水神様のお師匠様
トンネル基地もずいぶんと体裁が整ってきました。
水神様にも気に入ってもらえたようですから、なおよし。
残されたミッションは、土地神様に会うだけです。
「いつでも参れとの許しを貰ったとはいえ、今日明日は無理でおじゃる」
「なにせ吉日とは言い難い日柄なのでのぅ」
亀姫様に占ってもらったら、明後日の寅の日が、何かとよろしいそうで。
でも、その翌日は立春なのです。
まだまだ肌寒い季節ではありますが、暦の上では春の訪れとなります。
「その日の方が良くはありませんかね?」
「この地の土地神は天邪鬼なのでなぁ。かような日は避けるのが吉でおじゃる」
ふぅん、反骨精神と言うか、そんなモノでしょうかね。
立春の訪れを喜ぶよりも、その前日の追儺の儀式の方が良いって……
これは季節の変わり目に起こりがちな病気や災害を鬼に見立てて、追い払う儀式の事です。昔は立春で年が変わったのです。だから、その前日は今の感覚では大晦日のようなものでしょうかね。
毎年の行事だそうですが、そのころの私は身体の再構成… この身体に慣れるために色々やっていた時期でしたね。
「水神様、装束を新調しましたゆえ、ご検分を」
やややや? 眷属の皆さんが持ってきた装束って……
「うむ、これなら良かろう。相変わらず見事な出来であるな」
「ははっ、ありがたきお言葉……」
黒い毛皮のローブと真っ黒に塗られたでっかいお面です。4つの金色の目がなんか印象的と言いますか…… 言葉にし難い迫力がこもっていますね。
能なんかで使うお面とは違うようですが、厄除けのおまじないですか?
「これは方相氏の装束でおじゃる。古代の書物によれば、悪鬼や悪霊を祓う魔よけの力を持っているとされている人物なのじゃ」
本来の姿は熊の毛皮で作った衣と、朱の裳をまとい、矛と盾を装備していたそうです。そして、やっぱり、目は4つ。
さすがに、この姿でいきなり『わあっ』とやられたら怖いですよ。
悪鬼や悪霊の類いじゃなくとも逃げ出すと思いますね。
「厄払いの儀式はこちらでも行うとして… 土地神様に会う方法ですけれど…」
「うむ、社に訪問する前にタテハマの地で魔法を使えばよいのじゃ」
ノックの代わりに魔法を使うのですか。
変わった習慣ですね。
「そうよのう、我が師ながら妙な事を思い付くものよ」
「えぇえええ?」
「何かの?」
水神様のお師匠様って……
「人の身でありながら、神格を得ようというのじゃ。いくら麿が修行に精を出しても、それだけでは為す事など出来ぬよ」
「それはそうかも知れませんけれど、引きが強いですね」
神様と人間が同居する世界ですし、大抵の事には驚きませんよ。
縁日なんかでは、水神様も普通に屋台で買い食いしていますし。
でも、神様が人間の弟子をとるなんて、普通はあり得ませんよ。
「麿もそう思うのでおじゃる」
さすがに百鬼夜行に乱入して、妖怪相手に色々やらかすだけの事はありますね。
あの時の水神様って、体格的には昴くらいの……
という事は、まだ10歳にもなっていなかったのでは?
「麿が話した事があったかの?」
「イエナリさんから聞きました」
あらら、言わない方が良かったですかね。
けっこう面白おかしく語り聞かせてくれましたけど、水神様にとっては黒歴史だったとか、ありませんよね? ねえ、そうだと言って?
「墓でも見つけたら、麿に教えてたもれ」
「大切なお友達… ですものね」
「墓所には塩と抹香をぶちまけてくれるわ」
なんだかんだ言っても、それも友情でしょうね。
本気で嫌っているのなら、放置しておけば良いのですから。
でもまあ、あれだけ感情をあらわにする水神様と言うのも珍しいですよ。
いつもは、何があってものほほんと笑っているのですから。
「……7歳の誕生を迎える少し前の事であったかな」
しばらくしてから、ぽつんと話し始めた水神様ですけれど……
まだ6歳って… その時点で尋常じゃありませんって。
それだけの騒ぎを起こして、よく検非違使に捕まりませんでしたね。
陰陽師だって、警報は出すけれど手出しはしなかったと言いますよ?
「何事も為してみて分かる事もあるのでおじゃる」
「それだけのために、百鬼夜行に突撃かましたんですか」
その頃から素質はあった、と……
イエナリさんは、架空の人物です。
藤家でも本家に近い家柄の御曹司なのですが……




