公務員もお酒を飲む
まさか妖怪が人間の宴会に出席しているとは。
巷では怪異現象そのものとまで言われて恐れられている存在なのにね。
そう言えば、モダテの里では奇妙な事が続いているわね。
それも、この1年の間にいくつも起きているとすれば……
「時空震は去年の今頃… もう少し前からかしらね」
「昨年の11月頃と思いましたけど。震源の割り出しは、私もやりましたよね」
ことの始まりは、大きな時空震が観測された去年の11月にまで遡ることが出来る。神からの事前情報があった事で、異世界とのゲートが生まれた訳ではないという事は分かっていたものの、その規模の大きさはかなりのものだった。
その震源はオジマの森の近くになる。
「えへへー。あれは頑張ったんですよ」
そう。猫神がずいぶんと気にしていたので嶺衣奈が手伝ったのだ。
ネコをあちこちに派遣して、調査をさせていたらしい。
彼女が割り出した震源の座標域に、私たちが観測した座標も入っている。
よくもまあ、あそこまで絞り込んだものと感心しているわ。
「そうね、あれは比較的に正確なものだったわよ」
「こっちも必死だったんですよ。あれ以上長引けば奉納品の費用で破産するかも知れないと思ってましたから」
なるほどね。ネコを調査に出した日当は煮干し3匹…と。
たかが奉納品、されど奉納品。いつも猫神社に入り浸っている立場上、負担も相応に大きいのね。
あとで文句のひとつも言っておきたいところだけど……
「転移魔法を使える人材の再確認と言う意味では、嶺衣奈ちゃんの分析は決して無駄じゃなかったのよね。お陰で調査隊を出す口実にもなったし」
「ええっ? 調査隊を出したんですかぁ?」
あの規模の時空震は、通常空間に対しても少なからず影響を及ぼしている。
オジマの森近辺に次元断層が出来る程度で済んだのは、それなりに神の配慮があったのかもしれないけれど。正確には森の近くにある丘陵地帯。オギョウ川と絹の川の合流する辺りでの出来事よ。
そう言えば、あそこで水神との昼食を共にする事になったのだけど……
「水神様ですか?」
「そう、オノール湖の水神。先代の土地神ね。
そう言えば美味しかった? ドラゴンのお肉」
あの一件は、思い出すのも癪にさわるというか。
土地神を務めていたころから今まで、浮いた話ひとつ出てこなかった水神からのノロケ話だし。それを聞いていた私も背中の毛穴から砂糖が噴き出してくるような…… あああああ、もうヤダ!
とにかく百鬼夜行の前触れかと思ったわよ。
それを聞いていた嶺衣奈の表情がすうぅっと消えると、能面のような表情へと変わりはじめた。
すぅっと、目からハイライトの消えた表情をこちらに向けると、
「水神様には出逢いがあった… って事ですか」
……喚き散らさなかったのは上出来だけど、一体何があったの?
あなたはそんな表情をするような娘じゃなかったはずよ。
ちょ、おまあああ!
「ごっごっご……」
部屋の隅で寝ていたセージャが、むくりと体を起こすとふすまの前で私を振り返って見ています。まさかふすまを開けろと?
「わかりましたよ」
ふすまを開けた途端に、セージャは部屋を飛び出しました。
脱兎のごとくという言葉がぴったり似合いそうな勢いですね。
「きゅる」
振り返ってこちらを見たセージャは、一緒に来ないの? とでも言いたげな雰囲気ですね。優しい子ね。でも、嶺衣奈ちゃんも放っておく訳にはいかないし。
私なら大丈夫だから、お風呂にでも入ってなさいね。
セージャを見送った私は、静かにふすまを閉じると……
「な・ん・で、あなたがここに居るんでしょうね?」
「あらぁ、いいじゃないのよぅ」
えぐえぐと泣きいている嶺衣奈に湯気の立つマグカップを渡すと、ひとりの美女が唇を尖らせて、そう文句を言った。
時空震の発生を告げた神は、一柱ではない。
彼女もまた、時空震の発生を私に告げた神の一柱……
それも、あの神託より1週間も前に、だ。
「ちょっとばかり、ドタバタしているのですけれどね」
「些細な事ばっかりじゃないのよぅ」
目の前でくつろいでいる一柱の神は、焼いた小魚をもしゃもしゃと食べながらクッションに身体を沈ませた。
う… いつの間に転移をしてきたのかしら。
時空震は感知できなかったけれど……
「普通に馬車でお見えになったので、御通ししましたけど」
さよか。そんなら、まあ…… ってえぇええ!?
セージャ君って、優しいのね。




