とある宇宙の稀有な出来事
「これはまた珍しい出来事もあったものじゃ」
創造神様が珍しくホクホクとした笑顔を浮かべています。
新しいメニューを前にした時以外に、そんなお顔をなさる事があるのですね。
いったい何があったんですか? そろそろお昼なので、簡潔にお願いします。
「次元通路の崩壊に巻き込まれて、なおかつ生き残った者がいるのじゃ。
即死しなかっただけでも大したものだが、まっすぐこの空間に向かっておる。
あっぱれ、あっぱれじゃ。実に見上げた執念じゃ。
……もっとも、ここに到着するまでには消滅してしまうじゃろうな」
そうなんですか。
創造神様が手放しで何かを褒める姿を見るのは久しぶりですね。
お茶を出しながら話を聞いてみる事にしましょうか。
「消滅をまぬがれたというのに、気の毒な事ですね。何とかならないんですか?」
「たかだか特異点ひとつじゃぞ。 ……とっても面倒くさいのじゃ」
湯呑みを片手に、ぼやき始めました。
そう言いながら次のリソースを、この世界に呼び込むための操作をしています。
この時空間は、全ての物質と時間を使いつくした時間の終着点にあります。
創造神様は、それをリサイクルしようとしているのです。
それにしても、特異点ですか。以前、私も特異点だったと仰いましたね。
だから、とても親近感のある言葉です。
「助ける手段があるのですか?」
「あるよ」
次元通路の崩壊に巻き込まれたのにも関わらず、生き延びて、時間の終わりにあるこの空間に向かっているというのは大したものです。
何とか助けてあげたいものです。
湯呑みにお茶のお替りを注ぐと、お茶菓子は… 焼きそばあられにしましょう。
創造神様は、あられをぽりぽりと食べながら、助ける方法を教えてくれました。
「……手順としては、そんなに難しい事はありませんね。アダーマ達を創造した時と大して変わらないようですが?」
「そうじゃな。経験した事が無いのは、時空間の座標設定だけであろう」
たしかに、私は時間を遡った経験はありません。
単純な空間転移なら、何度もやっているのですけれどね。
とりあえず手順のおさらいをしておきましょうか。
まずは漂流中の魂魄を回収して修復。
肉体を再構成して、魂魄をインストールしたら、目的地に送り込む、と。
作業ごとに、膨大な量の計算が必要で、作業もかなり複雑です。
ものぐさな創造神様が嫌がるのも納得できるボリュームです。
「魂魄の吹き込みまでの流れは、アダーマーの時の応用で何とかなりそうですね」
「それよりも座標の割り出しが面倒なのじゃよ。7元13次連立方程式なんぞ式を立てるだけでも大変な作業なのじゃ」
最大の問題は、修復した魂魄を送り込む場所の特定です。
「でも、次のリソースが来るまでは、暇といえば暇ですよね」
私だって次の天地創造の練習がてら屋敷の裏庭でグ・エディン・ナを創り直していたくらいです。アダーマーの家があったところは更地のままですが、作物の味が納得できるレベルに仕上がるまでに、何度も創り直しています。
「たしかに暇と言えば暇であるが…… むむっ? それは何じゃ?」
「私のお昼御飯ですが何か?」
「広東風あんかけオムライスではないか。ううむ、ワシの最近のマイブームが中華だと知っての所業じゃな。それはワシへの挑戦と見たぞ?」
「そんな。創造神様に挑戦なんか致しませんわ」
私の前には、オムライスの乗ったお皿がふたつあります。やはり中華あんは食べる直前にかけるのがベストですね。しめじとエノキとシイタケの栽培には苦労しました。何度もグ・エディン・ナを創り直した甲斐があるというものです。
「ああ、ヘルマよ。二人前は食べ過ぎじゃろう。中華は油の料理とも言われるくらいにハイカロリ―な料理じゃからな。まあ、しばし待つがよい」
ふっふっふ、ちょろい。
創造神様はコンピューターの操作を……
かたたたかたっ…… たぁん!
どびびがががと景気のいい音を立てて、ドットインパクトプリンターが吐き出した連続紙を、ばりっとむしり取ると、私に手渡してくれました。
「こやつが存在するはずの時間軸と空間座標のデータじゃ。これがあれば時間遡行が出来るじゃろう。
時期的には…… ふむふむ、次元宇宙が繋りかかったころか。これはまた随分と古い時代の出来事であるなぁ」
ヘルマさん、前回の登場よりも黒くなってきましたかね。




