銀色の異形
我々の前を横切ろうとした「それ」は、我々の前で、ふと、その歩みを止めた。
その姿の前に、その場にいた全員が凍りついたように動けなくなった。
「それ」が放つ威圧は、我々が恐怖に身を震わせることすら許さなかったのだ。
何もかもが… ただ、ただ、怖ろしかった。
緋色の紋様を浮かべた銀色の身体。
胸元には青く光る宝玉をいただき、その顔には楕円形の目が黄色く光っている。
まとっている魔力は――量も密度も人類のレベルじゃねえ。
これほどの魔力を身にまとう事は、魔法を使う事に長けている我々、エルフ族ですら不可能だ。
そんな事をすれば、間違いなく魔力で身体を焼き消されちまう。
銀色の異形……
目の前に佇む「それ」は、そうとしか表現できないものだった。
能面のような表情は、悟りを開いたような、どこか人を穏やかにさせるものがある。
いったいどれだけの時間が過ぎたのだろうか。
……ごくり。
つばを飲み込む音が、俺の耳の中で大きく響いた。
ゆらりと身体を回した「それ」は、静かに無頭鬼に向き合った。
「やめろ…… そいつは……」
叫んだつもりだったが、喉から出てきたのはかすれた囁き声にすぎなかった。
あいつは… 無頭鬼は単騎で、それも素手で闘えるような相手じゃない。
強力な装備を整えた武士が、纏まった数がそろって、初めて相手に出来るような強力な魔物だぞ。
GAAAA!
一方、無頭鬼は、恐怖を振り払うように大きな叫び声をあげて、「それ」に襲いかかった。
『しゅああっ!』
ずどおぉん……
「それ」は、裂帛の気合を放つと、突進してきたアケパロイの胴体を抱え、勢いの衰えぬまま脇に放り投げた。地響きを立てて、背中から地面に叩きつけられるアケパロイ。あれは… 俵投げ、サイドスープレックスと言う技だ。
『どああっ!』
アケパロイを相手に一歩も引く事のない「それ」の闘う姿は美しかった。
異形が… 闘舞とでもいう舞いに、見惚れてしまったのだ。
やがて幾合もの打ち合いの末に、動きを止めたのはアケパロイの方だった。
よろよろと、後ろに下がると足から崩れ落ちたのだ。
GAAAA!
だがしかし、戦闘意欲は残っているようだ。
ふらふらになりながらも、ゆっくりと立ち上がったではないか。
体のあちこちから、陽炎のようなものが見えるのは、受けたダメージの回復が始まっているのだろう。
だが、「それ」は、ヤツの回復を許す事は無かった。
『であっ!』
銀色の異形が裂帛の気合と共に十字に組んだ腕から、光の奔流が放たれた。
その光がアケパロイにぶつかると……
アケパロイの巨体は、どう、とばかりに崩れ落ちた。
そして、二度と動く事はなかった。
静かに佇んでアケパロイの巨体を見ていた「それ」は、ふと空を見上げた。
沖天には、春先の太陽が柔らかな光を放っている。
『しゅあっ!』
「それ」は、勢いよく飛び上がると、勢いのまま空の彼方へと飛びあがった。
みるみるうちに、その姿は小さな点になり、やがて見えなくなった。
「……俺は… 夢でも見てんのか?」
「いいえ、夢ではありませんよ」
「姫様!」
俺達の背後で声をかけたのは、カロリーネ姫だった。
その後ろには、満身創痍になりながらも笑っている部下たちの姿がある。
そうか、みな生き残ってくれたのか。
「とりあえずの危機は去りました。さあ、負傷者の手当てを始めましょう」
そうだな、姫様の言うとおりだ。
負傷者の手当てをしよう。
全員が大なり小なり怪我をしているが、戦死者はいないようだ。
それだけで済んだ事に感謝しなければならねぇな。
ああ、無性に腹が減ってきたな。
そろそろ飯の支度を始めるか。
さっきまで戦死覚悟で闘っていたというのに……
おっちゃんは、能天気ですねぇ(笑)
ザーラック様、渋い設定を考えていたんですけど……もうおっちゃんでいいや。




