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平凡なピピルと氷雪の王子の四年間  作者: 碧りいな
さんどめの春
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クリム茶 


 明るい陽射しが眩しくて目が覚めた。身体が動かせないけれど今度こそぐるぐる巻きに縛られたのだろうか?どうやら何かに固定されているみたいだ。でもこれって何?なんだかとっても温かいのだけれど?


 うっすらとしか開かなかった目がしっかり開いたのでキョロキョロと視線を巡らすと、異常なほどの近距離によーく見慣れたものを発見し思考が止まった。

 私は数回大きく目をしばたいた。どうも見間違いではないらしい。それから一応記憶を辿る。我々はそのような関係性にあっただろうか?いや違う、断じてそんなことはない。となるとこれはどういう事だ?念のため着衣の乱れを確認してみたが変化は無いようだ。着衣の乱れがあるのはむしろそっちだ。あろう事かはだけたシャツから剥き出しになった硬い胸板に私のほっぺが押し付けられている。そして拘束しているのは両腕でご丁寧に片足まで添えられていた。ついでに私の頭の下で枕がわりになっているのは大変にご立派な上腕二等筋……つまりこれは腕枕。という事はどう考えても私は今抱きしめられているという現状。


 どうしてよ?


 私は身体をよじり右手を伸ばしてその頬をパチンと叩いた。が、うーんという声と共に腕と足に力が篭り拘束が強まってしまう。


 「くっ……アルくん!苦しい!」


 ぱちぱちとアルの頬を何度も叩くとやっと力が緩む。アルは目を開いたがぼーっとして動かない。アルくん、目を開けたまま寝てるんじゃないの?


 「アル、起きて」


 もう一度頬をパチンと叩いたらアルの顔が動いた……のだが、おでこにチュッて何してくれるのよ!

 

 「アル!起きてってば。これ一体どういう事!」


 アルは私を見ている。ちゃんと見ている。でも反応はしない。これはあれだ。アルくん、物凄く寝起きが悪いんだな。

 待っていても埒があかないので離れてもらおうともがいたらまた捕まってしまった。抱え込んだ頭に頬を寄せて撫で回している。何だかね……貴方の手の内を目撃しちゃったようでいたたまれないわ、私。君って『そういう朝』はこんな感じなのだね……。


 バタバタと足音がしたかと思ったらばちーんと頭をひっぱたく音が鳴り響いた。物凄く良い音だ。


 「王子!いい加減になさいまし!」


 ナイスです!ありがとうラーナ。


 アルが叩かれた頭を抱えたので急いで起き上がる。手の痺れはもう消えていて身体は普通に動かせるようだ。その間にラーナはベッドからアルを引き摺り出して床に転がしていた。この細マッチョを相手にすごいね。

 

 アルは欠伸を繰り返しやっと覚醒したみたいだ。立ち上がるとベッドにドスンと腰を降ろした。


 「あぁ、やっと目を覚まされたのですね」


 いや、それをお前が言うな!


 「姫様、クリム茶を飲まれたのは覚えていらっしゃいますか?」


 ラーナの問に私はこくんと頷く。青臭くてエグくてそれでも我慢して飲んだら身体が火照って指が痺れて……あれ?それからどうした?


 「そのまま気を失われて……もうわたくし息が止まるかと思いましたわ。でも医師にに診て貰ったらぐっすり眠っているだけだと言われましたの。脈も呼吸も安定しているし、良く眠れていなかったのならこのまま寝かしておく方が良いと仰っしゃいましてね。夜になってカイルが何か異常が起こった時に備えて添い寝をするように、もし痙攣を起こしても直ぐに気がつくからという医師からの指示を伝えに来ましたので、王子がそれなら自分がと……。ですが流石に二人きりには出来ませんからわたくしもあちらをお借りしておりました」


 ラーナが指差したのはカウチだった。小柄なラーナなら横になれただろうけれど辛かっただろう。それこそ眠れなかったんじゃないかしら?


 ラーナには直ぐに休むように言い聞かせ下って貰った。

 

 夜添い寝をするように?眠れずに窘められてクリム茶を飲んだのは朝だった。と言う事はまる一日熟睡していたのだ。ハーブティでまる一日も眠るなんて、そんな事ってあるかしら?


 「クリム茶ってこんなに効果があるの?」

 「まさか!ごく普通のハーブティです。カモミールと変わりません。先生は寝不足だったせいだろうと。ただもう飲ませないようにと釘を刺されましたが」


 きっと入眠では無くて失神だったと思う。スッキリ目が覚めたからまだ良いけれど、首に刺されたアレと変わらない効き目だったんじゃないだろうか?なお且つ指の痺れや聴神経の異常まで起こしているのだ。体質的に合わないのは間違いない。

 でも、普通に飲まれているハーブティなのにどうしてなんだろう?


 考えられるとしたら薬を盛られていたという事だ。でも、ラーナは泣き腫らした顔をしていた。眠っているだけだと聞いても自分が淹れたクリム茶で昏睡した私が心配で堪らなかったのだろう。そんなラーナがクリム茶に薬を盛ったとは考えられない。アルは……何か叫んでいた。私の耳が一時的に聞こえなくなっていたから声が出ないのかと思ったのだ。あの引き攣った表情は私の異常に本気で驚いたからに間違いない。そうしたらあれは正真正銘のクリム茶だ。


 考え事に夢中で顔をしかめていたらしく、アルの指が眉間を撫でた。その指が額を滑り頬に当てられるとアルは大きな溜息をついた。


 「これだけ効果があるのなら眠れるようになるかと思ったのですが、残念です。何か代わりのものを見つけましょう。それに後で食べると言った筈のドライフルーツを小鳥にやってしまってはだめですよ」

 「……すごく可愛らしいの。この頃は催促しに来るのよ」

 「だめですよ」


 私は気まずくなって視線を反らせた。


 「苺なら食べられますか?お好きでしょう?」

 「苺?食べたい!苺なら食べられるわ!でも湯浴みをしてさっぱりしてからがいいのだけれど。そうね……一時間したら頂くわ。だけどラーナは疲れているから休ませてやって。代わりにカイルに届けに来て貰えるかしら?」

 「カイルですか?」


 不思議そうに聞き返すアルに頷く。


 「伝言を伝えに来たのだから先生とお話しているのでしょう?他に何か言われていないか聞いてみたいの」


 アルは納得したようでカイルを寄越すと言って出て行った。


 **********


 「カイルです。よろしいですか?」


 ノックの後に声を掛けられたのでどうぞと答えた。すぐ開けるって自分で言ったのに名指しされると身構えるようだ。


 苺の乗ったトレイは物凄くカイルに似合わなくて、これを持たされてここまで来たカイルがちょっと気の毒になった。でも仕方がない。どうしてもカイルじゃなくちゃ駄目なんだから。

 指名された違和感はカイルも感じていたようだ。私が座るカウチの横のあーるつーにトレイを置くと、私をじっと見下ろして尋ねた。


 「何をお聞きになりたいのですか?」

 「勿論虚偽の伝言をなさった理由です」


 むしろあんな話を信じたラーナが不思議だ。眠っているだけだと言っている医師が半日以上過ぎてから痙攣の心配をするなんておかしいし、もしもそれが本当だとしても横に誰かが居れば良いだけの事だ。添い寝と言われてラーナが名乗り出る筈は無いし、やるとしたらその場にいたアルだけだろう。そのアルはあの寝起きの悪さだ。私に何かがあっても気がつく訳が無い。あの伝言は不自然過ぎるのだ。


 「別に責めるつもりは無いんです。ただどうしてなのか理由を聞かせて頂きたいの。既成事実を捏造して私の婚約を完全に妨害する為ですか?だとしても私には必要性がわからないので、貴方がどんな狙いでなさった事なのか教えて欲しいんです」


 カイルは片方の眉をピクリと動かした。いや、不本意ながら動いてしまったという感じか。それから口の端が引き攣り肩が揺れ、吹き出すとはこういう事を言うのだなあと感心するくらいわかりやすくプハッと笑い出した。

 私がジトッと睨んでいるのをわかってはいるがどうにもならない、という感じでカイルは笑い続けやっと涙を拭った時には結構な時間が過ぎていた。とことん失礼である。


 「申し訳ありません。ですが、王子が仰る通りだなと思うと可笑しくて……」


 そして追加で笑い出すカイル。いい加減にしなさい!


 「アルは何を言ったのです?」

 「姫様は落差が激しすぎると」

 「は?」


 カイルはもう一度涙を拭ってから真顔を作り出した。


 「あんなに聡いのに、どうしてこうも鈍感なのだろうと」


 アルめ、陰で悪口言ってたわね!

 

 私の険悪な表情に気がつきカイルが取りなすように微笑んだ。


 「いや、決して姫様が愚鈍だという意味ではなく……」

 「じゃあなによ?」

 「……鈍感……」


 カイル、追い撃ちは失礼過ぎると思う。そしてまた自分で言ったくせに自分でウケて、笑いながら泣き続けている。

 

 カイルは一人でヒイヒイと散々笑いまくり、何度も失敗しながら笑いを収め、咳ばらいをしてから顔を元に戻した。


 「端的に言えば姫様が案じられているような意図は一切ありません。わたしに言えるのはここまでです」


 カイルはさっきまでとは別人のように冷たい表情で口を閉ざし私を見下ろしている。これじゃ何も教えて貰えないに等しいがカイルの決意は固そうだ。

 私は考えを巡らせたが覚悟を決めた。カイルを信じる以外に無いだろう。


 そしてカイルは信頼するに足る人物であろうと。


 「苺をありがとうございます。お忙しい貴方にお願いして申し訳ありませんでした」

 

 微笑んだ私を見ているカイルはもう表情を崩さなかった。黙って一礼し部屋を出て行く後ろ姿を見送ってから、私は赤く色付いた苺に指を伸ばした。

 甘酸っぱい苺が美味しい。久し振りに食べ物を美味しいと感じる感覚に、続けて何個か食べたところでふと手を止めた。


 込み上げてきた苦しさにバスルームに駆け込んで何度も吐き戻した。今口にした数粒の苺の他は何も戻すものは無いのに、嘔吐はなかなか止まらず胃液を吐き続けた。やっと落ち着いて顔を上げるとえずいたせいで涙をボロボロ流している蒼白な自分の顔が鏡に映っている。


 笑いが込み上げてきた。私の身体は思った以上に危険な状態になっていたらしい。どっちが先になるだろう?殺される前に私が私を殺してしまうのではないかしら?

 

 ふらふらと歩きベッドに身体を投げ出した。私は一体何を望んでいるのだろうか?


 助けが来ること?そうしたらアルはどうなるの?

 アルがグラントリーと組むのをやめさせること?それでアル達の悲願は叶うの?

 アル達の悲願が叶うこと?それは本当に正しい事なの?


 何ができるのか、何をするべきなのか。もう私には全くわからないし考えることもできなくなっていた。


 


 

 

 


 


 




 

 

 


 


 

 

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