身の上話を<後編>
逃げなくては
そう思った。
魔物の眼がこちらをむいていなうちに、弟を連れて行かねば。
弟の手を握り、物陰に隠れる。
人間の臭いがところかしこにある村で、私たちの存在にはまだ気づいていない様子だった。
村の人も、どこかに隠れているのだろう。
緊張しつつ、早く、どっかへ行けと願っていた。
魔物も人間を探すよりも目の前の肉を欲したようで、嫌な音が静かな村に聞こえた。
弟は酷く震えていた。今までのように、追い返してきた魔物が、こんなことをするなんて、と考えているのだろうか?
魔物は人間を食べる。私は知っている。魔物に襲われた父さんは仲間を守るために囮になって、食われたのだ。そう、聞いた。母さんは仲間の人たちに詰め寄って叫んでいた。
「なんであの人が、そんな目に遭わなきゃいけないの!」
「この子がいるのにっあんなに会いたがってたのにっ!」
「どうして、置いていったの…」
「どうして、どうして……」
そのまま泣き崩れた母さんを仲間の奥さんが慰めた。みんな辛かった。
父さんが死んだことを知らされた日のことを思い出していたら、聞こえたくない、声が聞こえた。
「あ、あんた、私の子供たちを、どうした…!」
母さんだ。
うそ、やだ、なんで?!
一気に心臓が脈打つ。私の腕の中にいる弟も、「おかあさん…?」と小声でつぶやく。
「川にあの子たちは、行ったんだ、あんた、あの子たちに手出してないでしょうねっ?!」
あぁ、私たちが川辺にいたから、母さん心配している。
ここにいる、安心してほしいと思っても、そんなこと伝わる訳ない。
嫌な音を立てていた魔物も、音を立てるのをやめ、新たな獲物に狙いを定める。
このままいけば、母さんは私たちが無事なことも知らずに、苦しく、悲しく、恨みを残して死ぬんだろう。
弟は、母さんを亡くす。父さんも知らず、優しい母さんまで魔物に殺される。
そう、考えたとき、私は魔物に向かって走っていた。
全然槍なんて持ったことない。鍬だって、うまく振るえない。運動神経なんてとっても普通、だったのに、その時の私は違った。村の男のものだった、槍を拾い、こちらを振り向きかけた魔物の喉元目がけて一気に突いた。喉元を突き破り、赤い血が飛び散る。魔物の叫び声が、大きく聞こえる。
けれどもそれでは死なず、槍が刺さったまま魔物は後退し、私に唸り声を上げた。
狙いは私に変わった。
遠くで母さんの声が聞こえる。
でも私はただ魔物の一挙一動に集中していた。
身を低くし、足元にあった鍬を手にする。
どっちが動き出すのかが勝負だ。
こい、お前なんかぶっ殺してやる
その考えが伝わったのか、気が触れていたのか、一気にこちらに駆けてくる。
次に狙うのは首。
一瞬の判断だった。
瞬時に大きく鍬を振り、魔物の首を落とした。
目前まであった魔物は首が落ちても速度を失わず、残った胴体を私にぶつけてきた。
そしてそのまま吹っ飛んだ。
おわった、と思ったとき、全身に大きく強い痛みが走り、そのまま意識がなくなった。
さて、長々と話してしまったけれども、冒険者になるもう一つの方法は、ギルドが定めた一定等級の魔物を単身で討伐することだ。
この日村を襲った魔物はギルドでは銀等級だったらしく、事後調査にやってきたギルド職員は魔物を見たとき絶句していたらしい。私はあのあと、一週間眠っていた。疲れたからだと思われてたけど、ギルドの職員の魔術師は、身体が変化していると判断した。
事実、私の身体は変わっていた。いや、見た目とかは全く変わっていない。土色の髪だし、目も緑色のまま。でも、どっからそんな力が出るのかわからないくらい怪力になっていた。…そう、怪力に。果物だって握りつぶせるし、大の大人も抱っこ出来る。
私は気づかない間に精霊と契約したらしい。その結果怪力になっていた。いや、びびる。その魔術師曰く、私に惚れたらしい。どうにも、怖がりながらも、家族のために駆けだした私に一目ぼれだと。
私はただの村娘。精霊なんか見えない。それは契約してからも一緒だ。姿の見えない精霊に心から感謝した。あなたがいたから私は二度も家族を失わずに済んだ、と。
そして一か月後ギルドの調査結果の末、私は冒険者として認められた。
その証に銀色の指輪を貰った。魔物を単身で討伐したものは、討伐した魔物の等級色の指輪が冒険者の証となり、目に見える場所に付けなくてはいけない。指につけるのは畑仕事の邪魔になるから、母さんにネックレスのようにしてもらった。
村は悲しみに包まれていた。残った男たちが皆、殺されたのだ。夫の後を追うような人はいなかったけど、何組かの家族がこの村を離れていった。この村に住んでいる以上、魔物との接触は避けられない。そういう判断はいいと思う。けれども、私たち家族は働き手が母さんしかいないから、この村にいる。いや、それだけじゃない。父さんとの思い出のある我が家を手放したくなかった。
弟も変わった。強くなるっと言って、重たいものを持つようになったり、家事を今まで以上に手伝うようになった。…それは強くなるのか?とは思ったけれども、一生懸命な姿がかわいくて、優しく見守った。