出逢いは唐突に
その日、ザーラック武士団長に率いられた騎兵30騎に護られ、一台の馬車が山あいにある街道を進んでいた。普段なら護衛は10騎ほどなのだが、今回はその3倍もの人数が充てられている。
行先はバナワの森の中ほどにあるオノール湖に祀られている水神様の祠である。
決して遠いところではないが、近間という程の距離でもない。
森林地帯ではあるが、移動は難しくはない。街道が整備されているからだ。
「団長、過剰戦力もいいところですね。さらに後詰めが50騎ですか」
「イザックも下された神託の内容は聞いてんだろ?」
「そうなんですけどね、いつも通り… いや、いつもより暇ですからね」
「……だからだよ。静かすぎてるってのは、逆に怖いじゃねぇか」
昨夜は、森の入り口の開けた場所で野営をしたんだが。
このあたりは危険地帯だ。普段なら魔物の1匹も出るもんだ。
が、今回に限っては何も起こらねえ。
これが嵐の前の静けさ… でなければいいんだがよ。
「ザーラック様、休憩しませんか? そろそろ昼ですよ」
「この先に広場があったはずだな。そこまで行こう」
「承知しました。皆に伝えてきます」
俺は離れていくイザックの背中を見ながらひとりごちた。
「マジで……杞憂ならいいんだけどよ」
つい、と、空を見上げると、抜けるような青空が広がっている。
野鳥の群れが、彼の視界を飛びぬけていった。
事のおこりは、10日ほど前の事になる。
モダテの神殿に、オノール湖の水神様から神託が下ったのだ。
――万難を排し、我が祠に来たれ。
似たような内容は、クバツ山の大神殿にも下されていたようで、時を置かずして神殿からの使者が早馬を飛ばしてきたくらいだ。
使者に会った里長の決断は早かった。
「神託は下されたわ。カロリーネ、お願いできて?」
「はい、お母様」
すぐに2の姫であるカロリーネ様が巫女として赴くことに決まったんだが……
エルフの里があるモダテと、バナワの森の間には街道があるので、移動には時間はかからない。騎兵をつけた馬車でも一泊二日の小旅行だ。
そんな事を考えながら進んでいるうちに、広場が見えてきた。
「よし、あそこで休憩だ。ここで後詰めの連中と…… !?」
森の音が、消えた?
山鳥の声、風に揺れる木々のざわめきが、ない。
いや、不意に途絶えたのだ。
しん… と静まり返った森の奥から、何かが近づいてくる気配がする。
「何かいるな…」
「オーガ… のようですが」
「もっとヤバそうな相手のようだ。雁行陣を組め」
イザックに声を掛け、迎撃体制を取るように指示をする。
雁行陣とは、敵の進行方向に対して、兵力を斜めに配置する陣形で、戦力を臨機応変に動かしやすいのが特徴だ。
その指示に従い、武士たちは武器に手を掛けつつ、配置についた。
「っ! まずいぞ、無頭鬼だ!」
「なんで、こんな奴が?」
無頭鬼。オーガを超える強靭な肉体と、狡猾な知恵を持った魔物だ。
無頭鬼と呼ばれているが、実際には頭はある。だが、ほとんど上半身と一体化しているために、頭が無いように見えるのだ。
「何事ですか?」
「姫様! 馬車にお戻りを。魔物が現れました!」
「え…… !?」
姫はアケパロイを見るなり、叫んだ!
「あれと戦ってはなりません。背後からの襲撃を突破しましょう!」
血の気の引いた表情で告げた一言に、我々は違和感を感じた。
もうしばらくすれば後詰の部隊も到着するだろう。それだけの戦力なら……
……背後からの襲撃だと?
「ならば、この場は我らが戦って時間を稼ぎます。その間に姫様だけでもお逃げください……」
……こういう時の姫様の予感は良く当たる。
まるで結果を見てきたのではないかと思う程だ。
やるっきゃねぇか。
アケパロイについては、古代ローマ時代に書かれた本があるようです。
どちらかというとブレムミュアエという方が一般的でしょうか。
他にも、色々な地域で登場する人気者?のようで……




