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悪い予感は当たるもの

 【瞬動の大勇者】ワリードは聖神教騎士団と共にイルマリネンとの国境に辿り着く。


「さて、ありがてぇことに、ここまでは問題なく着けたな」

「ですね」

「クルダソスはやっぱり動けねぇか?」

「はい。騎士団も領地もボロボロですからね。正直、今の国の形を維持するだけでも限界と言えるでしょう」

「だろうな。更に南の国は?」

「どうやらクルダソスの状況から魔王の存在を疑っており、尻込みしてますな。冒険者や【勇者】を派遣して終わりと思われます」


 ワリードは騎士団隊長の話に舌打ちをする。

 予想と違って、グラフィレオラを狙う国が少なかったのだ。これでは他の【大勇者】は動かない可能性が高く、冒険者の【勇者】も状況的に信用出来そうになかった。

 

「北の国がボロボロになったところを良い所取りってか」

「恐らくは……」

「馬鹿かよ。まず、その良い所取り出来る場所に行けるかどうかも分からねぇのによ。聖神教の【勇者】や【聖人】はどうだ?」

「【勇者】は動き始めてますが、【聖人】【聖女】は動かさないようです」

「……本気でグラフィレオラ取り戻すつもりあんのか?」

「……恐らく、まだ疑っているのではないかと……」


 実際グラフィレオラが陥落しているのかどうかも確定してないのだ。もし違えば、ただただ避難の的になる可能性がある。そのため、事態を楽観的に見ている国が多い。

 事態を重く見ているのは被害を受けた国やその近隣の国ばかりである。そのため南にある国々は状況を見定める方針に決めたのだ。


 もし、事実ならば動くのが遅いなんてレベルではなくなるが。


「【勇者】の到着は早くても2週間後になりそうです……」

「……転移陣がねぇからな」


 クルダソスの北側で転移陣がある街が屍鬼とグールで壊滅したことに加え、グラフィレオラ陥落の恐れがあると知った国々は転移陣の使用を禁じたからである。そのため、現在ほとんどの国が馬車や馬での移動しか出来ない。

 事実ワリードもここに来るまで、すでに1週間もかかっている。


「……北の国の情報は?」

「今の所、何も動きはありませんが……。この情報も1週間以上前のばかりですからな」

「だよな。……進むしかねぇのか」


 ワリードはため息を吐いて、このまま進軍することを決めた。

 遠距離通信できる魔道具は未だに希少であり、しかも通信するためには通信相手の魔力を登録しなければならないのだ。そのため、通信魔道具の多くは王族や大臣などが抱え込んでおり、騎士団や軍、各街まで配備されていないのが現状である。

 こんな時ぐらい渡せ!と思うが、希少故に奪われる可能性を考えると、二の足を踏んでしまうのだ。


 ワリード達はイルマリネンに進軍し、途中最初に魔王が出現したと言われている【フレシュコハラ跡】を通り、その後もいくつもの廃都を横切る。

 

「……まずいな」

「えぇ。補給が出来ません」


 イルマリネンはほぼ壊滅状態だった。

 街どころか村すらもほぼスラム状態で、食料の補給すらままならない。それどころか村人が完全に山賊になり、襲い掛かってくる。

 魔王に警戒していたワリード達は、こうなる可能性を見落としていた。


「おい、これってよぉ……」

「……伝令兵も殺されているかもしれませんな」


 ワリードと騎士隊長は最悪を想定する。

 軍隊とも言える騎士団に襲い掛かるのだ。少人数で軽装の伝令兵など格好の餌で、簡単に殺されてしまうだろう。

 ワリード達はグラフィレオラどころかイルマリネンを抜けるだけで、すでにギリギリの状態になっていた。

 備蓄は尽きかけており、魔物や山賊と戦い続けて、体力的にも装備的にも憔悴していた。

 問題はこの先も補給が出来るかどうか分からないということである。

 進めば進むほど、グラフィレオラに進軍する国ばかりで、備蓄を集めている。そんな中で他国の者にどれだけ恵んでくれるかなどタカが知れている。

 

 聖神教の神殿から補給を受けるにも限界がある。それに現状、近くに神殿がある街がない。ほぼ壊滅しているからだ。

 本来ならワリード達が助けに行く側なのだから。


「……これ以上は馬も装備も保たねぇか」

「しかし、ここで後続を待つのも無理でしょう」

「だよな」


 進むも地獄、戻るも地獄。

 そんな状況に追い込まれたワリード達であった。


 しかし、最悪の地獄は、今いる場所だった。


 ワリードは突如、今までに感じた事のない怖気に襲われる。

 全身に鳥肌が立ち、傍から見ても大きく体が震えたのが分かった。


「ワリード殿?」

「ここから離れろ!!今すぐ!!ヤバいもんが来る!!」

『!!?』


 ワリードの怒鳴り声に休憩していた全員が目を見開いて立ち上がる。

 ワリードは槍を手に持ち、隊長も剣を抜いて、周囲を警戒する。

 

「っ!?上だ!!」


 ワリードが上を見上げて叫ぶ。

 他の者達も上を見上げると、そこには4本腕の巨人が宙に浮いて自分達を見下ろしていた。


「……4本腕の巨人……!」

「イルマリネンを崩壊させた魔王……!こんな時に……!」


 ワリードと騎士隊長は顔を顰めて、武器を構えてサグネディドを睨みつける。


「ホウ。ズイブントテダレノヨウダナ。タノシメソウダ」


 腹に響き渡る唸っているような悍ましい声に、ほとんどの者が恐怖に震えて固まり、馬も恐怖で暴れて手綱を振り切って逃げだした。

 

 サグネディドは地面に降り立ち、ワリードを見据える。


「行くぜぇ!!」


 ワリードは叫ぶと、一瞬でサグネディドの足元に移動して槍を振るう。

 丸太より太い足を斬りつけると血を噴き出すが、すぐに傷が塞がってしまう。


「ちぃ!!」

「ハヤイナ。ダガ、ソレダケデハナ」


 サグネディドは斬りつけられた足を払い、ワリードは再び高速で動いて躱す。騎士隊長達はスキルで遠距離攻撃を放つが、サグネディドには全く効果が無かった。

 

「ウットウシイ。ムシケラドモガ」


 2本の右腕を振ると竜巻が発生し、騎士団に襲い掛かる。

 防御系のスキル持ちが壁を生み出したり、【土】などの使い手もドーム状に壁を生み出して耐えようとする。


「コザカシイ」


 左腕の1本を振ると、地面が蠢いて逆に壁が騎士達に襲い掛かって押し潰す。他の防御系のスキルを使っていた者の地面が盛り上がったと思ったら、穴が開いて地面の下へと落とされる。そして、すぐに穴が塞がり、埋められてしまう。


「うわああああ!?」

「マックが埋められた!」

「助けてくれぇ!!」


 もはや騎士団は恐怖で混乱して逃げ惑うことしか出来なかった。

 

「うろたえるな!!それこそ死を早めるだけだ!!」


 隊長が声を張り上げるが、全く効果はなかった。地面に呑まれたり、竜巻に吹き上げられる者が続出し、あっという間に騎士団は崩壊した。

 ワリードはその間も高速で空中をも縦横無尽に移動し、サグネディドに攻撃を仕掛ける。


「俺を無視すんなやぁ!!」


 どれだけ斬りつけてもすぐに再生し、顔や急所は薄皮1枚も傷付かなかった。

 

(硬ぇ!!いや……このデカさだ。それだけ体が頑丈なのは当然だ!くそっ!ミスリルで造った武器だってのに!)


 ワリードは歯軋りをして、攻撃を続ける。しかし、それも無限ではない。

 ただでさえ連戦が続いて、まともに体を休めてもいない。そのため、限界が普段より早く訪れる可能性が高い。

 

(俺があいつを倒せるのは、もう切り札しか残ってねぇ!!それを外せば、もう終わりだ!けど、このままでもジリ貧!)


 ワリードは己の死に場所を悟った。

 情けないのは騎士団の者達を助けることが出来ないことだ。


「これで【大勇者】だってんだから……呆れちまうぜ」


 ワリードは苦笑しながら呟き、すぐに顔を引き締めて魔力を噴き出す。

 サグネディドはワリードを見下ろして、4本腕を広げるように構える。

 

「これで終わりにさせてもらうぜ。魔王さんよぉ!!」

「ムダナコトハヤメテオケ。イマノオマエデハ、オレヲタオセタトコロデ、ダイマオウニコロサレルダケダ」

「……大魔王……だと……!?」

「オレデスラカテルキガシナイ。ソンナオレニテコズッテイルオマエガカテルワケガナイ」


 サグネディドの言葉に目を見開いて固まるワリード。

 しかし、すぐに気を取り直して槍を握り締める。


「だとしても、お前に勝てなきゃ、どうせ死ぬ!!やるっきゃねぇだろ!!」


 腰を据えて、両足に力を籠める。全ての魔力を注いで、【瞬動】を発動する。

 それと同時にサグネディドは4つの手を胸の前で向かい合わせる。


「【神速の覇突】!!!」


 ワリードがまさに目にも止まらぬ速さで槍を突き出して飛び出す。

 サグネディドはそれぞれの手から重力波を放ち、ぶつかり合わせる。4方向から重力がぶつかり合い、中心に黒い点が出現する。

 黒い点に向かって周囲の空気が吸い込まれていく。サグネディドは更に重力を強めて、黒い点を大きくする。

 それはサグネディドにとっては手のひらサイズでも、ワリードにとってはすっぽりと体が入る大きさだった。


(突き破る!!……っ!?)


 飛び出したワリードは黒い点が何であろうと突き破ればいいと思っていたが、逆にその黒い点に吸い込まれていることに気づく。

 しかし、技を発動した後では、もうどうしようもなかった。


「バカメ。ジュウリョクノウズニ、ノミコマレロ」


 ワリードは無我夢中で槍を突き出して、黒い穴に飛び込む。

 突き抜けると思っていたが、視界の先は真っ暗闇で、さらに体に全方向から異常な圧力が襲い掛かってきた。

 ワリードは目を見開いて、どうにか抜けようとしたが、すでに自分が全く前進していないことに気づいていない。それどころか、ただその場でグルグルと回転しているだけだった。しかし、全方向から重力を浴びている状態では方向感覚も何も感じるわけがない。

 

 結局ワリードは自分が何をされたのか理解することもなく、体に激痛を感じた瞬間意識を失った。


 


 聖神教騎士団隊長は、目にした光景を理解出来なかった。

 サグネディドが黒い点を生み出した直後、ワリードが消えたと思ったら、二度とその姿を見る事はなかった。そして、黒い点が消滅し、サグネディドは何も変わらることなく、その場に立っていた。

 隊長は何が起こったのか全く納得出来なかった。

 

 ワリードが逃げたわけではないことは理解している。

 最後に見せた構えは何度か見たことがあり、構えた直後はいつの間にか別の場所に移動し、相手は体が抉られたように穴が開いて倒れていたからだ。

 だから、消えたことにも驚かない。しかし、いつまでも姿が見えないし、サグネディドに穴が開いた様子もない。


「どう……なったのだ?」


 すると、サグネディドが隊長に顔を向ける。

 

「!!」

 

 隊長は剣を構える。しかし、内心ではただただ絶望しかなかった。もはや周囲にいた部下達で、まともに立っている者もおらず、生き残っている者は10人もいない。

 

 サグネディドは左手の1つを隊長に向け、直後巨大な炎を放つ。


「くっそおおおおおおお!!!」


 隊長は最後まで剣を構えたまま、ただただ叫びながら炎を睨みつける。

 そして炎に呑み込まれる。


 炎が消えたときには、そこはただ焦げた地面しかなく、人がいた痕跡すらも残っていなかった。

 サグネディドは周囲を見渡して、獲物がいなくなったのを確認する。


「ツマランナ。モウ、コノアタリニハノコッテオランカ」


 退屈気に呟いたサグネディドは空に飛び上がって、移動を始める。

 その向かう先には、ポップラがあった森があった。

 


 ワリードとサグネディドが戦う2日前。


 ヴォッパン鉄王国と元ポップラの国境では、大勢の人が慌ただしく動き回っていた。

 その全員が鎧を装備しており、兵士であることを窺わせる。


「ドッカン将軍!!」

「む?」


 兵士達の準備を指示していたドッカンは、声に振り返る。

 近づいてきたのは狼の獣人の壮年の男と褐色肌で白髪の若い男。

 

「ロゥギ、ゼルゼか。お主らもこの死地に送られたか」

「それほどまでの相手ですか……」

「王都では未だ楽観視しておりますが……」


 2人はともに将軍で、獣人と魔人を指揮する立場にある。

 ドッカンよりは若輩であるため、同じ将軍でも2人は敬語で話しかけている。


「まぁ、それも仕方あるまい。未だにグラフィレオラの情報は錯乱しており、他国ともいがみ合う状態ではな。それでも、あの森の事を考えるとな。尋常な相手ではないだろう」

「瞬く間に砂漠になり、そして一瞬で森が生えたとか……」

「見間違え……ではありませんな。部下からも目撃情報が上がっていますし」


 ロゥギ達も森に目を向ける。2人は砂漠は見ていないが、今見える森も記憶にあるものとは大きく異なることはすぐに理解出来た。

 

「結局、同盟は無しなのじゃな?」

「ええ、残念ながら」

「完全に我らを当て馬にする気ですね」


 苦々しく顔を歪めたロゥギとゼルゼの言葉に、ドッカンもため息を吐く。

 グラフィレオラから離れている国は、動いている国から情報を得ようと静観の構えを見せている。

 本当にグラフィレオラが陥落していれば、すぐさま奪還に参加し、そうでないならどうにかして利益を得ようと考えていた。

 その判断が地獄を招くとも知らずに。

 

「森はどうされますか?」

「前と同じわけもない。一番良いのは燃やしてしまうことだな」

 

 ポップラは滅んでいるのだ。今更森を全て燃やしても、誰も困らないし、責める者もいない。

 しかし、調査もせずに、その判断をするわけにもいかない。

 

「とりあえず、小隊を2つほど森に行かせようと思っておる」

「了解しました」

「選別に入ります」

「頼む」

「うわあああ!?」

「「「!!」」」


 突如、悲鳴が聞こえてきた。

 ドッカン達はすぐさま武器を持って走り出し、声が聞こえた方角に走る。

 そこは本陣の最前線で、森を監視していた者達がいる場所だった。


「どうした!?」

「も、森からワーウルフと屍鬼の大群です!!」

「なに!?」

「近づけるな!!魔人族部隊は攻撃開始!!ドワーフと獣人は盾と柵を使って、壁を作るのだ!!少しでも連中の進軍を遅らせろ!!」

『はっ!!』

 

 ドッカンは驚くよりも先に指示を出す。

 ゼルゼは魔人族の部下を連れて、前線に出る。ロゥギは壁作りを指揮に入り、ドッカンも前線に出て、状況を見ながら全体の指揮を執る。

 森からは次々とワーウルフと屍鬼が現れて、まっすぐドッカン達の元へと向かってくる。


「何て数だ……!?いったいどこから……」

「【土】スキルを使える者は堀と壁を作るのだ!!1体でも噛みつかれれば一気に崩れるぞ!!」


 様々なスキルによる遠距離攻撃がワーウルフと屍鬼に襲い掛かる。

 ドッカンはそれを見つめながら、近くにいた獣人族の兵士に声を掛ける。


「王都に伝令に行け。1匹でも逃せば、最悪の事態だ。備えねばならん」

「はっ!」


 ドッカンの言葉に、すぐさま走り出す兵士。

 それを見送ったドッカンは空を見上げる。

 夕暮れ時ではあるが、太陽はまだはっきりと見える。


「……夕暮れであっても、太陽はある。なのに、あそこまでのワーウルフと屍鬼。……真祖が現れたか」


 ドッカンは顔を顰めて、両手を握り締める。

 吸血鬼の真祖相手に今いる兵力では勝てないと悟ってしまったのだ。

 

「さて、どうするか……。逃げるわけにもいかず、されど殺されるわけにもいかず。吸血鬼が出ないことを祈りたいのだが……」

「それは楽観が過ぎるだろう」

「!?」


 ドッカンや周りの兵士達は、顔を跳ね上げる。


 見上げた先には褐色肌と白銀の髪を持つ美女が浮かんでおり、その左右には同じく褐色肌に白い髪の男女が控えるように浮かんでいた。

 ヒミルトルと眷属になったアッジィとフラサールである。


「……吸血鬼。それも3匹もか……」


 ヒミルトルは腕を組んで、つまらなそうにドッカン達を見下ろしていた。

 

「虫が何やらしているらしいが、下らんな。虫がいくら群れようと、気持ち悪いだけでしかない。……こいつらを踏みつぶしたところで、父上には褒めてもらえんな」


 不快感を露わにしたヒミルトルは、アッジィとフラサールに顔を向ける。


「お前達が相手をしろ。私は戻る。真祖まで上り詰めたお前達なら楽に終わるだろう」

「「は!」」


 アッジィとフラサールは胸に右手を当てて、頭を下げる。

 ヒミルトルはそのまま上昇して、ドッカン達の前から去る。


「一番ヤバイ奴はいなくなったが……。全く喜べんな」


 ドッカンはため息を吐いて、後ろに控えていた副官に声を掛ける。


「もう一度、王都に伝令を出せ。それと……砦にいる連中は出来る限り撤退させろ。そいつらに近くの街にも伝令を出して、避難を急がせろ。……ここはもうどうにもならん」

「……はっ」

「お前が撤退する者達の指揮を取れ。……今まで世話になったな」

「……はっ」


 副官は悔しさに顔を歪めながら深く頭を下げる。そして、すぐさま翻して走り出す。

 ドッカンは武器を構えて、周囲にいる部下や前線で屍鬼達を相手にしているゼルゼ達に心の中で謝罪する。


(本当に貧乏くじを引かせてしまった。……すまん)


「あの2匹を殺せぇ!!絶対にここで殺すのだぁ!!」


 ドッカンの号令に周囲の者達も覚悟を決めて、武器を構えてスキルで攻撃を仕掛ける。

 獣人兵士達が高く跳び上がり、アッジィ達に斬りかかる。


「虫けらが」

「死に絶えよ」


 アッジィとフラサールが同時に右手を振ると、炎の竜巻が出現し、獣人兵士達を燃やしながら、ゼルゼやロゥギ達が造った壁を壊し、ワーウルフと屍鬼への道を作る。

 炎の竜巻はそのまま本陣の中を動き回り、兵士達を飲み込んで燃やしていく。


「くそっ!!」

「たった一撃で……!」

「ここまで差があるのか……!」


 ドッカンは武器を振り、ワーウルフや屍鬼を次々と斬り倒していく。

 しかし、一向に減る気配もなく、悲鳴ばかりが増えていく。


「おのれえええ!!」


 もはや敗北は決定的だった。

 それでも全力で戦い続ける。しかし、絶望は広がっていく。

 周囲に目を配らせたとき、アッジィに首筋を噛みつかれているゼルゼの姿を目にしてしまったのだ。


「っっ!!?ゼルゼええ!!!」


 ドッカンは叫ぶが、もはやどうしようもなかった。

 ゼルゼは崩れ落ちて地面に倒れる。その周囲には魔人族兵士達も倒れており、全滅したことが窺える。

 歯軋りをしたドッカンは、屍鬼達を斬り倒しながらロゥギの探すが、見つける事は出来なかった。

 それどころか、周囲の兵士達で生き残っている者はほぼいなかった。

 もはや敗北を悟り、屍鬼などにされないために自害した者達か、噛みつかれて敵になってしまった者ばかりだ。

 ドッカンは全身血まみれで、武器も血で滑るほどになっていた。肩で息をして、今にも全身から力が抜け落ちそうだった。


「……くそっ」

「ここまでのようだな」


 フラサールがドッカンの前に降り立つ。

 傷どころか、汚れ1つ付いていないフラサールの姿に、ドッカンはもはや悪態をつく気にもならない。


「老いぼれのドワーフか。屍鬼になっても大して力はあるまい」

「……ふん」

「燃え散るがいい」


 フラサールが右手を振ると、ドッカンの体が炎に包まれる。

 ドッカンは悲鳴を上げることもなく、悶えることもなく、最後まで立ったまま死んだ。


「こんなものか」


 フラサールが手を上げると、屍鬼やワーウルフ達は森へと引き返していく。


「アッジィ。どうだ?」

「ええ、隊長っぽい奴は吸血鬼になったわ。それ以外はグールが2体。あとは駄目ね」

「こっちもワーウルフが限界だったな。獣人ならばと思ったが」

「仕方ないでしょう。国1つ眷属にしても増えなかったのだから」

「それもそうか」


 アッジィの後ろにはゼルゼが跪いていた。

 他の魔人族の兵士だった者達は森へと向かっていた。


「戻るぞ」

「ええ、行くわよ」

「はい」


 アッジィ、フラサール、ゼルゼは空を飛んでヒミルトルの元へと戻る。


 これによりヴォッパン鉄王国はグラフィレオラどころではなくなり、大混乱に陥っていく。


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