わからない涙……
一人取り残された俺は、すごく複雑な感情を抱いていた。
今回橋川がやったことは、自分を犠牲にして花の好感度を上げるというものだった……。
彼女がバンドを急に出られなくなり、その代役を花にやってもらうという作戦だ……。
とても俺には考えもつかなかった。
今の阿澄達にとって、花は救世主みたいなものだろう……。
このバンドが成功すれば、間違いなく阿澄は花に好印象を持つことだろう……。
素晴らしい!
誰もがそう思うかもしれない……。
こんないい回答が他にあっただろうか……?
多分これが一番の解決策なのだ。
もう花がいじめを受ける可能性はなくて、むしろ人気者になることだろう……。
俺の中の一番の悩みが今やっと解決されるんだ。
こんなにうれしいことはない!
ない……はずなのに……。
俺はとてもじゃないが素直に喜べなかった。
ここで素直に喜べるほど、俺の心は腐ってはいなかった……。
この作戦は、全て橋川が考えて、橋川がやってくれたことだ……。
俺は何もしていない。
それに、こんな方法を橋川に取らせてしまったことに罪悪感を抱いていた……。
きっと彼女もこの日のために一生懸命努力して練習したのだろう……。
なのに……。
なのに俺なんかが、彼女の舞台を台無しにしてしまった……。
俺が橋川に声をかけなければ、こんなことには……。
彼女に対する罪悪感で、胸が張り裂けそうになる。
俺が下を向いてしゅんとしていると、後ろから肩を叩かれた。
「よ、優太。隣いい?」
元気そうな橋川は、俺の返事も聞かすに先ほど花が座っていたパイプ椅子に座った。
何でこんなに明るい表情をしてるんだよ……。
お前が一番つらいはずなのに、何で誰よりも楽しそうなんだよ……。
でも橋川のその表情は、何とか上辺だけ取り繕っている顔だとすぐに分かった。
「あーあ……。せっかく練習したんだけどなー……」
橋川のその発言に、余計胸を締め付けられる。
「ごめん……」
「ん? 何で優太が謝るの? これは私が勝手にやったことなんだからさ、優太が責任感じることなんて何にもないよ……」
「……」
「それにさ、優太と放課後話してる時間も結構楽しかったしさ……」
橋川がそう言葉を続けるが、その声は次第に弱くなっていく。
俺は橋川の言葉をこれ以上聞ける自信がなかった。
胸の中で膨らみ続ける罪悪感のせいで、息がしずらい……。
何で彼女はここまでしてくれたのだろう……?
ふいにそんなことを思った。
橋川がここまでしてくれる義理も道理もない。
なのに何故、ここまで自分の努力を犠牲にして……。
俺達は何も話さずにどんどんと暗い空気になっていった。
その空気が嫌になったのか、橋川が俺の背中をバシバシと叩いた。
「ほら、もうすぐ始まるよ。これが成功すればさ、私たちの作戦も成功ってことになるじゃん」
「あぁ……そうだな……」
そしてステージの裏から、花たちが少し遅れて出てきた。
花たちが出てくると同時に、会場はざわめきだす。
そして阿澄の合図とともに、昨日と同じ曲が弾かれ始めた。
会場も昨日とは比べ物にならないぐらい盛り上がり、ステージ上の彼女らはとても輝いていた。
花はキーボードを担当しており、ボーカルは阿澄がやっていた。
そして演奏はサビの部分まで来て、会場はより一層盛り上がる。
「いやーすごいねー。昨日とは比べ物にならないぐらいの迫力だよ」
隣の橋川はそう言って、感心した様子でバンドを見ていた
本来ならばあそこには橋川が立っているはずだったのに……。
そう思うと、俺には盛り上がることが出来なかった。
そして演奏もそろそろ終盤に入った。
「ほら優太、今から流れるところが一番盛り上がるところだからしっかり見てて」
そういった橋川はステージの方を指さした。
そして一番盛り上がるサビのところに入ると、観客の生徒や保護者達はここ一番の盛り上がりを見せていた。
このバンドは大成功だ……。
もう俺たちが放課後に集まって、くだらない変な作戦会議を開くこともなくなるのだろう……。
安心したような、それでもどこか喜べない感情を抱きながらも、俺がステージの方を見ていると制服の袖の部分を橋川にくいくいと引っ張られた。
「ねぇほらちゃんと見てよ……。あんなに盛り上がっててさ……」
そう言ってきた橋川だが、その声は次第に小さくなっていき、その目には涙の雫が流れていた……。
「あれ……? 何でだろ? 自分で後悔しない選択をしたはずなのに……」
そういって橋川は必死に涙を拭っているが、その水は一向に泊まる様子はない……。
「なんでなんだろう……。私が……私が泣くなんて……」
彼女自身、自分がどうして泣いているのか分かっていない様子だった……。
きっと彼女自身、言葉では”ああやって”いっていたが、心の中では後悔だらけなのだろう……。
俺は彼女にこんな思いをさせて……。
橋川がこのまま報われないのは嫌だ……。
花たちの演奏も終わり、会場は拍手と喝采に包まれていた。
俺はその終わった瞬間橋川に。
「ちょっと来てくれ」
っと半ば強引に体育館から連れ出した。




