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閑話 勇者その3

よろしくお願いします。

 兵馬達が召喚されて3ヶ月が経過した。


 ある森の中。


「はああああ!!」


 兵馬が雄叫びを上げながら、剣を振るっている。相手は大型の狼の魔物だ。


「下がって!」

「!!」


 声が聞こえた途端、兵馬は下がる。

 狼はそれを追おうとするが、そこに矢が飛んでくる。


「ギャウン!?」

「はああ!!」


 狼の目に矢が刺さり怯む。そこに兵馬が首を斬りつけて倒す。

 その後ろから他の狼が飛び掛かり噛みつくが、噛みついた瞬間に兵馬の姿が消える。

 それに虚を突かれて固まる。


「【炎刃】!」

「ギャガアア!?」


 剣に炎を纏わせて、後ろから斬りつけて倒す。

 残った狼はそれを見て、逃げ出す。

 兵馬はそれを追おうとするが、


「無理をするな!森の中では向こうが有利だ!」

「!!……ふぅ~……ありがとう。トゥオニさん。皆もお疲れ様」

「うん!」

「上手く行ったわね」


 兵馬はトゥオニの制止に従い、剣を収める。そして礼を言い、悠里達を労う。それに笑顔で答える悠里達。

 兵馬達は訓練を続け、魔物退治の訓練として王都近くの森に来ていた。

 

「しかし……やっぱり私の攻撃手段をどうにかしないとダメかしらねぇ。【幻の賢者】が弱いわけではないけど……攻撃手段がないのは厳しいわ」

「けどスキルって増やせるわけじゃないんでしょ?」

「あぁ。可能性があるのは魔剣の類だな」


 美園は【幻の賢者】【真贋】【鑑定】と完全に支援型だ。幻で相手を撹乱できるが、だからといって攻撃手段が無ければ倒すことが出来ない。

 しかし、基本スキルは先天性のものだ。変化はしても増えることはまずない。そのため魔剣の類が一番可能性があるが、良い物が手に入るかどうかは分からない。


「このパーティーは後衛3人だものね」

「トゥオニさんが毎回来てくれるわけじゃないしね」


 悠里と麗未もスキル構成は後衛型、そしてやはり前に出て戦うのは怖いという思いもある。しかし、だからと言ってずっと兵馬1人で前で戦わせるのも厳しい。

 トゥオニは騎士団長で実力も確かだが、時々任務で離れることもある。


「と言ってもなぁ」

「今、1人交渉している者がいる」

「「「「え?」」」」


 兵馬もいい考えが浮かばずに頬を掻く。しかし突然のトゥオニの暴露に全員が驚く。


「初めて聞きましたよ?誰なんですか?」

「まだ交渉中だからな。冒険者出身の女勇者だ。1人で国をあちこち回っているから所属がなくてな。うってつけだろ?」

「女ですか……」

「男が良かったか?」

「「「嫌です」」」

「だろ?」


 トゥオニの言葉に麗未が悩ましそうにするが、次の言葉に麗未を含めた女性陣が声を上げる。それに苦笑するトゥオニ。

 兵馬は少し眉を顰めるが、女性陣の気持ちも分かるため我慢することにする。


(他の連中が聞いたら「主人公か!」って突っ込まれそうだな。……奈央がいたら……もっと笑いながら受け入れられたんだろうなぁ)


 苦笑するが同時に親友のことも思い出してしまい、苦しい気持ちになる。

 

「いつ来るんですか?」

「近いうち、としか分からんな。冒険者だからな。依頼をこなしながら来るだろうし」

「もう来ている」

『!?』


 突如、聞こえた見知らぬ声に全員が武器を手にしながら声の主を確認する。


「なるほど。最低限の行動は出来るか……。まだまだではあるが」


 そこにいたのは紺色のポニーテールと同色の鋭い眼を持つ美女だった。身長は兵馬と変わらない位で、赤いシャツの上から軽鎧を身に着け、タイトな革ズボンにグリーブを履いている。スタイルも良い。

 左手にはランカという槍を持っており、腰には鞭と鉄扇が吊られている。

 左頬に傷跡があるが、全くマイナスな印象を抱かせない。むしろ雰囲気と相まって妖艶な色気を湧き立たせる。


「お前達が【クラベスヤード王国】の勇者だな」

「……あなたが?」

「そうだ。今、話に出ていた【地震の勇者】だ。ベストラという」

「【炎の勇者】兵馬です」

「悠里です」

「私は麗未です」

「美園よ」

「クラベスヤード王国騎士団長トゥオニだ。」

「……ふむ」


 ベストラは兵馬達をジロジロと見る。見極めであろうと思っているため我慢するが、あまり気持ちいい視線ではない。


「やはり迷い人……いや、界使だったか?というのは戦いから遠い生活をしていたというのは本当らしいな。体つきが歪だ」

「歪……ですか?」

「あぁ。確かに鍛えられているが、それは戦いとは無縁な筋肉の付き方をしている」

「!?」

「女達の方は貴族と言われた方が納得するくらいだな」


 ベストラの評価に正しいし、仕方がないことだが悔しい気持ちが出てくる4人。

 その様子を見て、ベストラは目を細める。


「……なるほど。ユウシとフミナダよりはマシだな」

「え!?あの2人にも?」

「あぁ。断ったがな」

「何故ですか?」

「理想を押し付けてくる阿呆と損得で判断している馬鹿と共にするなど命がいくつ有っても足りん。私は冒険者なのでな。名誉や金も大事だが、何よりも生き残れるかどうかが重要だ」


 ベストラは間藤や文灘の2人をこき下ろす。その評価には兵馬達も同意なので頷く。


「後はムドウとかいう者もいるらしいが、わざわざ冒険者になるなど逆に信用できん。私のように始めからこの生活をしているなら分かるが、戦いを知らぬのに騎士団や国の支援を捨ててまで冒険者になるなど普通は選ばん。間違いなく先ほどの2人よりも理想主義者か現実主義者だ」


 無動には会っていないようだが、どのように活動しているかは聞いているようだ。恐らく現実主義者だろうなと兵馬達は考えるが、口には出さない。


「それに何より連中の視線が気持ち悪い。力に酔っている発情犬のようだった」

「「ぶふ!?」」


 ベストラの言葉に兵馬と美園が噴き出して肩を震わせる。

 その様子にベストラも苦笑する。


「それに比べてお前達はちょうどいい。現実的に理想を追い、堅実に判断・行動している。足りないものを探し、今あるものでまず補おうと努力する。その姿は冒険者が成り上がり、生き残るためには絶対的な要素だ」


 その言葉に兵馬達は背筋を伸ばして真剣な表情で聞き入る。


「なにより。ユウリ達は私が並んでも見劣りしない美女だ。男も1人だし、やっかみも少ないだろう」

「え!?」


 その言葉に兵馬が固まる。


「い!言っときますけど!彼は私のです!」

「悠里!?」


 悠里が顔を真っ赤にしながら自分の物宣言する。それに兵馬は混乱し始めている。


「ははははは!そうか!だが、ユウリ。この世界は重婚ありだ。特にヒョウマは名誉侯爵当主だろう?絶対に婚約者や愛人の話が出るぞ」

「「え!?」」


 ベストラの言葉に兵馬と悠里はトゥオニに目を向ける。

 トゥオニは顔を顰めて、頭をガシガシしながらめんどくさそうに答える。


「まぁ、間違いなく近いうちに話がいくだろうな。今は姫様が止めてるだけだ。というか姫様とも婚約話も出る可能性があるぞ」

「「「「えぇ!?」」」」

「当たり前だろ?【勇者】で【界使】だぞ?しかも評判もいい。間違いなく国に留めておこうと動き出すさ。そして姫様もそれを止めきれない」


 トゥオニの言葉に4人はポカンとする。トゥオニはまさかそこに思い至っていなかったことの方に驚いている。


「そこは思い浮かばなかったのか?」

「……俺達の世界ではほとんどの国が重婚禁止なんですよ。しかも貴族なんていないし」

「あぁ~なるほどな。政略結婚とは無縁なのか」

「そうね。商人としても政略結婚はあるけど、稀の稀ね」


 兵馬と美園の言葉に頷くトゥオニとベストラ。やはり世界が違うと文化も大きく違うのだ。


「ならば尚更私も加えてくれ。【勇者】同士の婚約など邪魔する者はまずいない。正妻はユウリで構わん」

「うぅ~」


 トゥオニの話を聞いた後のベストラの提案に涙目になって考え込む悠里。価値観的には受け入れたくないが、離れ離れにされたり変な女が来るのも嫌だ。


「あ~……そうだな。婚約って形にしとけ。それにレイミもミソノも一緒にヒョウマとしとけ」

「私達も!?」

「はぁ!?」

「勇者、聖女、賢者の婚約だ。これに待ったを掛けたり割り込めるなんて、それこそ女王か王女くらいだ。公爵令嬢ですら愛人にしかなれん。婚約にしとけば、まだ破棄もしやすい」

 

 トゥオニの提案に兵馬達はそれが自分達を守ることに最適であると理解してしまった。しかし、いきなりは受け入れがたい。


「まぁ、今すぐとは言わんよ。ただ考えといてくれって話だ。それで…ベストラ殿はヒョウマ達と共に戦ってくれると言うことでいいのか?」

「あぁ。正直、国を回るのも勧誘がうざくてね。ヒョウマ達となら一番マシだろうさ」

「それは助かる」


 こうして兵馬達に新しい勇者が追加された。


 そして3日後。兵馬と4人の婚約が発表され、世界中が熱気に沸いたのであった。

 ハーレム野郎になった兵馬も発表当日に知らされて、頭を抱えていたが。




 婚約発表から2日。兵馬達は訓練を終えて、王城の1室で休んでいた。


「はぁ~」

「どうしたの?兵馬」

「いや……やっぱり、どうも婚約を祝われると違和感しかなくて」


 兵馬は王城で人とすれ違うたびに婚約を祝われた。兵馬は人気があるし、少しずつではあるが勇者としての実績も出来ているので誰も不満を表さなかった。

 しかし、自分も婚約を発表直前まで知らなかったので実感が無いのだ。


「……嫌なの?」

「ベ!?別に悠里とは嫌じゃないぞ!元々結婚だってする気だったんだからな!」

「……兵馬」

 

 涙目になる悠里に慌てて、慰めようとして暴露してしまう兵馬。それを聞いて違う意味で涙目になる悠里。


「お熱いわねぇ。私達とも嫌なの?麗未はクラスでも一番の美少女よ?」

「う。嫌というか……麗未は奈央のことが好きだったんだろ?なんか……あいつに悪いと思っちまってよ」

「兵馬君……」

 

 その言葉にしんみりしてしまう4人。やはり奈央の存在は意外と大きく、尾を引いているのだ。

 これに関しては簡単に解決するものではない。しかし、兵馬は特に近くにいたため後悔が大きく、奈央に何かしらの償いが出来ないかと考えてしまうのだ。


「まぁ、そのナオって子に関しては私達は知らないが、大事な人だったのだろう?ならば無理に納得しなくてもいいだろう。あくまでも婚約だ。よく考えて話し合えばいい」


 ベストラの言葉に頷く兵馬達。

 そこにカテリーナとトゥオニがやって来る。


「失礼しますわ。……どうかなさいましたか?」

「大丈夫です。少し親友の事を思い出していただけです」

「……そうですか」


 カテリーナは兵馬の言葉に目を瞑る。

 彼の親友を殺したのはカテリーナも責任を感じているのだ。


「王女様のせいではないですよ。あなた達は神に従っただけでしょう?」

「そうですが……」

「今は止めましょう。あいつは帰ってこないんですから」

「……はい」


 兵馬はいい形ではないが話を打ち切る。それを誤魔化すかのように次の話題を出す。


「それで、そろそろ今の魔王の動きについて知っておきたいのですけど。情報を知らないと備えようがない」

「……そうですね」


 今までは魔王の情報をあまり知らされずに過ごしてきた。絶対に戦わなければならないわけではないからだ。しかし勇者として動く以上、知っておくことに越したことはない。

 それにカテリーナとトゥオニも同意する。


 

 そして全員が椅子に座り、お茶を並べてもらって話す体制を整える。

 兵馬が口火を切る。


「今って魔王は1体だけなのですか?」

「……それが……分かっていないのです」

『え?』


 カテリーナの言葉に兵馬達は首を傾げる。

 カテリーナ達も顔を顰める。


「情けない話ですが……魔王は己の国を作っているのです。もちろん当初はそこに密偵を送り込んだのですが帰ってくる者はおらず、それどころか魔王側に裏切る者が多発したのです」

「さらに魔王の国に接していた国も次々に侵略され、情報が無くなったことも大きいな」

「そのおかげで魔王達の本拠地に行くことが尚更困難になった。そのため今や情報は無いに等しい」

「そして、この前のように魔王の手の者がどこに潜んでいるのかが把握しきれないというのが止めですね」


 その言葉に兵馬達も顔を顰める。


「最も打撃を受けたのが【グラフィレオラ賢国】が魔王の手に落ちたことでした」

「グラフィレオラ賢国……」

「かつて【賢者】達によって建国・治政されていた大国だ。そこは知識や情報を集めていた国でな。スキルや魔物、魔道具の研究、開発にも力を入れていた。さらに……各国の機密も保管されていた」

『はぁ!?』

 

 トゥオニの説明に兵馬どころかベストラも驚く。


「グラフィレオラは中立国として有名でした。そのため各国は表に出せない情報を国で管理するより、むしろ他国に管理させることで情報漏洩を防いだのです」

「いや漏れてるじゃん」

「彼らの国は議会制で保管庫を開けるには議員全員の力が必要だったそうです。そのため賄賂も効かなかったそうです」

「なるほどねぇ。議員全員を丸め込めるほどのお金なんて国家予算超えることの方が多いわよねぇ」

「はい。さらにその国は議員がよく変わるので、丸め込んでもその者が議員でなくなってしまうこともあったそうです」


 その説明に兵馬達は理解を示した。

 特に美園は賢者であったため、尚更共感した。


「まぁ、政治に巻き込まれるくらいなら自分の研究に力入れたいわよねぇ」

「美園も?」

「そうね。私も魔道具作りに凝ってるから間違いなく賄賂とか言われた時点で議員辞めるわ」


 美園の言葉で全員が当時の王族貴族達に同情した。間違いなくスポンサーとして金を出して無駄にされたに違いないからだ。


「まぁ話を戻して、だ。それによってほとんどの国が他国の事を疑うようになった。『もしかしたら魔王と取引して機密をもらっているかもしれない』とな。それによって魔王どころではなくなった。実際に戦争も起きたそうだ」

「その間に魔王は建国を進めたようです。気づいた時には……大国を作り上げていました」

「さらに当時グラフィレオラ賢国周囲の国で魔王または異王が立て続けに現れたそうだ。そのせいで勇者、聖女、賢者が何人も死んだらしい」


 想像以上に大事だった。兵馬達は自分達が放り込まれた状況に顔を青くする。


「……その当時で何人も死んでるのに俺達で勝てるわけないじゃないか」

「兵馬と一緒でよかったわ」


 兵馬と悠里の言葉に麗未、美園、ベストラが頷く。


「でも、なんでそんなに急に現れたの?」


 美園が首を傾げる。

 

「この【クラベスヤード王国】は200年前に生まれました。その前は【クルダソス王国】という国があったそうです。その国の中に【闇淀の坩堝】というものがあったそうです」

「闇淀の坩堝?」

「私も初耳だ」


 ベストラも知らない様だ。


「そこは……神々に歴代勇者や英雄達が死力を尽くしてさえ倒せなかった魔王や異王を多く封じていた場所だったそうです」

「……まさか」

「はい。その封印は突如解かれ、封印を管理していた街は消滅したそうです。さらにその後周辺の街が次々と消滅。目撃者どころか街そのものが消滅するほどの事だったので犯人が不明だったそうです」


 兵馬達は絶句する。


「……女神が倒さなくても構わないとか言うわけね。期待してないのね。倒せるとは」

「……おそらくは」

「それって聖国、聖神教は理解しているはずよね?なんで間藤くんを勧誘したの?」

「異世界人を勇者として呼んだのは数千年振りと言われています。もちろん真実は分かりませんが。それに期待している、ということでしょう」


 兵馬は眉間に皺を寄せて考え込んでいる。


「今までで魔王であろうと確認されているのは4体だ。吸血鬼の女王、4本腕の巨人、堕天の女王、轟雷の精霊だ」

「4体もですか?」

「多分もっと多いぞ」

「……どうしろって言うのよ」

 

 麗未、悠里、美園は魔王討伐は不可能だと思う。

 

「下手したら……いや、確実に呼ばれた俺達よりも魔王は多い、か」

「しかも異王もいるとなると倍は覚悟するべきだろう」


 兵馬の推測をベストラが補足する。

 

「魔王達の国とこの国との距離は?」

「……小国を1つ挟んでいるだけです」

「……聖国や仁達がいる国は?」

「聖国が我が国も含めて4国ほど。フミナダ様達の国はこの国と大差ありません」

『…………』


 最悪の状況だと確信する兵馬達だった。


「まさか……魔王討伐する気満々の奴が一番遠い国にいるなんてね」

「全くだな。……これは……巻き込まれるぞ」

「そうとも言い切れないのです」

「というと?」

「我が国を通って魔王の国に行くのは実質不可能なのです。200年ほど前、賢者が命を懸けて山脈を作り上げました。その山脈は険しく馬や馬車は通れません」

「つまりこの国を通ると遠回りだと?」

「はい。恐らくフミナダ様の国が巻き込まれるかどうか……というところでしょう」


 その言葉にまだ時間はあると考える兵馬達。


「でも、いつ事態が動くかは分からないな。……その時までに実力を付けて、出来れば実績と発言力が欲しい。……勇志達に下手に巻き込まれない様に」


 兵馬の言葉に全員が頷く。こうして兵馬達は改めて目標を定めて動き出したのである。




 【ゼウバドル聖国】。

 聖神教の本拠地であり、現在2番目に歴史が長い国だ。

 大きさも【クラベスヤード王国】の3倍ほどあり、世界中に神殿があるため国力も各国への発言力もかなり大きい。


 間藤達は聖国に移り、訓練を続けるも兵馬達と違い、魔物退治などには積極的ではなかった。


「俺達の目的は魔王だ。それに冒険者達の仕事を奪うのは良くない」


 間藤の言葉にクラスメイト達は称賛する。

 兵馬が聞けば『いや、ただ雑事は雑魚にやらせろってことだろ?』と突っ込んだことだろう。

 もちろん間藤はそんな気は一切ない。言葉面がいいだけにクラスメイトも聖神教の者達も素晴らしい考えだと疑わなかった。


 そのため間藤達は大神殿で訓練をする日々を過ごしており、勇者としての活動は殆ど出来ていないのが現状だった。


「失礼します。ユウシ様」

「どうしたんだ?フェンネナ姫」


 間藤に声を掛けたのは艶のある水色の髪を持つ美女だった。

 フェンネナ・フルエ・ゼウバドル。聖国第3王女であり【紙の聖女】でもある。歳は16歳だが、大人びており間藤との婚約話も上がっている。


「【地震の勇者】ベストラですが、どうやらクラベスヤード王国に腰を据えたようです」

「……兵馬か。くそ!」


 間藤は兵馬に裏切られた気持ちが強く、敵対視するようになっていた。

 これには麗未達を独り占めした嫉妬も混ざっているが本人は気づいてない。


「他の国の者達は?」

「10各国中3国が協力を表明しましたが、残りはまだです」

「なんでだ?魔王を倒して平和にしたくないのか?」


 間藤もフェンネナから兵馬達同様の話を聞いたが、間藤は『一刻も早く倒すべき悪』と思うだけだった。今まで倒された勇者達とは違う。何処かでそう思い込んでいるのだ。

 市民や他国からの間藤の評価は低い。理由は単純で引き篭もっているからだ。


「このままじゃ戦力が厳しいな。……やっぱり【聖剣】を取りに行かないとダメか」

「そうですね。それが最優先目標となると思います」

「準備は?」

「騎士達はいつでも。後は勇者様方次第です」

「分かった。皆と話し合って日にちを決める」

「お願いします」


 フェンネナは礼をして、間藤の前を後にする。

 そして自室に戻るとソファに座り込んで背もたれに寄りかかる。


「はぁ。勇者様の御心は間違っているわけではありませんが……少し理想に囚われ過ぎです。しかもそれを誰も止めない。父上や兄上でさえも。……このままではダメな気がしますね。……お姉さまがいれば」


 フェンネナの様子を侍女は心配そうに見つめながらお茶を入れる。


 フェンネナの姉、第1王女ヴィオラン。神殿騎士団長を務めていた女傑なのだが、5年程前に遠征中に突如行方不明になったのだ。原因は未だ不明。ただ生き残った者達の言葉では魔王が出たとのことだが、フェンネナはそれは真実ではないと思っていた。第1王子、第2王女の母は側室だった。側室は他国の者で次期聖王に子供を推そうと必死なのだ。そのため、ヴィオランのことも側室、または側室に与する者の仕業ではないかと考えている者も多い。


「この状況で聖剣を手に入れることを……あの者達が認めるかどうか。全く……聖神教のトップが継承権争いなど馬鹿馬鹿しいですね」


 フェンネナは自虐的に笑う。

 

 ちなみに【聖剣】はこの国の地下迷宮の深奥にあると言われている。

 迷宮名は【勇なる者への試練】。今まで数多くの勇者が挑んだが、誰も攻略出来た者はいない。聖剣は聖神教の初代教皇であり聖王であるため、聖剣を手に入れた者は血に関わらず聖王になるべき者だと言われている。


「私も行かねばならないのでしょうね」


 王族では【聖女】は自分だけ。他に賢者もいない。

 フェンネナは気が重かった。

 

 そして6日後に迷宮攻略を開始することになった。

 国からの同行者はやはりフェンネナが選ばれ、他の王族は選ばれなかった。

 フェンネナは出発まで暗殺されない様に細心の注意を払い、準備を進めていく。


 そして間藤達【界使】とフェンネナ率いる神殿騎士は攻略を開始した。

 

 これが悲劇の引き金となってしまったと、理解したのは1か月後のことだった。 


ありがとうございました。


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