採算は無視しましょう
土地神様が帰幽してからしばらくして。
水神様は無事にイズワカの土地神になりました。
「ドゥーラとの問題が片付くまでは、秘とせねばならぬぞ」
そうでした。
面白おかしく暮らしていましたけれど、元はと言えばドゥーラとモダテの里の間にきな臭い空気が流れ始めた事が始まりでした。
私の出現が原因なのかと言えばそうでもなさそうです。
戦時中から、色々と引きずっていたものが、ここにきて表面化したのですね。
王国政府が地質調査を名目にして、心臓に問題を抱えている半病人を送り込んできたのは、戦争をする理由を作り出すためなのかも知れません。
王国政府の背後にはエスター・ハイウインドという人物がいます。
ハイエルフはエルフの上位種族ですが、どこを探しても惑星神… それも中級神クラスらしいという以外にはデーターがありません。
ヘルマなら何か知っているかもしれませんが、『未来情報』にあたるそうです。
そうなると、聞く事は出来ませんね。
確定した歴史に対する介入は、たとえ神様でも許される事ではないのです。
「でもヘルマがここに居るのって、歴史介入じゃないの」
「それ以上は聞かないで貰えると助かるんだけどねぇ……」
「……さいですか」
ええと、今がどのような状況かと言うと、ヘルマを招いてのお茶会です。
イズワカ城の地下に広がるダンジョンの一部を改装に成功したのですよ。
龍脈のエネルギーを使って、閉じた空間を創り出したのです。
水神様が眷属の皆さんを住まわせている亜空間のようなものですかね。
ゲートの場所ですか?
だから、イズワカ城の地下ダンジョンの一角ですよ。
予備知識も何もない所からの開発ですから、色々と怪しげな技術がふんだんに使われていますとも。開発した技術の検証はこれからですね。
「ほほほほ。こんな空間を作り出すとはの」と、笑っているのは水神様。
「とっても頭を使いました」と、ぐったりしているのは花音です。
それはそうでしょうね。
この空間は、水神様は膨大な魔力と、修行の成果で編み出した時空魔法を人工的に再現したものなのです。オールド・タイマーが完成させた次元工学技術。
この空間はその片鱗の再現に挑戦した成果なのです。
「ここなら神気をたれ流しても問題にはならないのです」
「だから時間が正常に流れているのね」
そういう事です。
原理については聞かないで下さいね?
花音… レオノールでさえも、膨大な量の演算を繰り返した結果、なんとか導き出した検証も済んでいない、あやふやな理論なのです。
「使えるからいいじゃない。
でね、初歩的な部分にとはいえ次元工学が実用化されたから、未来情報の一部を開放する事が出来そうよ。
……ご褒美に良い事を教えてあげる」
ヘルマの笑顔も、どことなく複雑ですね。
この空間が出来た事を喜んでいるのか、それとも悲しんでいるのか。
どのみち、こんな採算を無視した空間は神様を迎える特別なゲストルーム以外には使いみちがありません。惑星規模のエネルギーを投入したのに、出来た空間がちょっと広い部屋… 程度では、割に合いませんからね。
「なんとなく悪い予感がするのですけれど……」
「ううん、お互いにとっていい話。特に頑張った花音にとってはね」
「私…… ですか?」
ヘルマはきょとんとする花音に、ひとつの方程式を告げたのです。
方程式がご褒美…… ですか?
たしかに、花音が興奮しすぎておかしくなっていますけれど。
次元工学の基礎方程式のひとつ、です… か?
えぇえええええ?
「……そりゃあ、ご褒美ですねぇ……」
「この空間を作り出す事に成功したんだもの。このくらいは良いでしょ」
「さいですか」
お茶でも飲んで… あら、冷めてしまいましたね。
淹れ直しましょうか。リクエスト、ありますか?
「そうね、私は抹茶がいいな」
「麿は濃茶がよいのでおじゃる」
「花音は…… しばらく放置で良いとして、亀姫様は?」
どうしたのですか、そんな青い顔をして。
昴が静かにしていると思ったら、抱きしめられて動けなくなっているのね。
どさまぎで昴を独占するのは、感心できませんねぇ。
返してくださいね?
次元工学は、空間拡張以外にも色々な事が出来ます。
でも、現時点では魔法の方が便利だったりします。
ダンジョンの構築やメンテナンスですね。
1000年も経てば魔法学が確立するのですが、時空魔法は噂程度で……




