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平凡なピピルと氷雪の王子の四年間  作者: 碧りいな
さんどめの春
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お待ちしていました王子様


 不安はあった。でも一度は死んでも良いと思ったのだ。だったらただその時をじっと待つだけ、そう覚悟を決めた私は静かに朝を待ち、空が白み始めるとベッドを出て身支度をした。久し振りに編み込んで髪も結い上げた。こうしたら短くなったのがわからないわよね?控え目だけれどメイクもしてほんのりチークも入れ、ピンクの口紅を引く。うん、少しは血色が良く見えそうだ。


 いつもよりもずっと早い時間なのに、私が動き出したのに気が付いたのかもう小鳥が窓辺にやって来て囀っている。窓を開け、洗って塩気を取った木の実を並べると美味しそうに啄み始めた。小鳥も野生に生きる生き物だからいつもはおやつ程度にしかやらないのだけれど、今日は特別おかわりの分も並べる。


 外からは風の音と森で囀る野鳥の声しか聞こえない。ガリウス伯の私兵団の姿もまた見えない。私は胸元から硝子の小瓶を出して両手で握りそしてまた大切にドレスの中へと戻した。大丈夫、誰にも私の心を壊すことはできないのだから、と自分に言い聞かせて。


 その時、何処からか聞こえたパタン、という微かな物音に思わず身体が竦み上がった。気のせいかと思うくらいの小さな小さな音。だが耳を澄ますとそれは空耳ではなく少しずつ少しずつ近付いて来るのがわかる。

 私は激しい鼓動で痛みすら感じる胸に両手を当てながら橋の掛かる城壁の門を目を凝らしてじっと見た。


 ……まだ人影は無かった。


 思わず震える唇から深く息を吐いた。


 そうする間にも何者かの気配は確実に迫って来る。もう階段を上がる入り乱れた足音までが耳に届いていた。もうすぐドアが開かれるだろう。私の運命はどちらのドアかで決まる。首に掛けられた鎖を手繰り硝子の小瓶を引き出して冷えた両手に握り締めた。


 響いてきた何かを跳ね上げる音。そして大きく聞こえた慌ただしい足音。弾かれるようにバタンと大きく開いたのは……


 バスルームのドアだった……。





 丁寧にカーテシーをして彼等を出迎えた私は、顔を上げ微笑みを浮かべながら両手を差し出した。


 「きっと助けに来てくださると信じておりましたわ、王子様」


 そして私の目の前に姿を現した二人の()王子達は、苦虫を噛み潰したように顔を顰めていた。



 急に視界が暗くなり身体から力が抜ける。あまりにも異常な緊張が解け一瞬意識が飛んだみたいだ。倒れる、と思ったがいち早く誰かに受け止められていた。ふらつく頭を押さえながらその誰かに視線を向けた私は目を瞠った。それからぱちくりと瞬きを繰り返す。現れた元王子達を構っている場合ではない。ここに居るのは今一番居ては困る人物なのですよ!!


 私はコソコソと()()王子に訊ねた。


 「……アルくん。貴方、何でここにいるのよ?」

 「ドレッセンにはカイル達を向かわせました。わたしは一人で王宮に」

 「バカタレがっ!」


 思わず張った大声に後から後から入って来るセティルストリアの騎士達が唖然として動きを止めた。私はできるだけ可愛らしく小首を傾げニコリと笑顔を向けてからまたコソコソとアルの尋問に戻る。


 「なんで勝手な事をするのっ!危ないでしょっ。処刑されちゃうのよ!」

 「貴女死ぬ気だったじゃないですか。間に合わないと困るので、陛下に頼んで先に手を打って貰ったんです」

 「逃げなさいって言ったじゃないの!私は貴方達を死なせなくないの」


 アルは困ったように頭をかいてニカッと笑った。


 「それが、我々も貴女を死なせたくなかったんですよ。だから森からの隠し通路を案内しました」


 私は額に掌を当て天井を見上げた。どうしてくれよう、このおバカさんを。


 ふうっと一つ大きく息を吐いてから一瞬の間を置き素早くぶるんと腕を振ってぎゅっと締めた。アルは……突然私にヘッドロックされていたアルは……アルだけではなく二人の元王子、つまり陛下とファビアン殿下も呆気にとられて私を眺めている。


 私がその状態のまま、どうにか無理矢理指で挟みながら首から下げていた硝子の小瓶を持ち上げてブラブラさせるのを見て、陛下は訝しい顔で『それは?』と尋ねた。


 「致死性と即効性がとっても高い劇薬なんですって!」

 

 二人は揃って無表情になった。


 「うん、それで?」

 「アルバート・ディケンスは国家反逆罪の容疑で逮捕されますよね?」

 「うん、国家に反逆したからね。シルセウス領の独立を画策した上にそれに利用する為に王族の婚約者を拉致監禁したんだ。容疑はもっと増えるよ」

 「でも、数々の情報提供だけではなくわたくしの救出に協力したのでしょう?」

 「その通りだね。だから我々はここに来られた」

 「ということで、恩赦を求めます!」

 「え?」


 陛下と殿下は顔を見合わせた。


 「セティルストリア国王は罪人に恩赦を与え減刑することができますね。ですから前もって恩赦を求めておきます」

 「そりゃまあそうなんだけれど、その劇薬は何の関係があるのかな?」


 私は悲しげに小瓶を見つめてポツリと言った。


 「飲んじゃおうかなぁ……」

 「いやいや、どうしてだ?何故君が劇薬を飲むんだ?」


 焦って近寄ろうとした殿下に小瓶を振ってみせるとピタリと足が止まった。


 「だって、わたくしを救出する手助けをした者に対して恩赦の一つも下さらないなんて……わたくしは陛下や殿下にとってその程度の者なのですか?なんて悲しいの……ということで、飲んじゃおうかなぁ……」

 「わかった!わかったからそれをこちらによこしなさい」


 陛下が手を伸ばしてわあわあ騒ぐ。それを見ている騎士達はあんぐり口を開け茫然自失だ。


 「でしたら今のうちに恩赦の内容を約束してください。そうねぇ、国外追放……なんて良いんじゃないかしら?それから共犯者がカイル・ロードソン以下17名おりますので彼等も国外追放にしましょう。よろしいですよね!ほら、陛下のお口からもちゃーんと仰って下さいな」

 「……わかった。恩赦ならくれてやる。全員纏めて無期限の国外追放だ。だからそれをよこしなさい」


 私は手を伸ばす陛下を無視し騎士達に視線を向け笑いかけた。僅かに後ずさる気配がするのが気になるが、彼等は重要な証言者だからしっかり押さえ付けておかなければ。


 「皆さん、陛下の言質は取りました。そうですよね」


 ぎこぎこと彼等の首が上下に振られる。


 「さぁ、もう良いだろう?それをこちらに……」


 再び近寄ろうとする殿下に向けて小瓶を振ると『今度は何だ?』と頭を抱えてしまった。


 「このおバカさんのせいで余計なお願いをすることになったんです。本題はここからですわ」


 メインに入る前にうんざりされたのではこちらもたまったものではない。私が苦労して苦労して用意したのはこんな話じゃないのに。

 私がムッとすると陛下と殿下はまた顔を見合わせる。それから揃って神妙な顔をして口を閉じたのを見計らってから私はきっぱりと言葉を続けた。


 私を助けに来てくれた元王子様達に。


 「わたくしは王家に必要な要素を充たしておりません。殿下との婚約を、辞退させて頂きます」


 今度こそ、二人はまるで私が何を語るのか予言でもされていたかのように、僅かな動揺すら見せず黙って私を見つめている。そして何時までも途切れることの無いその視線に耐え切れずに俯いた私の耳に、フフッと漏らした殿下の切ない笑い声が届いた。


 「ピピル、君は逃げられなかったんじゃない。逃げなかったんだね」

 「わたくしにはここから逃げ出す方法が無かっ」「違う!!」


 私の言葉を遮ってゆっくりと進み出てきた殿下は、私の前で膝を着きじっと顔を覗き込んだ。懐かしさすら感じる碧い瞳に捉えられ、私は何も言うことができなくなった。


 「アルバートは知っていたんだ。君が小鳥に餌をやりながら何をしていたのか。それに君は気がついていたんだろう?森のガゼボの床の石板が隠し通路の出口になっているのを。あの床板も……」


 そう言いながら殿下はバスルームを振り返った。


 「自分で外せるように細工した」

 「……」


 ガゼボから戻るとき、立ち上がった足元の石板が大きく傾いて倒れそうになった。その隙間から一瞬だけ見えた地下に続く階段。


 その後私はアルに連れられ城の中の隠し通路で塔に戻った。私は物置から通路に入ったけれど通路は複雑に枝分かれしていた。あれは色々な場所を行き来できるようになっていて、そして必ず城の外に通じているはず。それならば脱出口はあのガゼボだ。


 城に戻った時、騎士達が通路を使うのを躊躇ったのは、私にその存在を知られてしまうから。バスルームの床板はぴったり閉まるように作られていたので下から押し上げる事でしか開けられない。だから念の為、板が戻される前に板の角に糸を渡して閉め隙間に糸を押し込んで隠しておいた。何時なんどき何が起こっても不思議ではないこの緊迫した状況で、万が一ここからラーナを逃がさねばならない事態になった時は針で糸を引っ掛けて取り出し引っ張れば板が外れるようにしておいたのだ。


 何も言われなかったから気が付かれていないかと思ったのに、アルは知っていながら黙っていたのか。

 

 「君なら殺されるのを黙って待つくらいなら無謀だろうと行動する事を選ぶはずだ。しかも君が知り得たルートは一つではないし、より確率の高い方で脱出を試みるだけの判断力もある。アルバートは一縷の望みを賭けて君の細工を見逃していたんだろう。胸の奥底では君を死なせたくないと思っていたからだ。それなのに君はここに留まり殺されるのを待っていた。もし救出されたとしても、その時はもう王族の伴侶には相応しくないと思われるように。ただ泣きながら王子の助けを待つだけの、無能なか弱いお姫様になれるように……」



 殿下は右手を伸ばし冷たい指で私の頬を撫でた。

 

 


 


 


 

 

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