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平凡なピピルと氷雪の王子の四年間  作者: 碧りいな
さんどめの春
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ガリウスを欺くために 


 森の奥から微かな馬の嘶きが聞こえた。空耳かと思ったが地を蹴る蹄の音が間違いなくこちらに近付いてくる。

 立ち上がったアルが森の奥に鋭い視線を送ると、直ぐに馬に乗った男性が姿を見せた。あーるつーを運んでくれた男の人だ。


 「何かあったか?」

 「急ぎお戻り下さい。姫様にお目通りをとガリウス伯が城に」

 「気付かれたか!」


 『恐らくは』という返事を待たずにアルは私の手を取った。立ち上がるとガゼボの床の石板がガタリと揺れよろめいた私をアルは抱え上げた。


 そのまま馬に乗せられた私に舌を噛まないようにと念押ししアルは馬を走らせた。競走馬に乗せられている位の疾走感に身体が竦んたが、歯を食いしばって耐える。それ程にアル達の様子は切羽詰まっていたのだ。余程急いでいるのか森を抜けても目隠しをする様子はなく、木々の向こうに聳える塔がどんどん近付いて来る。

 城壁を回り込み小さな門を潜ると馬から降ろされその間に数人の騎士が駆け寄ってきた。


 「ガリウス伯は?」

 「姫様のお加減が悪いと断りはしているのですが一目だけでもと。どうかお急ぎ下さい」

 「通路を使う。戸を開けろ」


 『ですが!』と焦る騎士をアルは右手を上げて制し近くの木戸を開けさせた。手を引かれて中に入ると薄暗く細い廊下が続いている。しばらく進み出た所は物置のようで壁にはずらっと棚が並んでいた。

 騎士が棚によじ登り天井を押すと板が外れてぽっかりと穴が開く。そこから手を伸ばし手繰り寄せたのは縄梯子で、彼はスルスルと降ろした梯子登り穴の中に入った。


 「抱き上げてくだされば私が引き上げます」


 彼の申し出にアルはニカッと笑い『いや』と答えた。


 「この姫なら自ら上った方が数倍早いぞ。驚くなよ」

 

 この姫ならとは失礼な!ならって何よ、ならって!


 イラッとしながら梯子を上る私の背中に『おお!』という騎士達の押し殺した感嘆の声が聞こえたので反論は出来ないが、せめて文句は言ってやりたい。緊急らしいので取り敢えず我慢しておくけれど後で覚えておきなさいよ!



 上った所には通路があり、アルに手を引かれて左に向かって小走りに進んだ。幾つも角を曲がり数箇所の階段を上がって辿り着いた突き当たりは狭くて急な階段だった。嫌な予感しか無かったがやっぱりそこから先はひたすら登りでゼイゼイと息を切らせながら付いて行く。もう限界というところでアルが足を止め手を伸ばして天井を持ち上げた。細く差し込んだ光は太さを増してどんどん眩しくなりアルがするりと抜け出す。伸ばされた手を掴みよじ登るとそこは塔のバスルームだった。マットに隠れていた床板が、一枚外れるようになっていたのだ。


 疲れて動けない私を残しアルはバスルームを出て行ったが直ぐに戻って来た。そして何故か衣装部屋から持ってきたであろう私の夜着を手渡し両肩に手をかけ真剣な顔で『急いで着替えて』と言った。


 「はぁあぁぁ?」

 「時間が無いので急いで下さい。説明は後で。わたしは出ていますから」


 早口でそう言うと慌ただしく出て行く。とんでもなく非常識な依頼だけれど、何となくアルがやろうとしている事の察しが付いたので腹を括って潔く付き合うことに決めた。


 バサバサと着替えてバスルームを出ると、案の定上半身裸になっていたアルに抱き上げられベッドに投げ出された。今まで余りにも無我夢中で気がつかなかったけれど、ドアの外で何やら押し問答している声が近付いて来るのが耳に入ってくる。アルは慌ただしくシーツを被り『少しだけ我慢して下さい』と囁いた。そしてアルにのしかかられたのと同時にドアが乱暴に開かれた。



 アルはゆっくりと身体を起こしけだるそうに前髪をかきあげたながらドアの方を振り向いた。

 だからね、いたたまれないんだってば、私。……ホント、毎回貴方の『そういう朝』を覗き見ているみたいで凄い罪悪感なんだから。

 それはそうと今はアルくんの作戦に乗らなくてはいけない。びっくりして飛び上がったていでシーツを胸元に抱え身体を返し私に背中を向けたアルの後ろで身体を竦めた。


 「随分無粋な真似をなさいますね。今はお通しできないと伝えたはずですが」


 アルの不機嫌な声に入ってきた男はニヤニヤと笑っている。


 「なるほど、断られたのも無理は無かったですね。とんだ失礼を。王子が姫を逃がすのではと申した者がおりまして一応確かめに来たのですが……勘違いも甚だしかったようだ。こんなに日が高いうちから手放せないとなればそのような心配は不要でした」

 「ご理解頂いたのならお帰り願いたい」


 男はわざとらしく眉尻を下げ情けない声を出した。


 「漸く姫にお目通りが叶ったのです。是非ともご挨拶を」


 アルはちらりと振り返り私を見ると身体をずらして背中にすっぽりと隠した。


 「それならば外でお待ち頂こう。無礼にも程がある」

 「無礼……確かに仰る通りです。私とて目のやり場に困りますので一旦退散致しましょう」


 男は馬鹿にしたように鼻で笑い、真顔で一瞥するときびすを返して出て行った。


 男の足音が遠ざかり、私達はどちらからともなくベッドに倒れ込んだ。そもそもすっかり身体が弱っていた私は体力の限界も良いところだ。


 「説明は必要ですか?」

 「要らないわよ。私聡いので。じゃなきゃこんなに潔くはしたない真似なんてしませんから」


 アルは起き上がると手を伸ばし肩からずり落ちていた私の夜着を直した。これを気にして背中に隠したのか!今更だけど寒気がしてきた。


 「怒りましたか?」

 

 起き上がって自分でも着崩れを直しながら首を振る。アルはガリウス伯が許さないのをわかっていながら弱る一方の私の為に危険を承知で外に出た。それがガリウス伯に知られたらアルの手元には居られなくなる。だから隠し通路を使ってこっそり戻り、会うのを渋った一番もっともらしい理由を作ったという訳なのだろう。


 それにしてもだ。私の記憶によると転生者というものは、ピンチの際は魔力もしくは精霊や妖精、竜の加護等により眩い光に包まれたり眠っていた力が発揮されたりして危機を回避していたはず。こんなお色気要素で切り抜けるなんて、あまりにもお粗末で情けなくなってきたよ。


 「説得力はあったらしいわね。『このアバズレが』って顔に書いてあったもの。さ、それよりも着替えてくるわ。あの人待っているのでしょう?遅くなるとまた余計な誤解をしかねないから急ぎましょう。アルはここでどうぞ…………ふんぎゃぁぁぁ!!!!」


 何とも情けない絶叫を上げたのはアルのせいだ。

 立ち上がろうとした私の手首をアルがいきなり掴んで引っ張ったのだ。結果、現在どんな必要性が有るのか知らないがアルのお膝の上に乗せられている。


 「何してるの?」

 「……」


 むっすりと睨む私から気不味そうに視線を反らしたアルは、色白の肌を赤く染めていた。


 「アルくんっ?」

 「……つい……」

 「……つい何っ?」

 「一瞬の事だったのですが……息が上がっているし顔が上気して目が潤んで……唇がこうぽてっと赤くてしかも半開きで……」


 アルくん…………お願いだ、みな迄言うな……という願いも虚しくアルの独白は止まらない。


 「乱れた髪がシーツに広がって……胸元が上下しているのとか……なんと言うか、一瞬時が止まって本当にそういう事になっているような感覚に……」

 「うぅぅおおっっわぁ!」


 私は悲鳴(?)を上げながら身体に回されていたアルの腕を振り払って膝から飛び降りた。


 「アルくん、それ以上言ったら殴るからねっ!絶対に殴るからっ!」


 ぎゃんぎゃん喚かれたアルは『すみません』と身体を小さく縮ませた。


 「兎に角早く着替えてラーナを呼んで。身支度を手伝って貰うから。きっちり仕上げておかないと」

 「……?」

 「いいから早く服を着なさい!」


 床に投げ散らかされていたアルの服を投げつけ一喚きして衣装部屋に入った。アルくんめ、何を口走りやがるんだとプリプリ怒りながら着替えをしているとラーナが入って来た。


 「髪を結い上げて貰える?」

 「まぁお珍しい。何時もは痛いからと嫌がられるのに」

 「背に腹は変えられずみっともない姿を見られたの。舐められないようにきちんとして少しでもまともって思わせたいのよ」

 

 『そういう事でしたら』と満足そうに答えたラーナは目をギラギラと光らせ早速ブラシを手にとった。


 「あら?」


 鏡に映る目を見開いて口を開け、すっかり固まってしまったラーナの視線を辿ると首筋に何か付いている。外に出て汚れたかしらと擦ったけれど落ちなくて、鏡に近付いてよくよく見たら汚れではなく肌が赤くなっていた。虫さされにしては痒みもないし何かにかぶれたのかしら?


 ……ん?………………あの時かっ!!


 「あんのバカちんめ!!」


 アルくん……ついつい何してくれたのよっ!

 




 

 

 

 

 


 

 

 


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