坩堝と変質
よろしくお願いします。
僕は翌日、神殿に向かう。
中には多くの神父やシスターがおり、祈りを捧げている町民も多くいた。
聖神教というのは、世界的に認知されているのか。
それとも単一宗教なのかもしれない。
しばらく、座って眺めているとポティファがやってきた。
「お待たせしました。ご案内しましょう」
笑みを浮かべているポティファは礼をして、奈央を促す。
僕も特に疑問を持たずに付いて行く。
2人は地下に降りていく。
「地下には何が?」
「迷い人の資料は機密事項が多いので、侵入者を閉じ込めやすい地下に集められているのですよ。神殿長であろうとも、地下の閲覧室でないと見てはいけないと規律が出来ています」
「厳重ですね」
「……迷い人の多くは、世界を大きく変える力や発想力を持ちます。それの危険性は我々で判断できるものではありません。特に発想に関しては、文書に残しているものは全て封印します」
かなり厳重だな。
まぁ、確かに小説とかではその地球の発想で革命を起こしてるけど。
それを理解できてるってことは、普通に地球と同じだけの知識はあるんじゃないか?
それとも、これを考えたのも異世界人か?
その可能性の方が高いか。
「それでも使えるようになったものもあるかもしれない。だから、歴代の神殿長はこれらに目を通し、年に一度、この世界の住民でも可能なもので、かつ戦争などに使いにくそうなものを選び、教会本部に提出します。そして、さらに選別し、大国会議で議題として提出するのです」
なるほど。
自分達の世界は自分達で、か。
結局、異世界人は異質であるということかな。
案内された部屋は、窓はないがそれでも豪華な部屋だった。
部屋の椅子に座り、神殿長はお茶の準備をしてくれる。
「基本この部屋は、神殿長と迷い人しか使いません。だから、これからも良ければ使ってくださいね」
笑顔でお茶を出しながら言ってくれるポティファ。
それにお礼を言いながら、口にする。
「では、まずはこの世界の事でしょうかね」
「そうですね」
「この世界は【テレノス】と呼ばれています。ゼウスガイアという神王のもと、神族が世界の管理を行っています。故に聖神教はこの世界で唯一の宗教となります」
なるほど。
神が明確にいる世界なのか。
だから、地球みたいに独自の神ではなく、同じ神が崇拝される。
これなら宗教戦争は少ないのだろうな。
「この世界には魔神または邪神と呼ばれる存在もいます。そして、それらを崇めている者達もいます。その者達は1つの集団となり、暗躍しています」
「魔王とは違うのですか?」
「その邪教集団の頂点が魔王なのです」
どうやら、魔神の勢力は集まっているようだな。
「もう1つ我々が恐れているのが、【異王】です」
「いおう?」
「はい。魔王とは関係ないですが、魔王に匹敵する力と邪悪さを持っている存在達です。魔王とは関係なく動くので、被害が大きく一種の災害として扱われています」
「今は?」
「今、確認されているのは2体です。どちらも魔獣からの発生なので、刺激をしなければ縄張りからは出てきません」
なるほど。
異常個体というやつか。
お茶を飲みながら話しを聞く。
「勇者は異世界から呼ばれるんですか?」
「その時もありますな。基本はこの世界で勇者のスキル持ちを探しますが。現在は神により封印されているので使用できませんが」
「……使えない?つまり勇者は呼ばれていない?」
「ええ。今は魔王も討伐されたばかりで現れていませんし、勇者も現役ですので」
やっぱり違う世界に来たのか?
考えていると、突如強烈な眠気が襲ってくる。
僕は頭を起こしていられず、テーブルに突っ伏してしまう。
「な……んで?」
僕は眠りにつく。
それを、ポティファは笑顔で見ていた。
僕は目を開ける。
寝かされていることに気づき、周りを見る。
先ほどの部屋ではなく、暗い倉庫のような部屋だった。
体を起こそうとすると、全く動かないことに気づく。
体が雁字搦めに縛られている。
「な!?なんだよこれ!?」
スキルを使おうとするも、反応しない。
「なんで?」
「その縄は罪人を捕らえるものでしてね。魔力を封じるのですよ」
「…!?」
現れたのはポティファだった。
「これはなんだ!?」
「この神殿が出来た話は聞いてますか?」
僕は顔を顰めるも、ボンドの話を思い出す。
確か、悪魔を封じた場所の上に建てた、という話だ。
「ここはその封印の場への入り口ですよ。封印した魔王や異王をその下に封じているんです」
「!?」
僕は固まる。
ポティファは先ほどと変わらぬ笑みを浮かべている。
「私はね、今の世界を嫌悪しているのですよ。神や教会が変化を封じているのが気持ち悪いのです」
その言葉に奈央は、神殿長は狂っているのだと悟る。
「知りたいのですよ。神すらも滅することが出来ない者達がどのような者達か!!それが世界に溢れた時!神は!世界は!人は!どのような変化を成すのか!!」
ポティファは目を血走らせながら叫ぶ。
「僕が何の関係がある!?」
「生贄ですよ」
「なんのだ!?」
「彼らの封印を解くためのものに決まってるでしょう。ここはね、迷い人が作ったのですよ」
だから、異世界人を捧げる?
そんな不明確なことで生贄にされてたまるか!
「失敗するぞ!」
「それがなにか?だめなら次を探すまで。あぁ、ここの事は神殿長の口伝でしか知らされませんし、入るためには神殿長の証がいるので、誰も来ませんよ」
チクショウ!!
どうすればいい!?
「えっと……名前は何でしたかね?まぁ、いいでしょう。では、さようなら」
僕の真下の地面がバカンッ!と穴が開く。
底には真っ黒な水のようなものが満ちていた。
「ひぃっ!?」
僕は落ちていく。
「楽しんでください。【闇淀の坩堝】を」
「うああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
僕は水の中に落ちる。
ゴボゴボゴボッ!!
拘束が溶けたようで手足が自由になったのを感じる。
奈央は水の中で暴れるも、上下左右は一切分からない。
真っ黒で周りも分からない。
奈央はパニックになっている。
すると、自分の頭に突如、見慣れぬ光景が浮かぶ。
火の海に包まれた城の光景。
異形の獣を率いて人間を襲っている光景。
裸の女達を抱き、犯している光景。
多くの人間がこっちに向かって跪いている光景。
死体が高く積まれ、血の風呂に入っている光景。
多くの書物がある建物の中で本を読んでいる光景。
こんな記憶は、ぼくにはない!
…ぼく?
それは誰だ?
(なんだこれは!?誰だこれは!?)
僕は!?
俺は!?
私は!?
儂は!?
わたくしは!?
俺様は!?
余は!?
妾は!?
グルゥアァァァァ!?
おいらは!?
あたしは!?
o@#%は誰だ!?
自分がもう分からない。
様々な情報が頭に流れてくる。
その者は頭を、喉を、胸を、全身を掻き毟るように悶える。
しかし、頭の中を走り回っていたものが突如、バヂッ!!と弾けたように固まる。
その者を囲んでいた水が、蒸発したように弾け飛んで消える。
「はあぁ!はぁ!はぁ!はぁ!はぁ!」
その者は頭を押さえながら、荒く息をする。
空中に浮かんでいるが、そんなことは疑問にも思わない。
ゆっくりと地面へと降り立つ。
少しふらつくも、すぐに安定する。
息も落ち着いてきたその者は、周りを見渡して、ここがどこか把握しようとする。
「ここは……どこだ?……いや……知っているぞ?………ここは………闇淀の坩堝?……そうだ。闇淀の坩堝だ……!」
知らないはずなのに、知っている。
分からないはずなのに、分かる。
未だ混乱しているが、その者は少しずつ思考がクリアになっていくのが分かる。
そして、自分が、自分だった者達の事を理解する。
「僕……いや……私?それも違うな。俺。余。儂。我……そうだな。『我』、だ」
自己の呼称を定める。
「我はここに落とされ、ここに体を捨てさせられた者達。そこに我の一たる『僕』が落とされ、融合した……か。」
『我』は体を見る。
『僕』であった体は見る影もない。
背も伸び、筋肉が付いている。
髪も紫色を帯びた銀色になっている。
そして、押さえきれないほどの力が自分の中に渦巻いている。
名を決めよう。
『我』たる名前を。
「我は……そうだな。バアル。バアルだ。混沌達が集まり、それを操る王たる混沌。それが……我だ」
その言葉に、完全に力が自分の支配下に置かれたことを理解する。
「レレリティリア。知っている。知っているぞ!!『僕』ではない我がお前を知っている!!」
バアルはあの自称女神のことを知っている記憶を見つけた。
見た目は随分と幼いが、しかし名前は間違いなくレレリティリアだ!
つまり、ここは『僕』が来るはずだった世界だった。
「流石に今がいつかは分からんか。まぁ…かまわん。些細なことだ」
バアルは自分が素っ裸であることを思い出す。
「とりあえず、我がどこまで出来るか把握しなくてはな」
バアルは自己の把握を始める。
「どうやら……失ったものも多いようだ。いや……混ざったのか?」
バアルは何百という魔王と異王が混ざった者だ。
あの黒い水だったのは溶けた体であり、力であり、スキルだ。
それをバアルは全て取り込んだのだ。
無くなったとは思えない。
バアルは感覚を思い出しながら、【鑑定】を発動する。
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Name:BAAL(NAO KAJISHIMA)
Age:???(18)
Species:Unknown(Human)
Skill:【万能】【無限】【転性】(【鋼】【鬼】)
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「ふむ。全て使えるのか。種族は不明になっているな。しかも、無限の魔力か」
しかし、一番気になるのは。
「【転性】は使えるのか」
スキルを発動する。
すると、バアルの胸が膨れて大きくなる。
腰もくびれ、腕や脚も筋肉質ではあるが、女性的な肉質になっている。
髪も背中の中間程まで伸びている。
「ふむ。まさしく女だな」
改めて鑑定してみる。
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Name:BAAL(NAO KAJISHIMA)
Age:???(18)
Species:Unknown(Human)
Skill:【無敵】【虚無】【転性】(【闇】【悪魔】)
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「ほ~う」
バアルは男に戻る。
「【創造】」
バアルはスキルを使い、服を創り出す。
黒のコート、赤のシャツに黒のズボン。
「まぁ、とりあえずこんなものだろう。さて」
バアルは上を見る。
そして、ニヤァっと笑う。
災厄が、世界へと旅立つ。
ありがとうございました。