表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハードコア・シングルファザー  作者: ジェイク大友
1/1

序章

だっこちゃん人形に祟られたか!?


赤い紅葉が綺麗な季節の夕暮れ時。大阪市の南東に位置する平野区の中の、さらに南東に位置する大和川沿いの小さな工場が建ち並ぶ人気のない路地。俺の目の前には、だっこちゃん人形のような目出し帽をかぶった全身黒づくめの人間が3人、手に金属バットを握り立ちはだかっていた。


「まいったな、ゆっくり相手をしている時間はないんだが。」俺は心の中で、そうつぶやいた。ライブに出演するのだ、20年間やり続けたバンドのライブ。もう、出かけないと本番に間に合わないのだ。


体格からまず間違いなく3人とも男だろう。目出し帽は防犯カメラに写っても後から証拠が残らぬように顔を隠すため、武器が金属バットなのは、木刀やナイフであれば目的を達成する前に銃刀法違反で捕まる恐れがあるから。と、言ったところか。


などと冷静に観察してる暇はなさそうだ。俺は、さっと身を翻し走り出した、3人のでかいだっこちゃん人形も一斉に俺を追いかけて走り出した。


走りながら横目で、工場と工場の間にある隙間を見つけた。人ひとりが入れる位の隙間で2メートルくらいの高さの所に金属製の配管が通っている。俺は迷わずそこに飛び込み配管のちょうど下あたりで立ち止まり振り返った。


当然だっこちゃん人形は一人づつしか入ってこれない、最初に入ってきた一人、仮にだっこちゃん人形1号としよう。1号が大きく振りかぶった金属バットで殴りかかってきた。


ガイーン!大きな音を立てて金属バットは配管を直撃した。だっこちゃん人形1号はしびれる手を押さえてうずくまった。そのすぐ後ろにいた、だっこちゃん人形2号が1号の肩を「ぐい」とつかみ隙間から引きずりだす。バットでの攻撃は諦め、素手で殴りかかってきた。


俺は呼吸を整える、鼻から息を静かに吸い込む、歯を食いしばりその歯の隙間から「シー」と小さな音をたてながらゆっくり吐き出す。相手に対して斜に構え肩幅くらいに脚を開く、前傾姿勢になり右拳をと左肩でアゴをガードする。左拳を軽くおでこにあてた。メキシカンスタイルのボクシングの構えだ。


だっこちゃん人形2号は、素人丸出しの大振りテレフォンパンチで殴りかかってきた。俺は、体を左に回転させてそれを交わし返す刀で左ボディアッパーを叩き込んでやった。だっこちゃん人形2号は、もんどり打って倒れた。


残る一人は、当然だっこちゃん人形3号と呼ぶしかない。もう、隙間にいる必要はなかった。敵を一人づつに分散させるために俺は人ひとり入れる程度の隙間を戦場に選んだのだから。


3号は、他の二人よりひとまわり体がでかかった、警戒して両腕をクロスさせて上半身をガードしている。俺はゆっくり近づいてゆき、手が届く距離に入るとガードを上げ敵の左に回り込んだ。その瞬間、左ジャブを二発連続で3号のアゴにぶち込み、それに続く右ストレートで3号の意識を奪った。


目出し帽を剥ぎ取って、こいつらの正体を暴きたいのは山々なのだが、早くライブハウスに向かわなければ。


俺は、さっとその場を離れ。走って家に戻りバンドの機材を車に積みこんだ。時計を見る、本番には、なんとか間に合いそうだ。俺は車で走り出した。


「ライブハウスまで40分くらいやな。」自分自身に確認するように俺は小さく呟いた。


さっきの奴らは何者だろうか?この30年間、生きる事だけで精一杯だった。どれだけの人間に恨まれているかなんてわからない、心当たりなんていくらでもある。なにか笑いそうな気持ちになった。そして、俺はハンドルを操りながら、この30年間の事を何気に回想し始めていた。車の窓の向こうの大和川の流れを、ぼんやり眺めたりしながら。


俺は生まれつき人より何かが優れていたわけではない、特別ケンカが強かったわけではなかったし、家庭は決して裕福ではなかった。好きだったロックバンドを生きがいに必死で生きているうちに、そこらへんの奴らには負けないくらい強くもなったし、稼ぐようにもなった。人間は変わる、成長するのだ。つらい事や苦しい事にどれだけ耐える事が出来るか、どれだけ努力する事が出来るか、それだけの問題だ。



射幸心と言う言葉がある。この国で賭博が禁止されているのは「国民の射幸心をあおるのは勤労によって財産を得ようとするという健全な経済的風俗を害する」と言う事らしい。


勉強をして少しでも良い学校に入り、少しでも良い会社に入り、定年まで勤め上げる、それが幸せへの近道、それが幸せな人生。俺が子供の頃、そう昭和の時代。大人達は判で押したように、そう言った。近所のおじさんも、親戚のおばさんも、学校の先生も。みんな同じように、そう言った。まるで変な宗教のように。


俺は子供心に思っていた、それは国民の射幸心をあおっているのではないかと。勉強をしたくない言い訳だったのかもしれないし、子供の戯言でしかなかった。しかし、その考えがあながち間違いではなかった事は後のバブル崩壊が証明する事となる。


平成2年3月


俺は18歳だった。福岡の工業高校を卒業し就職の為、月末には東京へと旅立つ事が決まっていた。スーツ1着とネクタイ3本を用意したのだが、そのうちの一本がドット模様で、それを、見た母親が総理大臣になったばかりの海部俊樹みたいだと笑っていた。確かに海部俊樹のネクタイはドット模様だった。今にして思えばギタリスト、ランディローズのギターのポルカドット模様のような柄だったが他の2本がストライプ模様だったのでイメージが違うものを持っておきたかっただけなのだ。


先に旅立つ仲間たちを見送る日々が始まった。最初は同じ陸上部で仲の良かった健三だった。大阪の印刷会社に就職が決まっていて17日には旅立って行った。


19日には東京行きの飛行機のチケットを取りに行き20日にはスーツの裾直しが仕上がって手元に届いた。


22日、同じクラスで仲の良かった松山が海上自衛隊へと旅立つ、朝早くに自衛隊の人が車で松山の家まで迎えに来た。他の仲間とは違って、何か「連れて行かれる」感じがして悲しかった、就職と言うよりはパトカーや救急車で「別の所」に連れて行かれる、あの感じがした。その日の夜はギター仲間オノチンのロックライブに足を運んだ、地元のライブハウスともお別れだ。


仲間を見送る毎日が続いた。そして31日いよいよ自分の番だ。1番の親友である緒方は専門学校へ進学するために地元に残る最後に俺を見送ってくれた。同じ会社に就職が決まっていた宮木と待ち合わせ一緒に飛行機へと乗り込む。そう、ここから全てが始まったのだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ