国王夫妻と諦めのダンス
案の定不機嫌極まりない殿下にエスコートされて王族席に向かうと、王妃様がそれに気付かれた。座っていた椅子から飛び上がるように立ち上がり小走りに駆け寄っていらっしゃる。ど、どうして王妃自ら寄って来るの!
「ほら見てご覧なさい!やっぱりこのお色がとっても似合っていてよ」
振り向きざまに声をかけられたのは慌てて後を追った国王陛下だ。
「ダメだろう、転びでもしたらどうする?慎重に行動するように注意されているはずだよ」
「大丈夫よ、ちゃんと気をつけて走ったもの」
王妃様は先日五人目の御子の懐妊が発表されたばかりだ。8歳と6歳の王女、4歳の王子、1歳の王女に次いでの懐妊で慣れたものなのか、若しくは元々の男勝りな気質なのか、王妃様をじっとさせて置くことは難しく陛下も苦労されているらしい。
「デビュタントでの貴女を見て絶対にピンク色が似合うって思ったのよ。陛下は水色になさりたかったんだけど、やっぱりアプリコットピンクで正解だったわね」
随分グイグイ来る王妃様だこと。でもお養母さまの言う通り王妃様も絡んでいたということらしいなとちょっと安心した。
「淡い水色も着せてみたかったんだよ。あれはあれで絶対に似合ったはずだ」
ちょっと、陛下まで何言ってるのかしら?そういうの、お宅のお嬢様達だけになさって下さいませ。
それよりも、だ。いきなり走り寄られてポカンとしてしまったけれど、会話が切れたこのチャンスを活かさなければなるまい。礼儀を欠いては侯爵家が恥をかく。私は慎重にカーテシーをした。
「わたくしには過分なるお品物を頂戴しましてありがとうございます」
「いやいや、気にすることは無い。勝手に押し付けてしまったからね」
そうだ、そうなのだ。押し付けられたっていう表現がぴったりな気分なのよ、って思ったけれど、にこやかに微笑んでおきます。私はデキる大人ですから。
「王女達に贈り物をありがとう。二人ともあのリボンがすっかりお気に入りで毎日付けたがるのよ。噂には聞いていたけれど貴女の刺繍はとっても素晴らしい腕前だわ」
ドレスのお礼は何にしたら良いのか悩みに悩んだのだが、王女様達のリボンにして良かったみたい。前世でペットのワンコのおやつなんかをお返しにすると喜ばれたのをふと思い出したんだ。こういうありとあらゆる物をもらい慣れてる方には自分の物よりそっちの方が喜ばれたりするのよね。太めのサテンリボンの両端に小花で飾ったイニシャルを刺繍してみたんだけれど、狙い通りって事だったみたい。よしよし、脳内でガッツポーズしておこう。
「気に入って頂きありがとうございます。お使い下さいましてわたくしも嬉しゅうございますわ」
王妃様はにっこりされた。
「ファビアンの夜会嫌いには陛下も困っておいでなの。ほらね、引っ張り出すのに丁度良い作戦だったでしょう?やっとエスコートする相手が出来たっていうのに、執務室に篭ってばかりなんですもの。それともこんなに可愛らしい人を夜会に出さないなんて、貴方って意外と嫉妬深かったのかしら?ダメよ、もっと寛大でないと。女はね、閉じ込めておいたら輝き方を忘れてしまうんですからね」
ふーん、そういうものなの?でも出来れば私は、ただの小石になって引き篭っていたいんだけどなあ。
「でも貴方だってこんなに美しい娘が隣にいて鼻が高いでしょう?これからはどんどん連れ出すことね。隠しておくと貴方の気が変わってほったらかされてると誤解させてしまうわよ。横取りされても知らないんだから」
王妃様、結構良い線行ってます。ほぼ正解。直近の事態は自分でも謎なんだけど……でも殿下の気が変わったって気がついていないらしいわね。殿下ったら、早く暴露しないと益々言い辛くなるのに何をしているのかしら?からかわれて不機嫌を漂わせているくらいならさっさと告白して下さいな。必死の愛想笑いを浮かべている私の身にもなって下さい。
「さぁ、もう席に戻って座りなさい。身体に障ってはいけないよ」
「わかりました、戻りますわ。じゃねピピルちゃん、今度お茶会にいらっしゃいな。是非貴女とゆっくりお話したいわ。そうそう、わたくしの事はエルーシアと呼んでね。王妃様なんてよんでもお返事しなくてよ」
「「…………」」
私だけではなく元氷雪の王子もこれには言葉を失ったようだ。呆気に取られて王妃様……もとい、エルーシア様をまじまじと見ている。当のエルーシア様はご機嫌でウフッなんて笑っているが……
陛下は名残惜しそうにしているエルーシア様の手を取ってエスコートし椅子に座らせた。そして曲が終わり次の曲に入ろうとする指揮者を止め、何故かダンスフロアを空けるように指示をする。場内人々は何が起こるのかと驚いて陛下を見つめていた。
すると陛下は殿下と私にニヤッと笑いかけ、とんでもないことを言ったのだ。
「さぁ、二人で踊って。我が弟とアシュレイド侯爵家の妖精のダンスを披露しておくれ」
二人で……二人っきりで踊るなんて。国王陛下何言ってるの!驚きの余り目を見開いて固まってしまった私だったが殿下に手を取られて我に返った。
「諦めて踊るしかない。行くぞ」
え?そうなの?諦めるの?踊るの?
静まり返った場内には私達の靴音が響いていた。大広間にいる全員が私達に視線を送っているのを感じる。どうしてこんな注目を浴びるような目にあわなくちゃいけないのかしら?
中央に立つと無情にもワルツの演奏が始まった。そして人々が固唾をのんで見つめる中、殿下と私は諦めのダンスを踊り始める。
夜会嫌いの殿下は予想外にダンスがお上手で踊りやすく驚いた。王族なのだから当然レッスンはされてきただろうがよっぽど運動神経が良いのかしら?ケネスお義兄様とは従兄弟同士だし元々勘が良いのかも知れない。それに加えてリズム感が良くカウントが正確なのだ。
けれどもお義兄様とは違って楽しそうな様子はまるでなく、不快感だけがビリビリと伝わって来る。ダンスが嫌なのか私が嫌なのか、きっとどっちも嫌なのね。これじゃ殿下の気変わりがバレそうだけれど、それで困るのは殿下なので勝手にすれば良い。私は破談大歓迎なんだから。
無難に踊り終え沸き上がった拍手と歓声。次々と人々がダンスフロアに入って来る。
「慣例ではこのままもう一曲踊るが、君が嫌なら抜けても構わない。どうする?」
『君が嫌なら』ですって?ご自分が踊りたくないくせにそんなことを聞くなんて、しかも凍りつくようなとげっとげしい言い方で!本当にこの人は、自分の口から言うべき事を何にも言えないのかしら?もう踊りたくないのならはっきり言うべきなのに。
私は視線を上げて殿下の瞳をしっかり見た。
デビューの時に身につけたアクアマリンそっくりの淡い碧眼が驚いたように見開かれ、瞳孔がキューっと拡がっていく。なんだか面白くて笑いたいのを堪えながら一度視線だけを右下に送り、気持ちを落ち着けそれからもう一度目を合わせる。これを言ったら絶対に嫌がるはずってわかっているけれど……
「いえ、是非もう一曲お願いしたいのですが、よろしいですか?」
殿下の眉間が悔しそうにギュッと寄った。舌打ちでもしそうなイライラしたお顔になったがますます面白くて、思わず私は殿下に向かって初めて満面の笑みを浮かべた。なんて予想通りの反応!些細な仕返しだけれどなんと気分が良いのかしら。
二曲目のスローワルツを踊り始めると、殿下が僅かに身を屈めて私の耳に顔を寄せてきた。




