表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

46/53

閑話 勇者その5

キリがいい所まで書いたら、長くなってしまいました(*_*;

 間藤達は意気消沈しながら引き返す。


「何が起こっているんだ……?何故……梶島が……」

「しかも【大魔王】になってたしな」

「……本当に私達が呼ばれたことが原因なの?」


 城戸の言葉に全員が沈黙する。

 そこにフェンネナが声を上げる。


「それが事実だとしても、元々皆様を呼ぶことを決めたのは私達であり、皆様を選んだのは神々です。皆様が責任を負う話ではありません」

「でも……」

「彼が過去に飛ばされた以上、その後の行為は彼と当時の我々の問題です。皆様から聞いた話では、どうやっても皆様には防げない話です。必ず誰か1人を蹴落とさなければならなかったのですから。彼が落とされなくても、他の誰かが落とされなければならなかったのですから」


 フェンネナの話に他の騎士達も頷いている。

 それに少しだけ救われた気持ちになる【界使】達一同だった。


「皆様にとって問題となるのは……彼、【大魔王】と命の奪い合いが出来るのか、ということです」

『!!』


 しかしフェンネナの言葉に再び顔を強張らせる界使達。


「もちろん、必ず殺せなんて言いません。封印でもいい、和解でも構いません。しかし、そこに行くまでは必ず命の奪い合いが起こるでしょう。彼には部下がいます。他にも魔王がいます。それを倒して行かないと……彼には辿り着けません」

「……そうだね。……俺達は彼と戦わないといけないんだ」

「勇志……!」

「勇志君!?」

「そうしないとこの国や他の国の人達が苦しんでしまう!」


 間藤の言葉に太田黒や城戸は目を見開いて驚くが、その後の言葉に顔を俯かせる。

 フェンネナも目を瞑り、眉間に皺を寄せる。


「俺はもうこの国を見捨てられない。だから、戦って彼を止める」


 間藤は決意を込めた目でフェンネナを見る。

 フェンネナはただ頭を深く下げることで答える。


 そして間藤達は地上に向けて進み続ける。しかし、ある問題があった。

 魔物が多かったのだ。


「くそ!なんでここまで!?」

「おらぁ!」

「やあ!!」

「ふぅ!」


 魔物達の数は行きの倍はいる。さらに強くなっていた。


「もしかして、あの騎士が魔物を間引いていた?」

「くそ!そういうことかよ!」


 フェンネナがあの騎士の言葉を思い出す。そして門番だけではなく、強力な魔物まで間引いていた可能性に思い至る。 それに太田黒が吐き捨てる。

 なんとか撃退するも、全員疲労でへとへとになった。体に鞭を打ち、なんとかセーフティーエリアまで辿り着く。

 1日で3階層しか戻れなかった。このままでは10日以上かかることになる。

 

「このままじゃ……危険だな」

「そうですね……。聖剣はどうですか?」

「切れ味は凄いよ。でも、それだけだ。全く力はない」

「やはり、あの宝玉ですか」

「そのようだね」


 手に入れた聖剣は確かに名剣だった。今まで使っていた剣の数倍の切れ味だった。しかし、それだけだ。特殊な力もなければ、特別硬いわけではない。

 ナオに奪われた宝玉がやはり聖剣にたらしめていたようだ。


「けど……宝玉は神の力なんだろう?」

「そう言われています」

「それを取り込むなんて……可能なのか?」

「……普通では不可能でしょう」

「それを梶島は可能にしている。あいつの力はどれほどのものなんだ?そんな力を取り込んだあいつに……簡単に見つかる代わりの宝玉で勝てるのか?」


 間藤は右手を見つめる。その手は少し震えていた。それだけの力の差を感じていたのだ。それは力を失った聖剣を手にして改めて理解させられた。

 

「他の国にいらっしゃる勇者様方と一度お話しするべきでしょう。私達だけでは勝てる者ではありません」

「……果たしてどれだけの人が協力してくれるか」


 間藤は話したところで半分以上が協力を拒否するだろうと考えている。国が襲われれば協力するかもしれないが、そうなるとこっちに合流するどころではなくなるだろう。一番可能性があるのが兵馬達だが、内容が内容なだけに間藤も想像出来なかった。


「梶島は他の国も影では繋がっていると言っていた。下手したら協力するふりをして襲われる可能性も出てきた」

「……そうですね。しかも、彼は一度教皇と接触しています」

「そう。そこなんだ。俺達はまずこの国の者達から疑っていかないといけないんだ」


 佐竹が殺されたことから魔王の手の者は各国に入り込んでいる可能性は高い。そして、もう死んでいるとはいえ昔の教皇に接触し、教皇が屈服した事実がある以上、聖神教内部にもいる可能性が高い。

 それをどのように判別すればいいのか。200年前からならば生まれたときからこの国に潜り込んでいる者だっているだろう。

 経歴からでは辿り着けない可能性が高い。


「前途多難……なんて言葉じゃ表現しきれないな」

「本当に」

「まずは、ここから無事に出ないとな」

「はい」


 

 その後も少しずつ進む間藤達。門番がいないことが幸いだった。しかし、それでも1日3~4階層が限界だった。

 そうして引き返し始めて6日目。なんとか残り10階層と言うところまで来て、本日はもう休むことになった。全員がもうへとへとだった。緊張感で上手く眠れず、疲労も取れない。食材も節約しないといけない。体もお湯で濡らした布で拭くだけ。

 完全にサバイバル状態だった。


「頑張れば……2日で行けるかもだけど」

「この状態では逆に危険でしょう。戦いでも集中力が切れるのが早くなっています」

「だよね。そろそろ地上と連絡は出来そうかい?」 

「……可能性はありますね。試してみます」


 フェンネナは通信の魔道具を持っていた。迷宮内でも使えるが、ある程度潜ると通じなくなる。5階層ならば問題なく通じた。基本、それ以降は通信を試さなかった。通常で出回っている魔道具では5階層が限界だったからだ。

 フェンネナは魔道具を起動する。


「もしもし?聞こえますか?」

『……ザザっ!……ザー!……姫……すか……ザザザー!』

「もしもし?フェンネナです。聞こえますか?」

『ザー!……めで……ザっ!……ザっ!……けん……』


 わずかに聞こえるが、ほとんど聞き取れなかった。

 フェンネナは諦めて魔道具を止める。


「明日であれば使えそうですね」

「そうか。頑張らないとね」

「はい」


 そして、翌日少し頑張って4階層上がった。残りは6階層だ。

 フェンネナが通信の魔道具を起動する。


「もしもし。聞こえますか?こちらフェンネナです」

『ザザッ!……姫様!?ご無…ですか!?……ザー』

「はい。皆、無事です。2日後には地上に戻るでしょう」

『駄目です!現在、地上は戦場になっています!』

「え!?どういうことですか!?」


 返ってきた言葉にフェンネナや聞いていた間藤達が目を見開く。


『2日ほど前に突如、魔物や謎の集団に聖都が襲撃されたのです!我々も抵抗しましたが、門と城壁の一部が破壊されました!もはや聖都は陥落寸前です!』

「そんな……!教皇や騎士団は!?」

『教皇や王族は大神殿でご無事です!騎士団も大神殿を中心に防衛と討伐に回ってはいますが……あまりにも敵の勢いがあり、後手に回ってしまっています。市民の避難すらもほぼ失敗しているのが現状です。ここも、いつ敵が来るか分かりません』

「……敵はいったい」

『分かりません。敵は魔物か、まるで人形のような黒尽くめの兵士で……情報が無いに等しいです』

「……このタイミングは……魔王だろうな」

「……おそらくは」

『教皇や騎士団長もその可能性を念頭に考えており、周辺諸国に応援を要請しております。応援が間に合』

ドガガアァーーーーン!!!

『ブツン!!』

「もしもし!!何がありましたか!?聞こえますか!?」


 魔道具から爆発音のような物が聞こえた途端、通信が途切れる。すぐに連絡し直すが返答が返ってくるどころか、向こうの受信機が故障したようで繋がりすらしなかった。


「急がないと!」

「駄目です!ユウシ様!」

「なんでだ!?襲われてるのに!」

「ただでさえ疲弊している中で飛び出ても危険しかありません!6階層もあって、その上神殿騎士団達や冒険者達でも後手に回る相手までするのは無謀でしかありません!」

「……くそっ!!」


 勇志はフェンネナの言葉に悔しがる。周りの者達も不安で顔を染める。


「……この迷宮はある意味シェルターにもなっています。すぐに扉を壊されることはないでしょう」

「……」

「なので、明日一気に6階層登り切ります。そして入り口付近で体を休め、外へ出ます」

「……分かった」

「感謝します。今は難しいかもしれませんが、お休みください。間違いなくユウシ様がこの戦いを勝ち抜く鍵なのですから」


 フェンネナの言葉に頷くだけで返答し、間藤は横になる。それに他の者達も横になり、眠れなくても体だけでも休める。

 フェンネナも体を休めるために横になる。


(最悪の状況。巻き返しは難しいでしょうね。最悪……ユウシ様達をここに押し込める必要が出るでしょうね)

 

 勇者達だけは守らないといけない。

 そう心に決めたフェンネナであった。


 6時間ほど休んだ間藤達は一気に駆け上がった。

 そして、1日で入り口まで辿り着いた。


「なんとか……着いた」

「はい……でも、このまま出るのは無理です」

「……そうだね。流石に皆、ボロボロだ」


 座り込んでいるクラスメイト達。神殿騎士達もクラスメイト達ほどではないが、疲労の色が濃い。

 

「この入り口は大神殿の地下にあった。外はどうなっているんだろうか?」

「はい。恐らく、まだ大神殿までは敵も辿り着いていないでしょう。大神殿は緊急時に結界が張られるはずですから」


 不安の表情を消せない間藤とフェンネナ。

 扉の外からは大きな音はしない。


「ユウシ様も休んでください」

「ああ。ありがとう」


 間藤も近くで座り、体を休める。フェンネナも座り、食事を摂る。

 緊張感は嫌でも高まっている。それでも体を休めないと、生き残れないことは理解できている。何人かはすでに今にも吐きそうなほど顔が青くなっている。

 それを見たフェンネナは、全員で出るのは厳しいと判断する。


「スタルカ」

「はい」

「あなたの経験を通して、ここに残るべき【界使】の方を選んでください」

『え!?』

「フェンネナ姫!?」

「ここからは本当の戦争です。戦場で心が折れることは死を意味します」


 その言葉に間藤は何も言えなかった。クラスメイト達もフェンネナから顔を逸らす。

 フェンネナはこの先からは全員を見る事は出来ないと確信している。常に共に行動出来るわけではないし、分断されること前提で動かないといけない。そのため、戦場に出る者は戦いに耐えられる者だけにしたいのは当然の事だ。


「ここの扉はそう簡単には壊されないでしょう。下手に出るよりは安全のはずです」

「……でも、いつまでここに居ればいいの?」

「神殿騎士数名は周囲の安全と食糧調達を任務とします。もし周囲の安全がある程度確保されれば、移動して頂いて構いません。スタルカ。その人選も任せます」

「はっ」


 そして戦場に出ることになったのは5人。

 間藤、太田黒、城戸、涼宮 圭子、山崎 純二郎。


 涼宮 圭子(けいこ)。茶髪ポニーテールで目つきが鋭い165cmほどの女性。剣道部で【剣術】と【地】のスキルを持っている。忠見と仲が良く、間藤に付いてきた理由も忠見が付いていくと決めたからだ。剣を携えている。

 

 山崎(やまさき) 純二郎(じゅんじろう)。黒髪短髪の170cmの男。陸上部で【俊足】と【嵐】のスキルを持っている。短剣を2本装備している。


 残った忠見達4人はここで待機することになった。その他に神殿騎士は8名残り、周辺の確認や護衛を行う。


「では、覚悟をお決めください。ここからは……肩書は無意味です。ご自身の命を何より優先してください」


 フェンネナの言葉に全員が頷く。

 そして扉が開かれる。フェンネナは鍵を残る神殿騎士に渡す。


「行きます!」

「行こう!」


 フェンネナと間藤の声と同時に駆け出す出撃組。それを見送った待機組はすぐさま扉を一度閉じる。待機組は少し時間を空けてから行動することになっている。

 出て、周囲を見た限りでは特に損壊などは見られない。戦闘恩も聞こえず、静かだった。


「まずはこの大神殿内部の状況を把握しましょう」

「分かった」


 間藤達は階段を駆け上がる。


 それが最後の引き金だった。




 あちこち煙や火の手が上がる聖都。

 今まで安全の象徴だった外壁の上に4つの人影があった。


「魔物共は全滅したか」

「【パペット】共も全滅みてぇだ。ちょっと期待外れだぜ」

「所詮は寄せ集めと欠陥品ということだ」

「いいじゃなぁい。おかげでぇナオ様にいい報告出来そうだものぉん」


 外壁の縁に立ち、聖都を見下ろしている黒いフードマントの人物。フードから覗く顔は蒼い仮面で隠されている。

 その後ろで緑のフードマントを羽織り、何やら機械の画面を眺めている人物。

 その横で茶色のフードマントを羽織り、背中に身の丈程の細身の剣を背負っている人物。顔の下半分が仮面で覆われている。

 そして、一番後ろで赤いフードマントを羽織っているが、爆乳と言える胸がマントを押し上げている女性。こちらは顔の上半分が仮面で覆われている。


「パペット達はぁ神殿騎士や冒険者でも数人がかりで倒されるってぇデータは喜ばれると思うわよぉん」

「そうだな。それに次は【ドロイド】を投入する予定だ。それで対比が分かるだろう」

「おぉ~!思ったより戦力くれるなぁ!」


 緑フードが感激した様に声を上げる。

 それに黒フードが答える。


「元々ナオ様が預けてくれたのは【ドロイド】だけだ」

「そうよぉ。そこにぃあたしがぁ色々と持ってきただけぇん」

「なんだよ」

「パペットの持ち出しは許されているのか?」

「パペットはぁもうあたし達の自由にしていいってぇ言われてるわぁん」


 ドボイン!と胸を弾ませながら、なまめかしい話し方で答える赤フードの女性。

 その時、緑フードの持つ機械が震える。


「お!勇者共が帰ってきたみたいだぜぇ!」

「漸くか」

「待たせてくれるわねぇん」

「テルボラ。【ドロイド】を呼べ」

「りょうかぁい♪」


 赤フードの女性、デルボラは黒フードの指示に応じて、パチン!と指を鳴らす。

 しばらくすると、空からヒュ~!と音を響かせながら落ちてくる複数の影。

 それを確認すると、


「では、本番だ」

「よっしゃ!」

「勇者は期待できるだろうか」

「あたしはぁここでしばらくドロイド達を眺めてるわぁん」


 デルボラ以外の3人も外壁から飛び降りる。


 聖都の絶望はこれからが本番だった。

 

 


 間藤達は大神殿の1階に出た瞬間、異臭を感じた。


「ぐぅ!?」

「なにごれ……」

「腐臭?」

「だけじゃねぇな」

「死体と血、煙の臭いです。これが戦場の臭いです」


 思わず鼻を抑える間藤達5人。

 それにスタルカが答える。

 大神殿のエントランスには大勢の人が寝かされていた。


「う……あぁ……」

「痛いぃ……痛いぃ……」


 老若男女問わずシーツの上で雑魚寝させられていた。しかし、1人として無傷の者がいない。その周りを走り回る神官達。治療をしているようだが、全く追いついていない様だ。


「酷い……」

「これは序の口ですよ」

「え?」

「大神殿の外に出れば、五体満足な死体なんてないと言うことです」

『っ!』


 スタルカは険しい表情で寝ている人達を眺めながら話す。その内容に間藤達は息を飲み、改めて自分達がいかに平和で甘かったかを理解した。

 そこにフェンネナが近づいてくる。


「教皇や騎士団長は上にいるそうです。行きましょう」


 フェンネナの言葉に顔を青くしながら頷き、すぐに移動する。

 

 4階に上がると、騎士団の者達が待機していた。ここもほとんどの者が軽傷を負っている。


「姫様!」

「ガリオ騎士団長。状況を教えてください」


 駆け寄ってきたのは2m近い身長をした金髪角刈りの男。神殿騎士団長にして聖国最強の男である。


「はっ!3時間ほど前に魔物、ゴーレムと思われる人型は殲滅を完了しました。現在は負傷者をこの大神殿に集めている所です」

「教皇や他の王族は?」

「最上階です。避難させたいのですが……大通りは瓦礫が多すぎて馬車が使えず、地下通路も全て崩壊している状況で……」

「……地下通路も?全て?」

「……はい」


 ガリオの言葉にフェンネナは顔を顰める。地下通路は囮の通路も含めて10本以上ある。それが全て崩落するなんて偶然にしてもあり得ない。

 それはつまり、


「……やはり……内通者がいるのですね」

「……恐らくは」

「目星は?」

「……申し訳ありません。少なくとも王族ではないことだけは」

「そうですか」

「……そちらは?」

「……残念ながら」


 そしてフェンネナは迷宮での出来事を話す。それ聞いたガリオは顔を盛大に顰め、周囲の騎士達は顔を真っ青にする。

 

「……最悪、と言えますかな」

「それに近いでしょう。しかし、敵を殲滅できたのは最良です」


 フェンネナの言葉にガリオも頷く。

 そこに間藤が声を掛ける。


「役目を果たせなくてすみません。そのゴーレムというのは、見れたりしますか?」

「はい。数体鹵獲しています。こちらに」


 ガリオに案内された3階にそれらは横たわっていた。


「これがゴーレム?」

「いえ。あくまで構造上そう呼んでいるだけです。我々も初めて見ます」

「まるでロボットじゃないか……」

 

 真っ黒の鎧に、頭はフルフェイスヘルメットのようにツルリとしている。千切れた腕からは鉄骨やチューブのような物が見え、割れたヘルメットからは簡素なガラスのような目玉が見える。

 間藤や山崎が細かく観察する。


「分かるのですか?」

「多分だけど……これは梶島が作ったんだろう」

「だな。俺達の世界のロボットって奴を意識してるな」

「ろぼっと……ですか」

「んあ~……ゴーレムと言えばゴーレムだな。なんて説明すればいいんだ?」

「同じだろう。要は電気で動いているか、魔力で動いているかの差ではないか」


 山崎が説明に悩んでいると、涼宮がそれをぶった切る。

 あまり間違っていないだけ否定できず、苦笑する山崎。


「まぁ、俺達の世界のゴーレムだな」

「なるほど。つまりこれを作れるとしたら」

「梶島だけだな。ここまで作り上げる時間なんて俺達にはねぇし、この世界の人間だったらこの設計にこだわる理由はねぇだろ」

「それは神殿の技術者も言ってましたな」


 山崎の推測にガリオも頷く。


「強さは?」

「私ならば1対1ならば、まず負けませんな。他の者達でも1体に対し、3人以上で掛かれば確実です」

「そこまでではないのか」


ズドォン!ドドドドォン!


 その時、外から轟音が響き渡り、地面が少し揺れた。それに慌てて全員が窓に近づき、外を見る。

 街中に何かが墜落したような小さなクレーターが出来ており、その真ん中に黒い箱のような物が鎮座している。


「あれが落ちてきたのか?」

「一体あれは……」

「ここから見えるだけでも5か所も落ちてるな」

「他にも落ちていないか、確認しろ!安易に近づかせるなよ!」


 ガリオの指示に騎士達が慌ただしく動き出す。それに間藤達も装備を確認し直す。

 間違いなく、敵によるものだ。

 その時、箱がゆっくりと展開し始めた。緊張感が走り、全員が注視する。


 出てきたのは、先ほど見たものと同じ様な全身黒い鎧を纏った者だった。先ほど見たゴーレムよりは細身のフォルムだが、頭部は兜のような見た目に変わっており、完全にロボットと言える見た目だった。

 それが1つの箱から4体現れた。


「またゴーレムか?」

「さっきの奴とは見た目が違う。……このタイミングで出てくるってことは、さっきの奴と同じと考えると危険だぜ」

「そうですね」

「っ!騎士達が!」

「何!?ちぃ!外周りに出ていた奴らか!」


 黒騎士に近づく騎士数名の姿を見て、ガリオが駆け出す。それに間藤達も付いていく。




 外回りで負傷者の探索をしていた神殿騎士や冒険者達は現れた。黒騎士に近づいていく。


「見た目は違うが……あのゴーレムに似ているな」

「はっ!見た目変えたくれぇでビビると思ってんのか?」

「全くだぜ!」


 冒険者達は強気な言葉を発するが、目は鋭く警戒は怠らなかった。

 騎士達も武器を構え、いつでも攻撃が来てもいい様に備える。

 

 箱から歩き出た黒騎士達は一列に横に並ぶ。そして、騎士達や冒険者達に向く。

 それに腰を据えて構える騎士や冒険者達。

 黒騎士の眼がヴォン!と光ったと思った瞬間、10mは離れていたはずなのに黒騎士達が拳を構えて、目の前にいた。


「な!ごぉ!」

「げべ!?」

「が!……お…ごぉ」

「ぎゃ!」


 一番前にいた騎士の顔に拳がめり込み、隣にいた騎士は首に拳が当たってボキ!と90度に曲がり、冒険者は顔を庇ったがその拳は胸を貫き、その隣の冒険者はアッパーぎみに拳が入り、顔を吹き飛ばした。


「な!?速い!」

「まずい!離れろ!」


 一瞬で4人倒されたのを見た者達はすぐさま4体をバラバラに引き離そうと動こうとする。しかし、黒騎士達は一部の冒険者や騎士を無視して、2体1組に分かれて動き出した。


「っ!!こいつら!」

「連携が取れるようになりやがった!」

「だったら2対8以上で囲む!急げ!」


 騎士や冒険者達もすぐさま対応しようとするが、その動きを見た黒騎士達は背中から短い棒のような物を右手で掴んで引き抜く。

 それは剣身がない柄のようだった。騎士達は訝しげに見ると、ヴォンと紫色に輝く剣身が現れる。

 それに目を見開き、嫌な予感がした騎士達だったが、判断する前に黒騎士達はスピードを上げて斬りかかってきた。

 防ぐのは危険と考えた騎士は、避けながらも弾こうと剣を振るった。しかし、その騎士の剣は一切の抵抗を感じさせずに輝く剣に半ばから斬り落とされる。

 驚愕に目を見開く騎士。それを気にもかけずに左手でも同じように輝く剣を背中から引き抜く黒騎士。そして引き抜きざまに振り下ろす。

 騎士は何とか盾を構えるが、またもや何の抵抗もなく盾を斬り落とし、そのまま騎士の体をすり抜けるように振り抜かれる。

 目を見開いた騎士は頭から真っ二つに分かれて死に絶える。


「っ!?接近戦は駄目だぁ!」

「チキショウ!!燃えやがれ!」


 冒険者の1人が火の玉を発射する。それに続いて、水や氷など様々な属性の攻撃を放つ。

 それを黒騎士達は紫に輝く膜のようなものを発して防いだ。


「はぁ!?」

「障壁!?」


 目を見開いて驚く冒険者達。そこに黒騎士達は2本の剣を冒険者達に向ける。直後、切っ先に光が収束し、光線が発射された。

 光線は冒険者の胸や騎士の頭を貫く。


「ちきしょうがあああ!!」

「こんな奴らにどうやって勝てって言うんだよ!?」


 接近戦も出来なければ、遠距離戦も歯が立たない。もしゴーレムならば腕を斬り落としたくらいでは全く止まらない。

 絶体絶命に追い込まれ、絶望に諦めた時。


「【ライト・セーバー】!」

「【爆炎掌】!」


 光の斬撃と炎の大きな手が黒騎士を吹き飛ばす。 


「諦めちゃ駄目だ!」

「俺達も参加するぜ!」


 間藤達だった。

 勇者の参戦に少しだけ活気づく冒険者に騎士達。吹き飛ばされた黒騎士達はすぐさま体勢を立て直す。再び飛び掛かろうとするが、そこに数枚の紙が黒騎士達の体に貼り付く。


「【爆符】」


 フェンネナの静かな声が響いた瞬間、黒騎士達が爆発に包まれる。

 間藤達は倒したかと少しだけ歓声が沸くが、フェンネナはさらに紙を生み出し、黒騎士達がいた場所を囲む。


「【紙の牢獄】」


 紙がドーム状に黒騎士達を囲み、うっすらと光り輝く。魔力で強度を高めているのだ。


「今の内に後退を!すぐに大神殿は結界を張り直します!」

「しかし!」

「今ので勝てる相手ではないと分かったはずです!まだあれは20体以上もいるのですよ!?」

「っ!!……分かりました」

「どこでもいいです!地下通路をこじ開けてください!」

「はい!」


 フェンネナの言葉に悔しそうに頷きながら、大神殿に向かう騎士と冒険者達。

 それを見送ったフェンネナ達は次の場所に向かうために移動を開始する。

 山崎は【俊足】を使って、他の場所を巡って避難を促している。


「フェンネナ姫。今のは後、何回出来そうだい?」

「あれだけに絞るならば4回です」

「十分だ!急ごう!」

「それはあまりにも楽観し過ぎだ。勇者」

『!!』


 ほとんど崩れた家屋の上に黒いフードマントを羽織った者が立っていた。

 間藤達はすぐさま武器を構える。


「……お前がここの指揮官か」

「正確には指揮官の1人だ。【ドロイド】を操っているのは私ではないし、神殿騎士団長と副団長の相手をしているのも別の指揮官だ」

「他に2人も!?」

「【ドロイド】……あれの名前か。作ったのは梶島か?」

「カジシマ?そんな名前は知らん」

「……【大魔王】だ。ナオ……だったか?」

「……聖上のことか。そうだ。ドロイドもパペットも聖上が御作りになったものだ」


 黒フードの言葉に間藤達は顔を顰める。やはり、この惨劇はナオが原因だった。

 そこにフェンネナが前に出る。


「聖上、ですか。【大魔王】に仕える者が不遜な信仰をしているようですね」

「不遜か……。お前がそれを言えるのか?フェンネナ・フルエ・ゼウバドル。神に仕えておきながら血統で醜く争っている俗物共」

「っ!」

「そして仕える神々も他人頼みで、何も出来ない。信者を救いもせず、ただ高みからオロオロと見ているだけ。そんな神に仕えて何になる?ならば【大魔王】の方がよっぽど神と言える。聖上の前には魔王ですら平伏す。そのような存在、他にいるのか?」

「でも、彼は多くの者を苦しめているじゃないか!」

「聖神教だって同じではないか。神だってそうではないか。他の国だってそうではないか。何故、【大魔王】だけは許されない?聖上はこの国より遥かに広大な大地を治めている。飢餓もなく、諍いはなく、全ての国民に教育と医療を無償で提供し、血筋などで役職は決まらず、誰もが自身の生活を良くするために考えている。そんな国、他にあるのか?」


 黒フードの言葉に間藤達は何も言い返せなくなり、ただ歯軋りをして睨みつける。


「そしてドロイド達によって兵士は大幅に減り、農業や産業に人手を増やせる。大魔王や魔王の前では魔物は国民を襲うことも出来ず、もはや家畜同然となる。お前達はそれを為せるのか?出来ぬだろう?神ですら出来ない。それを成し遂げた聖上を神と崇めずに、誰を崇めればいい?」


 話に集中していたせいで、気づいた時には間藤達の周りにはドロイド達が10体以上立っていた。

 間藤達は背中合わせになる。


「安心しろ。勇者。お前達は極力殺すなとの命を受けている」

「……なんだって?」

「聖上はお前達がどこまで足掻くか期待している。故にお前達ではなく、その周りを搔き乱すようにと言われている」

『なぁ!?』

「感謝するぞ。この国に来てくれたことを」

「……何?」

「私はこの国を滅ぼしたくて仕方がなかったのさ。下らん継承権如きで殺されかけた。()()()()()()()、命を懸けてきたのにな」

「……え?」


 その言葉にフェンネナが目を見開いて硬直する。その様子に間藤達はフェンネナに視線を向ける。

 フェンネナは瞳が震え、全身も震え始める。


「フェンネナ姫!?」

「そんな……あなたは……まさか……」

「ほう?まだこの顔を覚えていたのか」


 フードを脱ぎ、仮面を外す。

 蒼いショートヘアに鋭い瞳。右頬に切り傷があるが、それでも間違いなく美女と言える風貌だった。


「ヴィオラン……お姉様……!」

「その者は死んだのだろう?私は【奈落騎士団】第8騎士(アハト・リッター)アズール・ヴィオレット。【大魔王】ナオ・バアル様の駒だ」


 アズールは蒼い甲冑で覆われた右腕をフェンネナに向ける。

 それに間藤が庇う様に前に出るが、アズールの右手から閃光が弾けると、フェンネナが雷に包まれる。


「フェンネナ姫!?」

「この野郎!」


 太田黒が炎の張り手を放つが、ドロイドの1体に打ち消される。


「この……!」

「離れるな!」

「涼宮!?」

「奴らは私達を極力殺さないと言っただけだ!下手の動きを見せれば、殺してもいいと言うことだ!単独行動は控えろ!」

「ぐっ!」

「ほう。状況をよく分かっているな」


 太田黒は飛び出そうとするが、涼宮に止められる。太田黒は血走った目で涼宮を睨むが、続く言葉に冷や水を掛けられて足を止める。

 それにアズールが褒めるが、涼宮は顔を顰めるだけだった。


「しかし、それが分かっているならば、もっと慎重に別行動をさせるのだな」

「え?」


 アズールの言葉に全員が訝しむが、その時1体のドロイドが何かを担いで現れる。

 ドロイドは担いだそれを間藤達の前に投げ落とす。

 それはボロボロになった山崎だった。


「純二郎!!」

「しっかりしろ!純二郎!」

「ぐ……ごほっ……」

「生きてる!」

「でも、ここじゃあ治療なんて!」

「そもそもフェンネナ姫がいなければ治療が出来んぞ!」


 意識はないが生きてはいる山崎。しかし、今の間藤達では治療する術もなければ隙も無い。

 

「地下にも何人かいるな」

「!!貴様!!菊乃に!非戦闘員まで!」

「落ち着け!涼宮さん!」

「分かりやすい奴だ。ん?」


 その時、アズールの周囲を紙が舞い、アズールを閉じ込める。


「あれは!」

「皆様!今の内に退きます!」

「フェンネナ姫!?」

「早く!」


 雷にやられたはずのフェンネナが無傷で少し離れた場所に立っていた。

 それに目を見開く間藤達だったが、フェンネナに急かされて急いで動き出す。山崎は太田黒が背負う。

 ドロイド達は間藤達を追わずに、アズールの囲いを壊そうとしている。それを確認して間藤達は足を速める。


「無事だったのか!」

「身代わりです。一度しか使えない奥の手ですが……これで私はもうほとんど魔力がありません。ジュンジロウ様の治療も応急処置程度しか」

「十分だ!」


 走りながらフェンネナは札を取り出し、山崎に貼る。山崎の体が淡く輝き、傷が少しずつ消えていく。意識まではまだ戻らない。

 

「これからどうするの!?」

「大神殿は結界が張られました。すぐに壊されることはないはずです。結界の波長は毎年変えていますから」

「裏切者がいたらどうする!奴はさっき菊乃達の居場所を知っていたぞ!」

「っ!やはり誰かが……!中にはスタルカがいるはずです!彼なら」


 その瞬間、大神殿の上半分が爆発して跡形もなく吹き飛んだ。そして張られていた結界が消える。大神殿は先ほど間藤達がいた4階より上が消えてなくなった。

 それに間藤達は目を見開く。


「そんな!?」

「菊乃!!」

「待て!涼宮!」


 涼宮が大神殿に向かって走り出す。太田黒が呼び止めるが涼宮は聞く耳を持たなかった。

 それに間藤達も慌てて追いかける。

 涼宮は悲鳴を上げて逃げ惑う一般人達を無視して、地下へと駆けこむ。階段の途中に護衛にいたはずの神殿騎士の死体が数体転がっていた。

 涼宮は魔力をさらに活性化させてスピードを上げる。

 そして、迷宮の入り口前の広場に下りると、扉が砕かれ、緑フードに首を掴まれてぶら下げられる忠見の姿があった。

 それを見た瞬間、涼宮は怒りで頭が真っ白になる。


「その手を放せええええええ!!!」


 後先考えずに、叫びながら全力で斬りかかる涼宮。

 それに気づいた緑フードは忠見を放して、剣を躱す。


「おっとぉ!思ったより早かったなぁ!」

「菊乃!」

「げほっ!げほっ!……圭子ちゃん……ありがげほっ!げほっ!」

「無理するな!もう大丈夫だ!私が守る!」

「おぉ~!かっこいいねぇ~!レディ・ナイト様ってかぁ?」


 涼宮は剣を構えて、緑フードを睨みつける。目力だけでも殺せそうなほど殺気が込められている。

 緑フードは肩を竦めて、気だるげに立っている。

 そこに間藤達も駆けつける。


「そんな!?入り口が!」

「皆!大丈夫か!」

「なん……とか……」


 神殿騎士は全員死んでおり、クラスメイト達もボロボロだった。致命傷は誰も負ってはいないようだった。

 

「どうやって結界の中に……?上を壊したのもあなたですか?」

「あんな結界簡単にすり抜けられるぜ?上は俺じゃねぇよ」

「……」


 フェンネナは唇を噛み締める。間違いなく教皇達も死んだ。結界も消えて、迷宮も避難所としては役に立たない。最悪の状況だった。

 すると天井から雷が緑フードに向かって降り注ぎ、天井に穴を開ける。

 

「うおおおぉい!?殺す気かよ!ヴィオレット!」

「その程度で死ぬ貴様ではあるまい」

「そうねぇん。誰よりも死に際悪そうだものねぇん」


 緑フードは慌てて雷を避け、穴から飛び降りて来たアズールに苦情を言う。それにデルボラも次いで飛び降りてくる。2人は緑フードの苦情をさらりと躱す。

 間藤達は3人に増えた強敵に武器を構えるも、冷や汗が止まらなかった。


「……こいつらが」

「指揮官達……なのでしょう」

「逃げ場がねぇぞ」

「万事休す……か」


 ここは地下だ。迷宮に逃げ込んでも行き止まり。魔物と挟み込まれれば終わりだ。上に逃げようにも、階段を上る前に追いつかれる。倒す以外に術はない。しかし、先ほどのアズールの雷を全く見切れなかったことを考えると、3人同時相手にするには無謀にも程がある。


「グレティルはまだのようだな」

「そうねぇん。勇者君と遊びたがってたのにねぇん。一緒じゃなかったのぉ?ネブロン」

「いきなりハイテンションになって、どっか行ったぜ?そっからは知らねぇよ」


 デルボラの問いかけに、緑フードことネブロンは肩を竦めて答える。

 中々攻めてこない3人に、間藤は隙を作れるかもと思い、声を掛けることにした。


「何故今まで手を出さなかったのに、この国を強襲した?」


 その問いかけにアズール達は間藤達に顔を向ける。


「簡単なことだ。聖上はお前達が現れるのを待っていた。聖剣を取りに行くはずだからとな」

「そしてぇ目的は果たしたからぁこの国にはもうぅ用は無くなったってだけよぉん」


 淡々と答えるアズール。ムギュウ!と右腕を谷間に挟み、顎に指を添えるデルボラ。

 その言葉に歯軋りをするフェンネナ。


「ヴィオランお姉様。貴女が私達を恨んでいるのは分かります。しかし、無関係の民にまで手を掛ける必要はないでしょう!」

「私が恨んでいるのはこの国そのものだ。民とて関係者だろう。腐った国を支持していたのだからな」

「民は我々に従う他ありません!」

「それがおかしいと思わないのか?聖神教総本山たるこの国に何故【王族】がいる?何故王族からのみ教皇を選ぶ?その時点で信仰は二の次であることを証明している。それを誰も否定しない。そして否定すれば暗殺された」

「っ!!」


 ヴィオランは教皇と聖王が同じであることに異を唱えていた。『信仰が国の運営に利用されてはならない。外交の手札となってはならない』と。それに同調する者は少なからずいたが、ヴィオラン死亡の報せと同時に全く声を上げなくなり、姿が見えなくなったことにフェンネナは今更ながらに思い出した。

 そして、ある推測が頭を過ぎった。


「……まさ……か」

「ようやく気付いたのか?ヴィオランを殺したのは、教皇にして聖王。ヴィオランの父だ」


 フェンネナは脚から力が抜けて、座り込んでしまう。

 父親である教皇が暗殺を指示したとは全く考えていなかった。


「理解したか?この国が無価値で害悪なことを。神の名と歴史を利用して、好き勝手にした成れの果てがこれだ。まぁ、200年前に聖上に屈した時点で終わっていたのだろう」

『……』


 もはや間藤達も声を上げれなかった。

 そこに茶色フードの男、グレティルが穴から降り立った。


「遅かったわねぇん。グレティル」

「すまぬ。騎士団長とかいう男を見つけてな。楽しんでしまった」

「あらん?じゃあ勇者君はいいのぉん?」


 デルボラの言葉にグレティルは間藤を見る。間藤は柄を強く握ってグレティルを睨む。


「……あれが勇者か。……つまらん。どうでもいい」

「なっ……!?」

「剣は見事だが、全くもって使い手が未熟。それならば、まだそこの小娘の方がまだマシだ」


 グレティルは間藤をこき下ろしながら涼宮を見る。涼宮は歯軋りをしてグレティルを睨む。

 涼宮の額には大粒の汗が溜まっていた。


「……化け物。……殺人剣を極めた者とはここまで禍々しいのか」


 涼宮の祖父は古武術に属する剣術の使い手だった。もはや不要として祖父で潰えることになった流派だが、その心意気と危険性だけは口酸っぱく祖父から教えられていた。その教えの中で殺人剣の使い手の恐ろしさも教えられた。

 その教えはこの世界に来てから大いに役立った。冒険者や騎士達の中には背筋に寒気が走るほどの気配を纏っている者達がいた。それが殺人剣に偏った者達だと気づいたのは、ガリオに出会った時だ。

 ガリオの気配は、濁った気配の周りを澄んだ気配が纏わりついていた。騎士として人を殺したこともあると言い、その罰を背負ってでも人を護ると決めている話を聞いて、気配の意味を理解した。

 

 そして目の前のグレティルは濁っているレベルではなく、もはや初めから黒かったという方が納得出来る。


「ほう?気配まで読めるのか」


 グレティルは涼宮の呟きが聞こえたようだった。

 それを無視してネブロンがアズールに声を掛ける。


「で?どうすんだ?」

「目的は達した。しかし、そうだな。……勇者を1人殺すとしよう。そうすれば聖上と戦う理由が出来るだろう」

『!!!』

「ドロイドはぁ良いデータが取れたからぁ、あたしはもうぅ満足よぉん」

「俺ももう構わん」


 アズールの言葉に間藤達は息を飲む。デルボラとグレティルはもはや間藤達に興味を無くしている。


「さて、誰にするか」

「あの眼鏡にしたらどうだ?結構面倒なスキル持ちだぜ?」

「ひぃ!?」


 ネブロンが忠見を指差す。忠見は顔を真っ白にして、尻餅を着く。


「待ちなさい」


 そこに新しい声が響く。それに全員が声がした方向を見る。

 階段の入り口に、緑のロングパーマを靡かせた白いローブを纏った耳の長い女性が立っていた。

 その姿を見て、間藤達は目を見開く。


「ナーク枢機卿……!」

「無事だったのか!」


 エルフの枢機卿のナークは、間藤達ともよく話をする優しい女性だ。フェンネナからも信頼を寄せられていた。

 フェンネナもナークの名前を聞いて、反応を示す。


「ナーク……様?」

「はい。ご無事のようですね。フェンネナ様」

「ご無事……だったのですね……!良かった……!」


 優しく微笑みながら、フェンネナ達に歩み寄るナーク。フェンネナは安堵の声を上げるが、間藤や涼宮は違和感を感じていた。


「……ナーク枢機卿。生き残ったのはあなただけですか?」

「そうですね」

「……何故ですか?怪我すらもしていないようですが……」

「ユウシ様?」


 間藤はフェンネナとナークの間に割り込み、鋭い目つきでナークを見て問いかける。それにナークは微笑んだまま答える。フェンネナは涙を流しながら間藤とナークを見る。


「それはそうでしょう。私が他の者達を殺したのですから」

「……え?」

「っ!やはりあなたが裏切者か!」


 ナークの言葉にフェンネナはポカンとし、間藤は剣を構える。

 それでもナークは微笑んだままだ。


「ナクツィン。何故止めた?」


 そこにアズールが声を掛ける。


「ナクツィン?」

「はい。それが私の本来の名前です。【奈落騎士団】第9騎士(ノイント・リッター)ナクツィン・ピルッディと申します」

「……嘘……ですよ……ね?」

「フェンネナ様。何度もお話ししたでしょう?現実を直視しなければ、神の導きは得られない……と」


 ペコリと頭を下げて自己紹介をするナクツィン。それにフェンネナは再びどん底に落とされるが、ナクツィンは微笑んだまま突き放す。

 そしてナクツィンはアズールに顔を向ける。


「彼らを我が神と戦わせるなら、無闇に殺すものではありませんよ」

「代案があるのか?」

「はい」


 ナクツィンはアズールの言葉に頷くと、フッと姿が消える。

 間藤達は目を見開く。


「ぐぅ!……あ……」

「圭子ちゃん!!」

「なっ!?」

「涼宮!!」


 涼宮の声と忠見の悲鳴に、間藤達はすぐさま顔を向ける。

 そこにはナクツィンが立っており、その脇にダラリと脱力した涼宮が抱えられていた。


「誘拐するだけで十分でしょう」

「わざわざ連れて行くのか?」

「邪魔じゃね?」

「取り戻せるという希望がある方が足掻くでしょう?殺してしまっては簡単に諦めてしまう可能性がありますからね」


 アズール達の元に歩み寄りながら、理由を語るナクツィン。その内容に間藤達は目を見開いて固まる。


「では、帰りましょう。そろそろ他国の救援も到着するでしょう」

「……分かった。デルボラ。ドロイドは?」

「全機回収完了してるわぁん」


 デルボラの返答に頷くと、アズールは懐から鍵のようなものを取り出す。

 それを後ろの空間にかざすと、空間に大きな白く輝く穴が開く。


「行くぞ」

「はぁい」

「帰ろ帰ろ~」

「ふん」


 デルボラ、ネブロン、グレティルはその穴に入っていく。

 ナクツィンも涼宮を抱えたまま穴に近づき、入る直前に間藤達に向き直る。


「この子を助けたいならば急ぐことです。あまり遅くなると……この子は敵になりますよ?」

『な!?』

「我が神の導きを甘く見ないことです」

「待て!」


 そう言い残して、穴に入り姿を消すナクツィン。

 それに間藤は飛び掛かるが、雷が柵のように行く手を塞ぎ、足を止めざるを得なかった。

 

「では、命を懸けて無様に足掻き続けろ。無力な勇者達。聖上をあまり失望させるなよ?」


 アズールが冷たく見下した目で間藤達を眺めて、穴に入る。アズールの姿が消えた直後、穴が閉じる。

 先ほどまでいた強大な存在達がいなくなったことで、妙に静かで広く感じた間藤達。


「圭子……ちゃん……」

「くそ!ちくしょおおおおおお!!」


 忠見は唖然と目を見開いて涼宮が消えた空間を眺める。太田黒が地面を殴りつけて叫ぶ。他のクラスメイト達も、座り込んで絶望に顔を俯かせる。

 フェンネナはもはや生気も無く、座り込んでいる。


「梶島……いや……ナオ・バアル……!俺はお前を許せない……!」


 間藤は両手を強く握り、ナオを思い浮かべて虚空を睨む。


「絶対に倒す!」


 自分に誓う様に声を上げる間藤。


 こうして聖国は滅び、大魔王の宣戦布告に世界中は混乱に陥ったのだった。

 

 この余波は他の【界使】達にも影響を与えることになったのは言うまでもない。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ