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平凡なピピルと氷雪の王子の四年間  作者: 碧りいな
めざめの春
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祝福


 陛下とエルーシア様がいらしたのはそのすぐ後だ。エルーシア様は私に抱き着いて本当に嬉しいとボロボロ涙を流された。まぁ、ここまで訳ありの上に曰く付きになった令嬢は滅多に居ないだろう。存在するなら訳あり対決でもしてみたいくらいだ。それが無事に収まるところに収まったのだから本当に安心して下さったのだ。


 「それでもバージル殿下の事があったじゃない?貴女なら何がどうなってもどうにかなるのかも?なんて思いはしたけれど、肝心の貴女がさっぱりだし。ジェフリー、わたくし貴方を見直してよ。この娘を相手によく諦めなかったものよね」


 エリィは何とも複雑な表情を経由しながら笑顔にたどり着き、ギクッとした私は胸を撫で下ろした。あんなに冷静な人だったのに、この変わりようは頭が痛すぎる。


 「わたくしの代わりに一曲陛下のお相手を頼みたいの。許して下さる?」


 エリィはまた同じルートを辿りながら笑顔で頷いた。王妃様に対して何たる態度!これは帰りの馬車での反省会案件だわ。


 私は陛下にエスコートされてダンスフロアに進み出た。始まったのはまたスローワルツだったので、陛下は踊りながら話を始めた。


 「末長い幸せを祈っている、ファビアンにそう伝えて欲しいと頼まれた」

 「ありがとうございます。わたくしも遠くシルセウスより殿下のお幸せをお祈りしておりますとお伝えください」


 陛下は目を細めて頷いた。


 「君は……想像以上だったな。王妃の器ではないと言ったわたしは見る目が無かったようだ。君無くしてシルセウスの再興は成し遂げられないだろう。君には民を導く者としての素晴らしい適性が備わっていた。益々手放した事が悔やまれるね」

 「器も適性もわかりませんけれど、わたくし達シルセウスをセティルストリアの誰もが羨む素晴らしい領地に育ててみせますわ。わたくしをシルセウスに送り出して良かったと、いつかきっとそうお思いになって頂けるように尽力致します」

 「そうなってくれないと困るがね。信じられない額の助成金を持って行かれたのだから」


 私が首を傾げて上目遣いで陛下を見ると陛下は何やら焦って足元をもたつせた。


 「十年以上、多額の援助を受けながらどうにか凌いできた土地ですのよ。それがこの先延々と続くよりも一気に立て直して税収を得られるようにする方が良いでしょう?今後の税収は今回の助成金の何倍にもなりますわ。とっても素敵じゃありませんこと?」

 「ダンスをしながらするような素敵な話ではないがな。そんな目で見上げておきながらなぁ。ファビアンに『媚びを売るにも顧客を選ぶ』と言い切った君らしいね」

 

 私は更に夏になったら二週間、陛下とお子様達でシルセウスに滞在する約束を取り付けた。これで避暑地としてシルセウスが注目されるのは間違いない。エルーシア様からは生まれてくるお子様の洗礼用のベビードレスをピピリアルナリー刺繍で飾りたいと依頼を受けたし、帰ったら益々忙しくなりそうだ。


 そして新しい計画が実現しそうだとも聞かされた。元々ドレッセンへはシルセウスとシュバエバを経由するのが速かったのだが不安定な地を通るのは危険が伴う。だから南側から迂回するルートが多く使われていたのだが、ドレッセンがシュバエバを併合しシルセウスも安定したことで、シルセウスを経由する街道を整備することになったのだ。これは当然シルセウスの流通にも観光にも追い風になる。


 陛下に手を取られてエリィの所に戻った私は優しい笑顔に迎えられた。カーティスさんだ。


 「おめでとうございます。ピピル様が幸せな花嫁になられた、カーティスはこれ以上嬉しい事はございません」


 目を潤ませるカーティスさんに抱き着くと、カーティスさんは笑いながら背中をポンポンと叩き私の顔を覗き込んできた。


 「ピピル様にお会いしたいとある方がお待ちになられているのです。少々お時間を頂けないですかな?」

 「……どなたかしら?」

 「それが……ここでは少々……」


 私は街道の計画について夢中で話している陛下とエリィを残しカーティスさんの後に続いた。案内されたのは奥の休憩室でカーティスさんがドアを開き入るように促した。それから不安な顔で振り返る私を励ますようにウインクしたので、首を傾げながら足を踏み入れた。


 中に居たのは緩く波打つ金色の髪をハーフアップにした見知らぬ美しい女性だった。歳は私より上のようでしっとりとした落ち着きが感じられる。特別色白というわけではないが、濃紺のドレスが大人っぽい雰囲気に良く似合い品の良い女らしさを醸し出していた。


 「ドレッセン第一王女オフィーリア殿下でございます」


 カーティスさんに言われ私は膝を折って礼をした。


 ……ということは先頃正式発表された殿下の婚約者様ではないですのん!いやん、なんか厄介な予感?と心臓がきゅんとしたが、


 「サティフォール伯爵夫人。面倒な事は全部省きたいの。貴女はお忙しいのだしマナーなんてどうでも良いから掛けて頂ける?」


 と言われ実際王女もドスンとソファに座ってしまった。追い討ちをかけるようにカーティスさんも座るように勧めるので仕方なしに向かい側に腰を降ろすと琥珀色の瞳が鑑定するかのように私をみつめてくる。


 「ご存知よね、わたくし、この度ファビアン様と婚約が整いましたの」

 「はい、誠におめでとうございます」


 私は居心地の悪さを誤魔化すように精一杯にこやかに言った。


 「やっとよ、やっと。協定を結ぶためにドレッセンにいらしたファビアン様にお会いして恋に落ちてからどれだけ掛かったと思って?わたくしね、丁度今の夫人位でしたの。今では24になってしまったわ」

 「はぁ……」


 それから王女は一気にいきさつを語りはじめた。


 幼い頃から決められていた相手の不貞で婚約解消になった王女は、結婚に嫌気がさしのらりくらりと縁談をかわしていた。そんな時に同盟国の調印式でドレッセンを訪れたファビアン殿下に出会い一目惚れ、自ら政略結婚を国王に志願し申し込むも殿下に玉砕されてしまった。


 「それなのによ、忙しくて今はとても結婚なんてする気にはなれないとバッサリ断りながら、その後直ぐに平民の娘を見初めて側室侯補にしたと聞いて……わたくし、あんなに涙にくれた日々はなかったわ」

 「はぁ……」


 それでもどうやら我々は上手く行っていないらしい、という噂はなんとドレッセンまで届いており、王女は淡い希望を抱いたものの私達の急転直下の婚約発表に絶望する。しかし聖堂からの拉致事件に続きシルセウスのクーデター未遂、薬物の国際協定違反からのシェバエア侵攻。目まぐるしく様々な情報が入り乱れる中、最終的には婚約解消が発表された。


 「もしかしたら、今ならわたくしを受け入れてくれるんじゃないかしらって期待したの。それなのにアイツが……バージル兄様がセティルストリアに先に政略結婚を打診するなんて。しかも相手が貴女よ!わたくしは何年も思い続けていたのに、あの人見知りでとっつきにくいバージル兄様が?!それもスレニフ様と呼ばせていたなんてぞっとしたわ。もう本当に許せない」

 「はぁ……」


 うん、同じ国同士で何組も政略結婚って意味ないものね。早い者勝ちってところかな?


 「でもバージル兄様はがっかりしながら帰国して、わたくし直ぐにお父様にせっついたのよ。でもファビアン様にはまたお断りされたわ」

 「はぁ……」


 そりゃあ拉致監禁を理由に婚約解消したって皆さん思っていらっしゃるし……あっという間に隣国の王女と婚約なんて事になったらバッシングの嵐になるのは確実だものねぇ。あえて傷物を引き取りましょう!という申し出をしたバージル殿下ならば好意的に受け止められたのかも知れないけれど、白い目でしか見られない予感しかしないもの、そりゃ断ると思うわ。


 「わたくしね、今度こそ頭に来て国を飛び出して殿下の離宮に乗り込んだの」

 「はいっ?」


 目をぱちくりと瞬きポカンと口を開ける私を王女は満足そうに眺めていた。


 「こうなったらなり振り構っていられないでしょう?私的な視察っていう名目で来たけれど、どこにも行かずに毎日毎日離宮に押しかけたわ。当然殿下は迷惑そうだったのよ。でも少し様子が変わられていてね。人間らしくなった、とでもいうのかしら?」


 ……いや、あなたね。それって多分……。


「来る日も来る日も離宮に入り浸って押したり引いたりあれこれしているうちに、少しずつ、こう……気持ちが通い合うって感じ?そういう風になってきて。それでわたくしファビアン様に言ってみたの。そろそろ国に戻りますって」

 「……?」


 なんか、良くわかんないな、この王女様は。


 「『駄目だ。ずっと側に居ろ』ってそうなると思うじゃない?」

 「はぁ……」

 「それなのにファビアン様ったら『どうぞお元気で』そう仰ったのよ。笑顔で。それはもう素敵な笑顔で!それを聞いてわたくしもう堪えられなくて……ファビアン様の前でしゃがみ込んでワンワン泣いてしまったの。どうしてわたくしを受け入れて下さらないのって庭に居た護衛騎士まで様子を見に来るくらい大声で泣き叫んだの。そしたらファビアン様が……わたくしの顔を覗き込んで……………ゲラゲラお笑いになったのよ!涙を流しながらゲラゲラと!!」

 

 ……ツボったのね、殿下……。


 どうもこれ以降お二人の仲は急激に深まったらしい。というよりも、私に言わせてもらえば離宮に押しかけられたのに迷惑そうにしながらもそれを許した時点で多いに脈ありだったと思うわね。

 最終的には王女がいつまで待たせるつもりなのかとプロポーズを強要し、ついにご婚約となったそうだ。


 「ファビアン様は最後まで貴女に愛しては貰えなかったと仰っていたわ。でも暗闇でうずくまっていた自分に日の当たる心地よさを教え心を溶かし、人を愛することも愛されることも許されるのだと教えてくれたのは貴女だったと、そう話して下さったの」


 王女は立ち上がり私の隣に来ると腰を降ろして私の両手を握った。


 「貴女にお礼を言いたくて。だってファビアン様が変わられたからこそわたくしを受け入れて下さったのですもの」


 私は慌ててブンブンと首を振った。いかにもお姫様という気品溢れる佇まいは本当に殿下にお似合いだ。やっつけ令嬢の地味で平凡な私にはない圧倒的なオーラ、これこそが殿下の隣に立つのに相応しいのだから。そしてこの存在感とは掛け離れたかなりズレてる不思議なところ。多分殿下はそういうのにキュンとしたはず。あれで結構ちょろかったりするんだからね。




 王女と別れ部屋を後にしてカーティスさんと歩いていると、カーティスさんがいきなりプッと吹きだしそのまま大笑いを始めた。


 「ねぇっ!!わたくし何事かと緊張したんですよ。婚約者が元婚約者を呼び出すなんて、修羅場になるかと思ったじゃないですか!」

 「殿下もお幸せだとピピル様に知って頂きたかったものですからな。もっともあの方が会わせろ会わせろともう、煩くて……」


 結局そういう理由じゃないのよ!


 「とてもお似合いだと思いますわ。それに殿下を心から愛していらっしゃるのね」

 「はい、それはもう」


 カーティスさんは立ち止まり私に深々と頭を下げた。


 「ピピル様、本当にありがとうございました。どうか、どうか貴女様も末永くお幸せであられますように」

 


 



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