでエスター様のお屋敷まで行ったそうだが、実際には休養ではないのかな?
君たちは、そう皮肉られても仕方が無いと思うのだよ。
「神託にあった別の時空間からの来訪者というのは、3人の龍人の事だね。
エスター様より先月いただいた手紙にあったカザマ姉弟の事だと思うのだが。
そしてオノールの水神様が、娶ったのは妹君… 名前はナギ、だ」
つまりは、そういう事だ。
目の前のふたりが、この手紙の事を憶えていて、今の状況とかけ合わせて考えれば簡単に分かる状況だ。そして、ナギという人物はモダテ武士団に協力してくれたので、あれだけの戦果を出す事が出来たという事も、だ。
たかだかそれだけの事に、何を慌てていたのだ。
「手紙の内容を…… 失念していたんです」
「王国宰相らしくもないな。なぜ私に相談してくれなかった?」
「いいえ国王陛下、今回の件は私がけしかけたようなもので……」
……まあいい。
クバツなら、そんなに遠い所でもない。
馬に回復魔法をかけながら走れば、半日で行ける距離だからね。
だが、一番重要な問題はそこではない。
そんな事ではないのだよ。
「報連相は確実に。これを怠るとプロジェクト自体が破綻する事もあり得るよ。
今回のプロジェクトの内容を忘れた訳ではあるまい?」
「……人類の生存、です」
「そうだ。毎日が一発勝負の連続なのだ。さいわい今のところは順調だが……」
だからと言って、なあなあで仕事を進められては困るのだ。
慢性的な人員不足に加えて、昨日は欠員3名だ。
そのしわ寄せは、私のところに来るのだぞ。
久々の深夜労働は悪くはなかったが、これが続くと奥に何と言われるか。
特にベアトリクスはなぁ……
「誠に遺憾に存じます」
とにかく、2人とも先走りが過ぎるぞ。
我々にもたらされた情報は、すべて伝聞なのだ。
つまり、うわさ話なども多く含まれているということ。
それよりも何よりも、だ。
「なあ、こういう事は考えられないか?」
王国の連絡武官の誰もが、みめ様に会った事は無いのだ。
モダテの住民はそうでもないようだが、誰もそれを口にしない。
それに、彼女がどこに居を構えているのかも、はっきりしないのだ。
みめ様が現れてから、どれだけの時間が過ぎたと思っているのかね?
「言われてみればそうです、けれど……」
「宰相はどう思う?」
……答える事など出来まい。
神が神託を下してまでも送り込んだ人物。
彼女の主導で、モダテ武士団は魔族の侵攻を食い止め、撃退した。
たしかに、耳に心地よい話だな。
しかし、おかしいとは思わないか?
「誰かみめ様に会った事のある者はいないのか?」
「……誰も、いません」
「だとしたら、彼女が龍人だという事から疑ってかかるのが筋だと思うが?」
孝之にしても理沙にしても、軍人ではないから仕方がない。
だが、私は国際連盟宇宙軍に所属していたのだ。
だから、こういう状況については軍隊的に考える事にしている。
龍人として、地球にやって来た3人だが…… 別の時空間から来たのだろう?
我々の知識が全てだとは言えないのも確かな事だが。
魔族だって、別の時空間の住民ではないのかね?
そういう可能性を考えるのも、国王の仕事なのだよ。
コトは、もう少し慎重に進めてもらいたいものだ。
人類が知っている別の時空間の住人って、魔族だけですよね。




