ギルドの洗礼
よろしくお願いします。
我はボンドが消えた所で、しばらく立ち尽くしていた。
「……不思議だな。後悔はしていない。なのに、我の中で誰かが泣いているように感じる」
どうやら、内面ではまだ個々の意思が残っている者もいるようだ。
まぁ、いずれ『我』として統一されるだろう。
「これからどこへ向かうか。この世界の知識はあるが、この国の知識はない。ま、しばらくは冒険者として遊ぶとしよう」
我は一度男に戻って鏡を作り、再び女性になり、改めて容姿を確認する。
「……身長や髪の色は変わっただけで、基本は『僕』だな。まぁ、男は大分肉付きも変わっていたが。しかし……」
妙にこの姿で男の話し方をすることに違和感を感じてしまっている。
「女も取り込んだからか?……ふむ。では気分を出して、こっちでは『妾』とでも名乗ろうかしらね。話し方も女性風にしましょうか」
ややこしいかもしれないけど、これもこれで楽しまないとね。
右手から闇を生み出してみる。
「ふむ。『僕』の力も使えるのね。妾としては助かるわね。妾には物は生み出せないし」
でも、コントロールは今の方が上ね。
悪魔化も服まで変えなくてもいけそうだわ。
妾は完全に戦闘特化ね。相変わらず。
う~む。どうしましょうか。
今では別にどっちであることに拘りはない。
「ま、その時その時でいいわね。バレて騒がれるなら、殺せばいいし」
悪魔化で翼を生み出す。
そして、空に飛び上がり気が向くままの方向に飛ぶことにした。
ラカランから少し離れた森。
「………………町が……消えた」
呆然と町があった方角を見ているのは、ペッツェだ。
たまたま採集の依頼を受けて、1人で森に来ていたのだ。
「……はは、ははははは」
ペッツェは目を見開いたまま涙を流し、口歪めて笑い声を挙げる。
そして、膝を着く。
「町まで、なくなっちゃった。……ナオちゃんも……マリラさんも……みんな消えちゃったぁ。あは、あははははは」
やっと前を向ける。
そう思ったのに。
すると、山の方から何かが飛び立つのが見えた。
それは、まるで悪魔のような翼だった。
「悪魔……?このタイミングで?町が消えたタイミングで?……あいつが?……あいつが!!」
ペッツェの目に暗い光が宿る。
何かしたところなど見てはいないが、あいつがしたと確信する。
「許さない……!絶対に!殺してやる!!消し去ってやる!!私が!!ワタシがぁ!!!」
どれだけ周りを巻き込もうとも!刺し違えても!
あの悪魔を殺す!!
ペッツェはそう誓い、立ち上がる。
そして悪魔が飛んで行ったと思われる方角を目指して歩き始める。
ペッツェの体から魔力が吹き荒れる。
それに本人は気づいていないが。
そして、もう1つ。
身近に悪魔の姿を持つ友人がいたことも、ペッツェは忘れていた。
恩人であるナオは死んだ。
だから、ナオの仇を討つ。
ペッツェの思考はそれだけに染まる。
ペッツェは進み続ける。
その復讐が、矛盾している事に気が付かないまま。
妾は空を高速で飛ぶ。
すると、先に街が見えた。
ラフランの3倍は大きい。
地面に降り立つ。
「王都……にしては城が見えないわね。領都かしら。ま、あれだけ大きかったら情報もあるでしょ」
歩きながら、男に変わる。
「散策は男の方がいいか。今のうちにギルドカードも弄っておくか。【改編】」
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Name:BAAL
Age:23
Species:Human
Skill:【五大】【転性】
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こんなものでいいか。
まぁ、【五大】も珍しいなんてものではないがな。
しかし……【転性】は隠せんな。
一体なんだ?この力は。
悩んでも答えは見つからなかったため、今は諦める。
1時間ほど歩くと、街に辿り着く。
かなり栄えているようで、門の前には列が出来ている。
我は大人しく並ぶ。
目の前は商人の様なので、簡単に情報を聞かせてもらうとしよう。
と言っても、実際に聞くわけではないがな。
「【読心】」
スキルを使い、頭の中を読む。
もちろん相手になど気づかせない。
ふむ。
この街は【ダンデル】。
【クルダソス王国】、【ダンデル侯爵領】の領都。
ラカランは隣の領地だったのだな。
領地の端の町だったか。
ここは交易の要のようだな。
冒険者や商人も多く訪れるようだ。
近くには迷宮もあるらしい。
この国の地理も手に入れる。
ふむ。
この国は大陸内部にあり、規模として大国の一歩手前くらい。
周りは小国に囲まれているので、小さい衝突が時々あるが治安は良い方らしい。
まぁ、我のせいでそれも変わるだろうがな。
情報を整理している間に、列が進み、門の中に入る。
門番におすすめの宿を聞き、その宿に向かう。
【銀羽の鳥亭】という名前で、一週間で銀貨3枚とラカランより高いが、部屋のグレードも高いので文句はない。
今日は休んで、明日はギルドに行って、迷宮でも行ってみるか。
翌日。
朝食を食べて、ギルドに向かう。
この街にいるものの魔力を【感知】で調べるが、良くて『僕』レベルが数人。
後はスキル次第だが、まぁ、我には効かんしな。
ギルドに入る。
ラカランより倍は大きいが、それでも埋め尽くされている人の量はこっちが圧倒的に多い。
受付に並んで、順番を待つ。
「おぉい。どけよ。軟男。ここはてめぇなんざお呼びじゃねぇよ」
後ろから声が聞こえる。
誰かが絡まれているようだ。
大変だな。
「おい!聞いてんのか!」
「……………ん?我か?」
「舐めてんのか!」
どうやら我に声を掛けてきていたようだ。
男は頭をモヒカンにしており、2m近い巨漢である。
背中には大剣を背負っている。
これは、また定番だな。
確か……殺したり、物を壊さなければ、特にお咎めなしだったか。
「で?なんのようだ?」
「て、てめぇ……!馬鹿にしてんのかぁ!てめぇみてぇなヒョロくて弱えぇ野郎が来るところじゃねぇんだよ!!」
男は顔を真っ赤にして叫んでくる。
周りはそれを見て、ニヤニヤとしている。
職員もこっちを見て、ため息を吐いている。
ふむ。随分と程度が低い連中だな。
「ならば、問題ないな」
「あぁ?」
「貴様のような、ただデカいだけの男が許されるのだ。我がいても問題ないだろう」
「……本気で言ってんのか?」
「そのまま返そう。……本気で我に挑む気か?」
ギルド内に、天井が落ちて来たのかと錯覚するほどの重圧が叩きつけられる。
ギルド内にいた全員が抵抗できずに、床に膝を着くか倒れ込んでしまう。
立っているのはただ1人。
我だけである。
絡んだ男も四つん這いになり、顏も起こせない。
「この程度の圧にも耐えられんか。やはり、程度が低いな」
我の言葉に誰も口を開けない。
「魔力やスキルがあるこの世界で、見た目などで強さは判断しきれないのは常識だろうに。随分と原始的だな。ここのギルドと冒険者は」
我は男の頭に触れる。
ふむ。【剛力】の使い手か。
そうだな。もういらんだろう。
「確か……死ななければいいのだったな」
その言葉に男は絶望する。
謝って止めたいが、声が出ない。
「【反転】せよ」
そう呟いた瞬間、男の体が一気に細くなっていく。
全身の筋肉が無くなり、骨と皮だけになった。
着ていた革鎧や大剣が重くなり、息が苦しくなる。
「あ……あぁ………あ…」
我はスキルを使った瞬間に、周囲への圧をやめていた。
そのため、周りは男が萎れていく光景を目撃する。
全員が顔から血の気が引き、恐怖に震える。
男から大剣を外してやる。
そして、しゃがんで男に声を掛ける。
「お前はこれから【虚弱】な者として生きる。鍛えようとしても無駄だ。さらに衰えるだけだ」
その声に男はガタガタと震え続ける。
「食べたいと思うな。胃が壊れるぞ?
酒を飲もうと思うな。中毒になって死ぬぞ?
女と交わろうと思うな。行為すら出来なくなるぞ?
子を成そうと思うな。子種が枯れるぞ?
どこかに行こうと思うな。足が腐って立てなくなるぞ?
生きようと思うな。病に侵されるぞ?
これから貴様が望む結果は全て【反転】する。
だから、忠告しよう。
絶対に何も望むな。
流されるままに、怠惰に生きろ。
そうすれば、人並みの幸せを得られるぞ?」
そう告げて、立ち上がる。
周りを見て、声を掛ける。
「誰か、こいつを家に連れて帰ってやれ。こいつはもう、ここに足を踏み入れることは出来ん」
そう言って、受付に向く我。
我の前に並んでいた者達は道を開ける。
「む?いいのか?」
ブンブン!!と頷く冒険者達。
「感謝する」
礼を言って、受付に向かう。
随分と優しくなったことだ。
受付に立ち、受付嬢を見る。
受付嬢は顔を真っ青にして震えている。
「ふむ。……こやつと代われる者はいるか?」
「…………私が……承ります」
出て来たのは横の受付にいた金髪のエルフと思われる女性。
やや震えており、顔色も悪いが眼力はしっかりとしている。
「近くの迷宮は特に入場の制限はあるか?」
「……いえ、特に制限はしておりません」
「ふむ。では、迷宮やこの近辺で高額報酬の討伐依頼はあるか?」
「…………ありますが、申し訳ありませんがそれは当ギルドにて実績がある冒険者に依頼することになっておりますので、まだ……あなた様には」
「ふむ。では、適当に見つけて狩るとしよう。邪魔をした」
実力も分からぬ者に、高額の依頼は出せぬか。
まぁ、理解できることではある。
ならば、好きにやらせてもらおう。
そうして、我はギルドを後にした。
バアルが去ったギルドは、未だに緊張から脱せなかった。
「せ、せ、せ、先輩…。あ、あ、あれは…一体」
「あんなものがいたなんて聞いたこともないわね」
バアルに対応したエルフの職員モルデーファは、冷や汗をハンカチで拭う。
「おい!!カデーイ!しっかりしろ!」
「鎧を脱がせ!ゆっくりだぞ!骨が折れちまう!」
「なにやったらこんな風になんだよ……!?」
「知るか!担架持って来い!背負うだけでも骨が折れそうだ!」
「くそぉ!!あのクソ野郎っ!!許さねぇ!!」
バアルに絡んだ男カデーイは、荒くね者だがそこそこ人気がある。
実はあの絡みも、このギルドの新参者への伝統であり、通過儀礼なのだ。
大抵、絡まれた冒険者はビビッて逃げ出すか、下手に意地を張って後に大失敗する者が多いのだ。
だから、さっさとビビッて逃げてくれればいい、と考えている職員も多いのだ。
それが悲劇を招いたが。
「これは……荒れるわね。どうするべきか」
「でも、あの人がやり過ぎなだけでは?」
「それはこっちの意見よ。向こうからしたら『ただやり返しただけ』なのだから。それに殺してはないしね」
「ですが……」
「少なくともギルドからは何も出来ないわ」
「………」
納得出来ていなさそうな後輩職員。
モルデーファは今後も彼絡みで問題が起こることを確信する。
「彼の相手は、基本的に私がします。現れたら、声を掛けてください」
その言葉に頷く他の職員達。
今後のトラブルにどう対応するべきか。
モルデーファは思いつく限りの想定をしながら、深くため息を吐くのだった。
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