ここはどこ?『ボク』はだれ?
よろしくお願いします。
僕は、果てしない時間を落ちているように感じた。
何時間?
何日?
何年?
僕は……いつ死ぬんだ? いつ…死ねるんだ?
そんな考えばかりが、頭をよぎる。
僕はまだ落ちていく。
底は、全く見えない。
「さあぁたぁけぇ!!!お前ぇ!!」
兵馬が目を血走らせて、佐竹に掴み掛る。
流石に佐竹もその剣幕に怯えるが、すぐに笑って言い返す。
「な、なな、なんだよ?文句あ、あんのか?俺のおかげで、お前らはもう死ななくていいんだぜ?俺のおかげでなぁ!!」
「ふざけんなぁ!!」
「俺を殺すか!?ならその前にあの神様殺せよな!原因はあっちだろうが!!俺は神様の意思に従っただけだからなぁ!!」
「お前を殺してからでも一緒だろうがよ!!」
佐竹は怒鳴るも、兵馬の答えに顔を引きつかせる。
バチンっ!!
すると、兵馬は佐竹から弾かれる。
「なんだ!?」
『……ごめんなさい』
「あぁ!?」
『……本来なら説明を終えた段階で、自動的に世界を渡ることになっています。なので、人数が揃った時点で、向こうに飛ばされることになります。世界を渡る際は、お互いに干渉が出来なくなります』
「ふ、ふざけんな!ふざけんなぁ!!それで神だと!?こんな失敗ばかりのお前が神だと!?なんでお前のために俺達が!!奈央が死ななきゃいけねぇんだぁ!!!」
兵馬の叫びに、自称女神は何も答えない。
答えられない。
「ははははははは!!喜べよ!お前らぁ!俺のおかげで!俺様のおかげで!お前らは生きていけるぜぇ!!」
佐竹は完全に箍が外れたようだ。
そして、兵馬達は世界を渡った。
『……本当に、最悪の失敗だわ。……問題は、魔王だけじゃなくなったわね』
そう言って、自称女神も消えていく。
奈央はもはや考えることすらやめていた。
何故か腹が減ることもなく、排泄もする気にならない。
体も壊れたのか。
奈央はもうそれすらどうでも良くなった。
真下に目を向けていた奈央の目に、ふと、黒い穴のようなものが見えた。
しかし、奈央は全く反応しない。
ただ穴を瞳に映しているだけだ。
奈央の体は、その黒い穴に入る。
奈央の体は、重力を感じたように重くなった気がする。
それに、空気の流れも感じる。
ドォッボォォン!!
水の中に落ちる奈央。
突然の事でパニックとなり、バタバタと暴れる。
「プッハァ!」
水面に出て、息を整える。
周りを見渡すと、そこは湖のようだった。
幸い岸に近かったので、頑張って泳ぐ。
「……ここは?」
周りを見渡すも森しか見えない。
これからどうしようかと考える。
すると、いきなり極度の空腹を感じる。
「一気に取り戻すのかよ」
動けなくなるほど力が抜ける。
これはやばい。
そう考えていると、
「お前さん。大丈夫か?」
「え?……ひぃ!?」
骸骨が目の前にいた。
「あぁ、すまん。驚かせてしまったか。安心しろ。生きた人間は餌にはせん」
骸骨は横に座る。
すると、僕のお腹がなる。
「腹が減っているのか。ほれ。これを食え」
鞄から干し肉を数枚取り出す骸骨。
僕はそれに飛び付いて、ガツガツと食べる。
「……よっぽど腹が減っていたか。まぁ、迷い人のようだしな」
「みゃひょいびちょ?」
僕は食べながら骸骨に質問する。
「穴から落ちてきたろ?俺も見えてたしな」
頷く僕。
「異世界から飛ばされたものを迷い人っていうんだよ。基本この世界で死んでるぜ」
ゴックンと全部食べる僕。
骸骨は立ち上がる。
「近くに町がある。そこまで案内してやるよ」
「大丈夫なんですか?」
「あ?あぁ。この格好か?大丈夫だ。町の連中は知ってる」
「そう、なんですか」
「嬢ちゃん。とりあえず日が暮れる前に行こうや」
「僕は男です」
「あぁ?そんなでけぇ胸してて何言ってんだ?」
「は?」
僕は下を向く。
そこには、大きく膨らんだ胸があった。
慌てて立ち上がり、全身を見る。
手足の肉質は前より柔らかくなり、腰のくびれはさらに目立つ。
髪も肩甲骨辺りまで長くなっている。
なにより、男の象徴がなかった。
「な、な、なんじゃこりゃーーーー!!!」
僕の声が木霊する。
『はぁ~。全く、どうしたものかしらねぇ』
自己の領域に戻ったレレリティリアは、先ほどの異世界人達の事を考えていた。
レレリティリアは長い金髪に濃艶な体つきをしている女神だ。
『あの様子だと間違いなく内紛が起こるわ。でも、私には止められない。……神託で離させるしかないか』
すると、自身の領域に何者かが転移してくるのを感じた。
『おう。レレリティリア。どうだ?上手くできたか?』
『我らの力も貸したのだ。当然だろう』
『……でも、なんか悩んでる?』
現れたのは、レレリティリアと同じ神だ。
赤い髪を持つ男神。バザラジア。
青い髪に眼鏡をかけている男神。クエヤラシア。
茶髪に少女の姿をしている女神。ココイリメア。
今回の異世界転移に力を貸してくれた神達だ。
『一応、成功ね』
『あぁ?どういうことだ?』
レレリティリアの言葉に訝しむバザラジア。
そして、レレリティリアから状況を聞き、顔を顰める神達。
『それはやべぇな』
『あぁ……下手したら魔王に味方する者が出るぞ』
『でも、なんで失敗したの?』
ココイリメアの疑問にレレリティリアが顔を顰める。
『急にこちら側の穴が狭まったのよ。召喚したと同時にね』
『おい。それって』
『召喚のせいでこっちの世界の魔力が足らなくなったんだよ。この愚か者共』
『『!?』』
声を掛けてきたのは、緑色の髪をもつ女神。ヤダラエベア。
『……ヤダラエベア』
『やってくれたねぇ。お前達。よりによって、マジェネリアが寝ている時にやるなんて』
ヤダラエベアは苦渋に顔を顰めている。
マジェネリアとは未来を見ることが出来る女神だ。
その力故か時折、強制的な休眠に入る。
今回の召喚はその隙を狙われて行われたのだ。
『でも、これで世界は保たれるわ』
『1人、落とされたんじゃないかい?』
『な!?』
なぜ、ヤダラエベアがそれを知っている!?
レレリティリアの動揺を見て、悟るヤダラエベア。
上を仰ぎ、『ダメだったか』と呟く。
『なぜ……それを?』
『……今の魔王と考えられるからだよ。そいつが』
『……は?』
ヤダラエベアの言葉に固まるレレリティリア達。
『あんた達はその時はまだ新米で、世界の管理に参加してなかったねぇ。今の魔王はね、異世界から来たと言われてるんだ』
『え?』
『300年程前に突如現れてね。そいつと戦った神族が聞いたんだよ。我をこの世界に呼び出したのは神と名乗るものだ。ってねぇ』
『そ……んな』
『けど、過去数万年で召喚された形跡はない。ならば、可能性は未来だ。だから、マジェネリアに注意させてたんだけどね。まさか、休眠中に行われるとわねぇ』
マジェネリアは、『未来で休眠しているであろうとされる時間』の未来は読めない。
そのため、休眠のタイミングはシビアなのだが、それが見事に裏目に出た。
『間違いなく、そいつが魔王になったね。落ちたことで過去に飛ばされたんだろう』
『で!でも!なんであれほどの力を!?』
『それが分からないから困ってるんだよ』
レレリティリア達の顔色は、青を通り越して白くなっていく。
ヤダラエベアも顔色が悪い。
『まぁ、今回お前達に召喚を任せたのは神王だ。お前達に責任を押し付けるのは違うか』
ヤダラエベアは背を向ける。
『お前達はしばらく大人しくしとくんだよ。下手なことして、さらに悪化したら、もう庇えない』
そう言って消えるヤダラエベア。
レレリティリア達はその場に座り込み、全員で頭を抱える。
世界を救う行いのはずが、魔王を倒す行いのはずが、その行いこそが魔王誕生の原因だったのだから。
神族が自己演出した喜劇。
兵馬が聞いていたら、 そう断じていたことだろう。
ありがとうございました。