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弟の想い

 俺はトイ村から出たことはない。

 姉さんの言う通り、この村のことしか知らない。


 王都なんて、俺みたいな田舎者には夢のような場所なのだと思う。姉さんがギルドに呼ばれて、泣く泣く向かう姿を見てきた。帰ってくれば、一目散に俺を抱きしめて、俺は夜にいつも姉さんに王都での話を強請った。姉さんは嬉しそうに俺に話す。白亜の城、食べたことのないもののある出店、珍しい物、地方の逸話、いろんな話をしてくれた。

 けれども、面白く、俺が興味をもつと思ったであろう話を姉さんから聞いても行きたいとは思わなかった。

 寧ろ、王都なんて嫌いだ。姉さんを遠くへ連れていく。

 二人でベッドに入り、顔を近づけ、姉さんのことを近くで感じる。こんなことが無条件に許されることが嬉しかった。




 そして俺も大人になっていく。

 姉さんと同い年の人たちは15歳になるまでに婚姻を済ませていた。


「姉さんは結婚しないの?」

「え?」


 姉さんは驚いたような顔をしている。そんなに俺が聞くのが意外だったのかな?

 姉さんは頬をかき、


「あー、うん。結婚はしないというより、できないなー」

「そうなの?」


 今度は俺が驚いた。だって、大人たちからも尊敬されて、頼りにされてる姉さんだ、誰だって結婚したいはずだ。

 そんな俺の様子を見て、くすくすと笑いながらも手を動かし、


「だって、私こんな怪力だし、顔も普通だし、嫁にしたいって思う人はいないよ」


 現に誰にも申し込まれてないしね、そう呟いて、魔物の皮を剥ぎ取る。

 吊るし上げた魔物の上質な毛皮を滑らかに剥いでいく姿は凛としている。血で汚れても文句を言わない。魔物を見つめる瞳は、新緑の色をしている。

 こんなにも奇麗なのに、誰もこの姿を知らないからだ。

 でもこの姿は自分だけが知っていたい気もして、まあいいかと思う。


 そんな会話から、俺は姉さん一人を養えるような明確な証が欲しいと思った。

 元々姉さんや母さんを守れるくらい強くなりたいと思って、10年前から鍛えてきた。そして、姉さんはずっと応援してくれた。

 姉さんが婚姻を交わせないのは、俺の所為でもあると思う。

 姉さんは俺が気持ちを伝えれば、同じように、それ以上に返してくれる。

 多分俺のこと目に入れてもいたくないと思ってると思う。

 そんな姉さんのことを含めて俺も好きだし、姉さんは俺以上に好きな相手がいないから、婚姻を交わせないのだと思う。

 ならば、姉さんが好きになる相手が出来るまで、俺の傍にいてほしい。

 無条件に受け入れてくれる姉さんだから、俺が冒険者にならなくても傍にいてくれると思うけど、これはけじめだ。

 姉さんの後を追っていた俺ではない、傍に立って、支えられる存在になりたい。

 それが俺の夢になった。







 15歳になって、盛大に姉さんと母さんが祝ってくれた1週間後、姉さんに伝えた。

 「冒険者になりたい」と。

 案の定、俺と離れたくない雰囲気を出し、とても悩んでいる。

 そして、色々な理由を挙げて、俺を行かせないようにしようとしている。

 それでも、行きたかった。

 2年頑張れば、姉さんのことを支えられる。そんな思いがあった。


「俺、今できることがあるのなら、やりたい。実力があるのなら、行くのは問題ないだろ?」


 そう言ったとき、姉さんはこれ以上言い返す言葉が思いつかなかったのだろう。

 焦った顔をして、でも最後には俯いた。

 俯くなんて、そんな姿見たことが無くて驚いていると、すぐにグスっと聞こえた。

 …姉さん、泣いてるの?

 嘘だろ、と思った矢先、森で魔物を見つけた時のような素早さで消えた。

 ちょっ、え?


「姉さんっ!!」


 姉さんは森に向かって消えていった。

 村の人たちは、「喧嘩したの?」「珍しいな」「どうした」と聞いてくる。

 それどころじゃない、姉さんを追いかけないと!


「後で!」


 そう言い、立て掛けておいた剣を持ち、姉さんの後を追う。






 随分と走った。それでも姉さんは見つからない。

 ひたすらに森を駆け、夕暮れで空は明るくオレンジ色でも森には影が差しはじめる。けど見つけた。


「姉さんっ」


 息が上がっていて、絶え絶えに呼ぶ。

 大木に腰を掛けている姉さんは、泣いていた。

 俺、泣かせちゃったんだな。

 こんなんじゃ、俺が王都に行ったら毎日泣いてそう。

 傍により、腰を掛ける。姉さんの肩を抱き寄せると、ビクッと震えた。

 

「姉さん、やっぱり行かないや」


「え゛?」


 鼻声で、か細い声が聞こえる。それから話を続ける。


「やっぱ、姉さんが心配だわ。俺」


 一番は姉さんの幸せだ。俺が2年も王都に居たら、姉さん死んじゃうんじゃないのか?冒険者になれないのは、悔しいけれど、姉さんが一番大切だ。

 そのためだったら、俺の決意も夢も諦められる。


「だ、だめ゛っ」


 鼻水と涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、俺に縋り付き、叫んだ。

 …「だめ」?

 でも、さっきまで否定的だったよな?


「わ、わだし、ルイのこと、しんばいで…でも、ルイの夢を応援してないわけじゃないの!ルイ、いい子だから、心配なの!!」


「俺もう15歳だよ?大人なんだし、何があっても俺の責任だよ」


「でも!避けられるのなら私が守りたい!」


「姉さん…」


 俺のこと、本当に心配なんだな…

 姉さんの心配が解消されるまで、傍にいるよ。

 そう言おうとしたとき、姉さんは何かに気づいたように目を開き、


「ルイ!冒険者になりなさい!」


「え?」


「ふふふ、姉さん、ルイの夢、応援するわ!」


 …姉さん、ころころし過ぎ…

 でも、なんかわかんないけど納得したような感じだし、いいのかな。


「じゃ、帰ろうよ」


 先に立ち上がり、姉さんに手を差し伸べる。それを嬉しそうに、優しく握り返してくれる。指を絡め、二人で暗くなった森を歩く。傍に姉さんを感じる。暖かくて、優しい、自慢の姉さん。

 俺、姉さんの弟に恥じない冒険者になるから。

 これからも応援してよね。


重い弟と姉。でもお互いに恋愛感情は皆無です。姉弟愛です。

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