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一対の人

作者: itiaiti

「やったか?」

腕を前で組み、堂々と直立不動したまま男は言う。近くの木や周りの地面には男に向かって放たれた矢が散乱している。

身長は180cmほど。天を衝くように上に伸びた髪に、獣のような瞳。左耳の縁には剣で切られた傷がある。腰には鞘がくくられている。

「はい!やってやりましたよぅ。」

刀を構えたまま辺りを見回して女は言う。

身長は160cmほど。左右で縛った髪に眼鏡をかけた瞳は端が下がっている。背後には炎が6つ浮かんでいる。

女が刀を納めると炎も一緒に消えた。臨戦態勢になると自動で発動するような仕組みと見て取れる。

「よし、では町に戻り報酬を貰おうとしよう」

「はーい、これで山賊も出ることはなくなるでしょう。世のため人のためですね。」

山賊退治の依頼を受けたのが1時間前。彼らはなんの策も練らずにアジトとされる場所までやってきて暴れた。ただただ暴れた。

いや、実際には彼らではなく女一人が暴れた。

男はどっしりと樹齢数百年ある大木のようにじっと構えていただだけだ。

「例のモノはありそうか?」

「うーん……無いですね。妖刀のような気配は感じましたが、イマイチな匂いでした」

「そうか、ならいい。」

「今日は久しぶりに報酬も入りますし、いい宿に泊まりましょうね。」

そうだな、と男は返事をして足を町の方へ向けた。

女もあとをついていく。


二人は旅をしていた。

男は自身にかけられた呪いとも言える因縁を断ち切るため。

女は自身におとずれた運命に従うため。


二人が探しているものは一本の剣。

その剣は、あらゆる魔を払い、望むままの因縁を断ち切ることが出来ると伝承されている伝説の剣――三鈷剣。


二人の旅の理由は違うけれど、今日も二人は一組で旅を続ける。



――

―――


「つまり、その神社に納められているってことだな?」

男は山賊退治の報奨を受け取るために町長の家を訪れていた。

玄関の土間には靴が一足だけ置かれており、大きな狸の置物が置かれている。

男は家の奥へと続く床に腰を下ろし目線を同じ位置に合わせて町長と会話している。

「ええ。昔はこのあたりは地震が多かった地域でして。

 ご覧のとおり、地形は平で森も川も近くて住みやすいのですが、地震だけがどうにも。

 そこで思いついたのが、剣を神様に捧げることでした。」

「剣を神にささげて、因果を切るってことか。」

「いえ、そんな意味合いでは無かったと思いますが……覚えてませんね。」

町長は綺麗に整えた白髪をなでながら、男の言葉を否定し、話を続ける。

「ですが町には腕のいい鍛冶屋がいません。農具は作れるのですが、刀はまた話が別のようで。

 そこで、国一番に腕が良いと呼ばれる鍛冶屋に一本頼むことにしました。

 そのために、私達家族が城下町まで出向いて……。」

「ほう、刀か……いや、待て。

 まさか、その鍛冶屋は一鉄屋(いってつや)か?」

「ええ、そうですそうです。やはり有名ですねぇ。」


この国には一鉄屋と呼ばれる鍛冶屋があった。

その鍛冶屋で作られた剣は不思議な力が宿ると有名で、地続きの全ての国から注文が殺到するほどだった。

しかしある日突然、一鉄屋で働いていた人間は一人残らず消えてしまった。

神隠しの類か、他国にさらわれたのか……なんにせよ国一番の鍛冶屋が消えるのは大変だと、

国主は家臣に探すよう命を下したが、まだ見つからず現在も調査中だ。


「なるほど……しかし、一鉄屋の刀を入手するのは至難の業。それも、直接打ってもらうよう依頼を出すなど、不可能だ。」

一鉄屋は依頼を一切受けていなかった。

一鉄屋が勝手に考えて勝手に作った刀を客は買う。

たとえその刀がボロボロでも、その刀が刀と呼べないほど特異でも、その刀が――不幸を呼ぶ妖刀だとしても。

「いえ、それが打っていただけたんですよ。

 その後、急いで私は戻ってきまして、この近くの山に神社を作り納刀したところ、嘘のようにその日から地震が無くなって、安心して住むことができるようになりました。」

「なっ……どうやって?!」

「それは言えません。誰にも言わないという約束ですので」

男は町長の表情から、決して誰にも言わないという意志を感じとり、「そうか」と納得した素振りを見せ、立ち上がる。

「報酬ですから仕方ありませんが、くれぐれも、刀は見るだけにしてくださいね。それと、お金のほうはいらないのですか?」

「ああ、報酬はいまの話と刀を見せてもらうことで十分だ。それに、まだお金には困ってない。いまはその刀を見に行くことが先決だ。」

「今から行くんですか?もう夕刻です。この時間になると誰も外には出ないですし、みんな家の中に帰っている時間ですよ。」

「夜目はきくほうでな。」

男は玄関口へと目を向け、立ち上がる。出ていこうとする男に対し、町長は腹の底から重い空気を吐くように言う。

「それに、この辺りは出るんですよ。

 容姿は齢30半ばぐらいの女で、腹と胸にぽっかりと穴が空いているんですよ。手を前に伸ばして『わたしのこども』と呟きながらふらふらと歩いている姿が目撃されてます。

 想像するに、このあたりに昔住んでいて、倒壊した家屋がぐっさりお腹と胸を刺された女が地縛霊となって彷徨っているんだと……。」

男は考える。いま幽霊とやり合うには準備もなく、為す術もなく殺されることも考えられる。しかし一方で、その幽霊とやらを退治した際に、報酬として神社に納められた刀を貰い受けることが可能だろうか、とも考えた。

数秒考えたが、刀の力の真偽が不明ないま、まずは確認からすべきと判断した。

「その幽霊とやらに出会ったときは、逃げるようにするよ。」

腰の刀に手を置きながら男は言う。

「そうですね、それがいいです。そうしてください。」


夕日が照らしていた滲んだ赤い明かりも消えすっかり暗くなった中、神社のある森の入り口に男は立っていた。

町長の家を出て目的の神社に向かい始めてしばらく、後ろから得体の知れない何かがついてきていることを感じつつも、男は振り返ることなく先に進んだ。

しかし森への入り口を手前にふと思い、立ち止まる。このまま一緒に森に入るのは得策ではないと感じたのだ。

背後の森が作る闇を背に、町から溢れる微かな光の隙間に目を凝らす。

男は後をつけていた気配の元に気づき「女か」と呟いた。

輪郭がはっきりしない女が男の後ろ5メートルほどのところに立っていた。

齢は30半ばほどと見え、口元を手で隠して目線を伏せている。

「何故あとをつける?」

女からは反応がなく、じっとこちらを見ている。女の視線に森が震えるように木々が揺れた。

木から溢れた葉が地面につくほどの時間だけ男は考え、動いた。

地面をつま先で蹴る同時に刀を抜き、女に切りかかった。

振った刀の切っ先が女の頭頂部から真っ直ぐ、地面にすり抜けた。

男は「くっ、やはり幽霊か。」と声を漏らす。女は何も無かったようにそこに佇んでいる。

どうするべきか、と思ったところで目の前の女がなにやらぶつぶつと呟いていることに気づく。

男はじっと目と耳を凝らし、女に集中した。

「わたしのこども……仕方ない……わたしのこども……仕方ない……」

しばらく女の言葉を聞いた男は無害と判断したのか、刀を鞘に収め森に向かって歩き出した。


月が漏らす光は森の木々の間を射抜くように照らしている。

開けた道の空気とは違い、まとわりつくような空気があちこちに立ち込めている。

ざぁっと風の音がすれば、あちこちで生き物が動く気配を感じることができる。

男は一人歩き、その後ろ3メートルのほどのところを女が歩いている。女は俯き、ひたすら呟いている。

町から歩くこと30分ほど、町の明かりもとっくに見えなくなったなか、目的の神社にたどり着いた。

「ここか」と男は呟き、後ろを振り返る。

女は顔を上げ、男の先にある神社を見据えていた。

苦痛のような、しかし、求めているものを見つけたような表情をしている。

鳥居をくぐり、土足のまま社の中に入った。社の中は窓のわずかな隙間から潜ってきた月光によって、淡く照らされている。

男は入ってから一点を見ていた。社に入って目の前、5メートルほど先に目当ての刀が祀られている。

じっと見つめている男の視界は突然モヤがかかったようにぼんやりとする。女が男をすり抜けて目の前に立った。

「居た……ここに、居た」

涙を流しながら、女は手を伸ばして言う。

「ごめんなさい……助けられなくて、ごめんなさい……」

祀られた徳利と榊が振動する。

女の声に応えるように、正面から声がした。

「ううん……アタシは大丈夫。」

その声を聞いた女は、堰を切ったように大声で泣く。女に合わせるように、森が風を受け止め、ざああっと音をならす。風に呼応するように、戸がガタガタと鳴り、床が揺れる。

数分したのち、女は何度かうなずきながら男のほうに振り返る。

男は扉の横に移動し、女が出られるように出口をあける。

しかし、女の目的は男へのお願いだった。

「私の無念を晴らしてもらえないでしょうか。」




――

―――

翌日、男はまた町長の家に訪れていた。

土間には靴が一足。男は土間に立ち、床に座っている町長を見下ろしている。

「昨日、教えてくれた場所に行ってきた。」

「おお、どうでしたか?」

「女の幽霊がでた」

「なんと。それでどうでしたか?何か言ってましたか?」

「……幽霊が呟いている内容は分かった。」

「なんと言っていたのでしょうか?」

「『もう抑えるのは無理だ。許してください。』と言って、消えたよ。……なんのことか、分かるか?」

町長は思い当たる節を探すように「うぅむ」と唸る。

何か思い、言葉を発しようとした瞬間、家が揺れはじめた。

「おお、地震か?」

男が身構えながら言う。

「そ、そんな……なんで……」

「ここでは珍しいのか?そういえば昨日、この辺りは昔は地震が多かったと言っていたな」

「ええ、私が納刀してからは起こらなくなりまして……っ?!刀に何かしたのですか?」

「俺がか?……いや、何もしていない。疑うなら今から一緒に見に行こう」

町長はうなずき、土間にある靴を履いて外へと駆け出した。男もあとからついていく。その背後に、うっすらと女の影が見えた。


――森のなかの神社にたどり着く。


早足でやってきた町長は「はぁはぁ」と荒がる息を抑えて神社の扉を開いて中に入る。

続いて男も中に入った。

昨日と同じく、刀はそこに納められている。

町長は手に取り、変なところはないか確認するが何も見つからなかった。

刀を置いたところで、また地面が揺れた。

町長は動揺しながら「どうして……なぜだ……」と呟いている。

もしかすると――と、男は話を始める。

「幽霊が口に出した言葉を近くで耳をすまして聞いたみが、こんなことを言っていたような。

 『あの日、私の魂は天に登らずこの地にとどまった。それは私がこの土地を治めるべきだとあの人が言ったから。だから私はここにいる。刀の力ではなく、私こそが生贄になる。それを知ってか知らずか――しかし、もうその力も残っていない。もう抑えるのは無理だ。許してください。』

 ――と。いや、正確に聞こえていたわけではないから、推測の部分もあるのだが。」

「そ、そんな。では、次の……」

「次の、なんだ?」

「い、いや、なんでもない」

「……そうか。ところで、この刀は必要か?もし必要でなければ俺に譲ってもらえないだろうか?

 いやなに、無論タダでとは言わん。」

男はそう言って懐から折り畳まれた紙を取り出した。

「これは、幽霊が消えたあとに不思議と地面に落ちていたものだが……。

 見ようとした際に、この土地を故郷としていない俺が見て良いものか、とも考えそのまま懐にしまったものだ。

 もしかすると、これに地震を治める方法が書かれているかもしれぬ。これと交換というわけにはいかないか?」

「内容を見てから判断したい」

 男は快く紙を渡し、受け取った町長は急いで中身を確認する。

 読み進めていくごとに、町長の顔は青ざめていった。一方で建物の振動はゆっくりと収まっていった。

 「どうだ?」と男は言う。

 町長は黙ってうなずいた。それを合図に男は刀を手にし、その場を離れていった。


 ――男がその場を離れて3時間ほど時間が経過していた。

 町長はぼーっとした様子で社の中に突っ立っていた。

 時折「仕方ないことだった」と、後悔を声に滲ませるように呟いていた。

 そうしていると、突然大きな揺れが起こった。

 町長は立っておれず、難を逃れようと頭を抱え座り込んだが、社は天井から崩れ町長を瓦礫の下敷きにした。

 崩れた社の隙間から、血が漏れ出し、町のほうに流れていく。

 社が崩れ、町長の血が流れる様を木々の中から女が見ていた。

 女は憐れむように目線を配せ、消えていった。


―――

――


――1ヶ月後

 三日月を模した飾りが屋根の上でいっそう目立つ城であることから、三日月城と呼ばれる城がある町に男はたどり着いていた。

 食事処で一人お昼ご飯を食べていると、以前にいた町の話が耳に入る。

 要約すると、地震が多くなったその町は、家屋が倒れ何百人もの死者を出し、いまではもう誰も住んでいない、とのことだ。

 男はそれを聞いて目を細め、右手を胸元あたりに上げて軽く拝んだ。

「もしかして、予想していたのですかぁ?」

 いつの間にか背後に立っていた女が声を掛ける。

「ああ、それはそうだろう。あの町はいずれそうなる運命だった。

 ――ところで、どうして予想していたと思うんだ?」

「ええと、驚く様子が無かったので」

 ふ、と男は笑い、「そうか」と呟いた。

「ところで、お前の母親は父親が死んだことで成仏したが、お前は成仏しないのか?」

「う~ん……どうなんでしょうねぇ?なんか……こう、ビビビっと来たのですよ?」

「びびび?なんだそれは?どういう言葉だ?」

「いえ、なんていうんでしょう……心臓を小刻みに直接何度も押されたような……いえ、よく分からないんですが」

「なんだそれは……」

「あー、胸じゃなくて頭かもしれません。頭を連続でノックされたような……」

「のっく、とはなんだ?」

「……あれ、なんでしょうね?こう――手をグーにして戸を小指の骨で音がなるように連続で叩くような……

 うーん、なんか私の知らない言葉が出てきます……。」

 なかなかに新しい言葉だな、と男は思う。

「まぁ、ついてきてくれたほうが俺としてはありがたい。一人で行動できるのは大きい。」

「う~……一人として数えてもらいたいです」

「そう言うな。今はまだこのままが便利だ。ほら、そろそろ行くから刀になってくれないか。」

「分かってますよぅ。私も今はまだこのままが便利なので、色々と見に行きたいですし。

 ところで、次はどこに行くのですか?」

「次は西だ。西のほうに不可解な事件が起きているらしい。

 なんでもあり得ない状況下で人がばったばったと死んでいくらしい。

 因果を曲げるその力が分かれば、俺の因縁を断ち切る示唆が得られるかもしれん」

「密室殺人でしょうか?力になれればいいのですが……」

「期待している」男はそう言って立ち上がった。女の姿は消え、男の手に鞘に入った刀が握られている。

一人と一剣が次に向かうは西。

過去の因縁を断ち切るために男は行く。

未来の運命に従うために女は行く。

現在を生きる一人と一剣の願いが早く成就することを祈って。


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