美味しい大福
幽冥から帰ってきた妾は、神社の本殿に戻ると、戸棚から茶の道具を取り出した。うぶぶぶぶ…… 今でも体の震えが止まらぬわ。
妾とて一応は神として祀られる身分なのじゃが、あれは……
「おかえり。もう少しかかるかと思ってたのに」
からりとふすまを開けて部屋に入ってきたのは… 道祖神かえ。
昔からの馴染みであるが、相変わらず無口なヤツじゃ。
「そんなに怯えた猫神を見るのは久しぶり。尻尾の先とか、色々焦げている」
そりゃ、あれだけ雷撃を喰らえばのう…… よく命があったものじゃ。
おお、そうじゃ。幽冥での出来事は、道祖神にだけは話しておかねば……
「あ…ありのまま…… 幽冥で起こった事を話すとな……
神が壊れかけた魂魄を一瞬で治したのじゃ。
な… 何を言っているのか わからにゃいと思うけど、
時だましだとか幻術の魔法だとか、そんなチャチなものとは断じて違うのじゃ。
もっともっと恐ろしいものの片鱗を見たのじゃ…」
今になって思い出しても、あの御業は驚異を通り越して恐怖の一言じゃ。
神としての格とかそういうレベルではない。あれは異次元の存在!
「猫神は焼き芋の食べ過ぎで、おかしな夢を見ただけ。あれだけ火の取り扱いは注意するようにと言っておいたのに」
豆茶のカップを片手に、大福をほおばっていた道祖神は、感想を口にした。普通ならばそう思うであろうのぅ……って?
ああっ、それ最後の一個ではないか! 鶴印の季節限定品で朝から並んで、ようやく手に入れた大福なのに、全部食べおったな!
「とっても美味しかった。 ……で? 異次元がどうかしたの?」
「……妾に神託を与えた神はヘルマ…様、といったかの。
幽冥に呼び出された妾が最初に見たものは、魂魄の残骸……
そうじゃ、文字通りの残骸としか思えぬ程にダメージを受けた魂魄じゃ。
それをあっさりと修復すると、天界…に帰ったのじゃ」
「生命を扱う冥府の神でも、魂魄の修復には時間をかけた儀式が必要のはず」
「そっ、それを一瞬で、やってのけたのじゃ」
妾は、確かに見たのじゃ。ふわりと顕現したヘルマ様の右腕から発した光を浴びた魂魄が一瞬で修復されるのを。
「それだけではないのじゃ。ヘルマ様はまるで鬼じゃ」
しばらくして魂魄が目覚めると、色々な知識をあやつの脳髄に直接、流し込んだのじゃ。途端に奴の身体が、サイケな色に変わりるやら、ウニのような姿で放電を始めたりとな。
一瞬として同じ色、同じ姿をしていなかったのじゃ。
あまりの苦痛で、姿を保てなかったというのが正解であろうな。
「のぅ、道祖神よ。ヘルマ様は、かなり上位の神だと思うのじゃ」
「それが本当にいればの話」
「……やはり簡単には信じてはくれぬか」
「当たり前でしょう」
弥勒が人々の救済のために訪れるよりも、遥かに遠い未来… 文字通り時間の終わりにあるヘヴンという宮からの界渡りをしたのじゃ。それも時間の流れというものを正確に把握しての事じゃ。
そうでなければ、あのタイミングでの顕現はあり得ぬ。
「たしかソーゾーシンサマの御意向とか言っていたのじゃ」
「ソーゾーシン? ……たぶんそれは創造神だと思う。宗派によって色々な呼び名はあるけど、大宇宙そのものを創造したという経典もある。それなら、ヘルマ神は相当な大物」
そんな事を話しているうちに嶺衣奈が来た。
こやつも最近、入り浸っておるな。学業の方はよいのか?
「満月の大福が手に入ったから、おすそ分けに来たんだけど、邪魔だった?」
おぉおおおお! ここも鶴印に負けぬ老舗の和菓子屋ではないか。
で、大福じゃと?
よこすのじゃ。道祖神なんぞに渡さんでもよい。はよ、はよ!
「……うむうむ。鶴印もよいが、これもまたあっさりとした甘味が良いのぅ」
やっぱり大福は至高の和菓子じゃ。いつ食べても美味しいのう、美味しいのう。
「で、何を深刻な顔をしてるの?」
「実はの、神託を受けたので幽冥まで出かけていたのじゃ」
「神様が神様に神託を? 焼き芋の食べ過ぎで変な夢でも見たんじゃないの?」
「……その話には続きがある。この紙が証拠」
神の意志を伝えるものは天使だよね。ところが、上級神が地元の神様に神託を下ろしたばかりか顕現までしている? 去り際に材質不明の紙っぽい何かに書かれた一群の方程式を残したって? 猫神にしては手の込んだ……
……方程式だって? こう言っちゃ悪いけど、猫神は数学が苦手だ。
というか、根気よく何かをするというのがね……
飽きっぽいのは、まあ… 猫だから仕方ないか。
焼き芋は美味しいですね。
ついつい食べ過ぎてしまいます。




