オン・ザ・タワー
2月12日 ロンドン塔、タワー・グリーンでジェイの処刑が行われる。
タワー・グリーンは幾つかの建物に囲まれた緑地となっている広場だった。マイクはタワー・グリーンが見降ろせる建物の2階にいた。
マイクの友人で、軍人のピートも来ていた。ピートはオランダに駐在武官として赴任していたが一時帰国していた。
「この前の嵐の翌日、海岸を歩いていると、この銃が入った箱が打ち上げられていた。こんな銃何処にもない筈だ」
ウイレム号が嵐に巻き込まれた時、落としたようだ。1800年代の銃は当時の火縄式と比べ精度や性能が格段に上がっていた。
「どの国にも作れない筈だが、これは調べねばならん」
黒酢の三太はロンドン塔に潜入。昨夜の宝物庫の番人に銃を向け去らせると、再度押し入り金貨を抱え、外にぶちまけた。番人は応援を呼んできた。三太はやってきた衛兵達の銃を軽い身のこなしで躱した。
マイクは賊が逃げ回っていると知らせを受けると、ホワイト・タワーの守りの強化と宝物庫の守り、そしてタワー・グリーン周辺の衛兵全員に賊である三太の捕縛を、兎に角こちらに来ない様、向こうでバリケードも組むよう命じた。担当の小隊長は半分は残すべきだと主張したが、マイクは、
「心配ない、ピートもいる。我々二人だけで十分だ」
ピートは同意したが、小隊長は独断で10人程残した。
倉場は物陰から処刑の様子をみていた。
ジェイ・グレイは目隠しをされ、たどたどしく手探りしながら藁が敷き詰められた断頭台に向かう。
ジェイが首を台に横たえると、処刑執行人は斧を構えた。
倉場は目が窪み、頭部だけになったマリア様を思いだす。破壊し尽くされ、瓦礫に埋もれていたマリア様。倉場は叫ぶ、
「やめろー」
声は塔内に響き渡った。処刑執行人は斧を振り下ろすのを止めた。再度指令があるまで待機するつもりだった。マイクの友人、ピートは銃で倉場を打とうとしていたが、衛兵2人が倉場を捕まえた。
そんな中、虎之助がタワー・グリーンを背にした建物の屋上から処刑執行人を矢で射抜いた。虎之助は叫んだ。
「我は長尾影虎である。
所以あって慈円姫を助けに参った。邪魔する者は容赦せん。覚悟せい」
遠くで聞いていた黒酢の三太は「いや、あんたは虎之助だって」
虎之助は「我は長尾影虎が子孫、長尾虎之助である……」と言おうとしてたが、抜けてしまっていた。
ピートは銃口を虎之助に向けたが、小夜の矢がピートの腕を射抜いた。そして虎之助の矢がピートに止めを刺そうとしたところ、マイクが間に入り矢を掴もうとしたが一瞬遅く、掴んだ時には脇腹を射抜かれていた。
「マイク、マイク」
タワー・グリーンにいた衛兵達は狙いを定め次々に虎之助と小夜に発砲した。虎之助と小夜はマントだけ棒きれに引っ掛け、素早く伏せた。マントはボロボロになった。
発砲が途絶えると、虎之助と小夜は衛兵達に向け次々と弓を放った。小隊長と副官は予備の銃で虎之助と小夜に狙いを定めた。そこに、タワー・グリーンの近くに隠れていた林高政が斬りかかった。
虎之助と小夜は縄を垂らして降りるとジェイに近寄り、虎之助は軽く腹に打撃を与え少しの間、眠ってもらった。そして残った衛兵達に斬り込んだ、
ピートは昔の事を思い出していた。昔、マイクとピートが中心となり敵の城を攻めたことがあった。城には多くの民衆も立てこもったが、陥落寸前となる。そこで残った数人の城の兵士は、すべての民衆を外に出し、マイク軍に敢然と挑んできた。マイク軍は逃げ道は空けておいた。兵士以外はむしろ外に出す方針だった。しかし上からの指示は敵の殲滅であり、マイク軍は敵兵についてそれに従った。
マイク軍と残った敵兵は一対一の勝負となる。ピート達猛者は敵兵を倒していった。しかし最後の一人は、すでに数人の味方を倒していた。ピートが相手しようとしたが、マイクは止めた。
そしてマイクはその最後の兵士に去るよう言ったが、その兵士は戦う構えをみせた。そしてマイクに挑んできた。
「誰も手をだすな。俺と一対一の勝負だ。そしてこれでもう終わりだ。この兵士が勝ったら皆城を出ろ」
しかしこの兵士は強く、身のこなしが軽く、マイクは追い込まれた。ピートは思わず剣を抜きかけたが、思い直し剣を収めた。しかしこの時、音が出た。兵士は一瞬それに気を取られた。その隙にマイクは剣を突き刺した。兵士は壁にもたれかかるように崩れ落ちた。
兵士の兜をぬぐと、それは若い女性だった。若い女性は民衆の一人だったが、他の民衆を逃すため自ら剣を取った。民衆は一緒に逃げようと言ったが、彼女は残った。今思うとピートにはジェイ・グレイと面影が重なるように思えた。
マイクは膝から崩れ落ちた。他の者は これは仕方のないことだと、立派な兵士だったと言ったが、マイクには聞こえないようだった。マイク軍にとっては敵の殲滅は厭わないが、女子供は別であり、どんな時も守るべき存在だった。マイクはその後除隊し、グレイ家に戻った。ジェイが生まれる前の事だった
「ピート、ジェイ様は?」
「賊が連れ出そうとしているようだ」
「そうか。
ピート、今は無理するな。でも、傷が治ったら後は頼む」
「マイク、傷は浅い。弱音は吐くな。また一緒に敵陣に切り込もう」
「ピート、そんな事もあったな」
ハチがどこからともなくやってきた。
「ハチ、よく来てくれたな。ハチ、どうかジェイ様を連れて逃げてくれ。ハチ、ジェイ様を頼む。
ハチ、Save the Queen」