勇者の言葉は魔王達には届かない
よろしくお願いします。
僕達3人は翌朝、街を探索していた。
「そういえばナオ様」
「ん?」
「私達を作り直したスキルは男でも使えるのですか?」
「うん。使えるよ。ただ、こっちだと使い勝手が良すぎてね。女の方では慣れて行かないといけないのさ」
「なるほどねぇ。スキルをもらえたのはなんでだい?」
「スキルは魂や身体に依存してるんだ。そこに魔力という原動力があって初めて発現する。その魔力量で発現できるスキルが決まると言ってもいい。だから、魔力量が増えればスキルも増えたり、変化するよ」
その言葉に納得する2人。
だから、女でもスキルを与えることは出来る。
でも、狙ったスキルが現れるかは分からないけどね。
ギルドに顔を出す僕達。
中は少し慌ただしく思える。
「レーフェンのことでしょうか」
「も、あるだろうね」
「パッと見て、知り合いはいないねぇ」
「そう、じゃあ迷宮の情報聞いてさっさと行こうか」
僕の言葉に頷いて、受付に近づくシフラ。
「ちょっといいかい?」
「はい」
「迷宮に挑みたいんだけど、何か変わったことはあるかい?」
「迷宮にですか?……申し訳ありません。ここ最近冒険者達は迷宮に行くものがいなくなってしまって」
「なんだって?」
「5年ほど前にベテランだった冒険者チームが全滅したんです。それも浅い層でです。原因は分からないままです。調査に送った者達も全滅しました」
「あぁ~。そういうことかい」
「なので、情報は無いに等しいです」
「入るのは止めてないね?」
「はい」
シフラは礼を言って、僕の元に戻る。
話を伝えるも僕は特に問題視しなかった。
「毒なんて効かないしね。解毒も薬も無限に作れる」
「……流石だねぇ」
「魔王だよ?それも歴代最悪の」
僕は両腕を広げて苦笑する。
ルティエラとシフラはナオの事情を聞いている。
生まれたときの話をすると、2人は涙を流して慰めてくれた。
全く気にしてはいなかったが、ナオは2人の反応が嬉しかった。
僕達がギルドを出ようとする。
「あぁ!?シフラじゃないか!良かった!無事だったんだな!」
ギルドに入ってこようとしていた男に声を掛けられる。
男は爽やかな金髪で長身だ。
銀を基調にした鎧を身に着けており、腰には剣が2本差さっている。
名前はマック・レンテッド。年は30歳。
そして、【風の勇者】のスキルを持っている。
ふむ。これはどう考えるべきか。
シフラは何も言ってなかったな。
マックの心を読むと、こいつは勇者であることを隠していた。
仲間は知っているようだが。
そしてこいつは、シフラに惚れているらしい。
ここには依頼で来ていたのか。
ふむ。面倒なことになるな。絶対に。
どうやら僕は面倒事を引き付けるようだ。
まぁ、幸運も操れるが、ずっとって訳ではないしな。
強くないから放置でいいか。
「あぁ……え~っと………パックだったかい?」
「はぁ。マックだよ。相変わらず俺の事を覚えてくれないな」
「悪いね」
シフラは完全に眼中にない。
マックは肩を落として訂正する。
悪びれることもなく、言葉だけで謝るシフラ。
マックの後ろにいる仲間達が少し顔を顰める。
「しかし無事でよかったよ。……レーフェンの事はまだ何も分からないらしい。本当にひどい話だ。知り合い達は君以外皆死んでしまった」
「そうだねぇ。何があったのやら」
「……あんまり悲しそうじゃないね」
シフラのあっけらかんとした態度に少し疑問を持ったマック。
「実感が無いんだよ。……それにあの街では知り合いは少なかったからね」
「……そうなんだ」
これは事実だ。
シフラがレーフェンに来たのは6年前。
それまでは各地を転々としていた。
あの公爵家共のために長居をしていたにすぎない。
「仲間の男達はどうしたんだ?」
マックの後ろにいた盾を背負った茶髪の男が口を挟む。
「あぁ、あいつらなら領主に雇われて、あたしを嵌めようと近づいてきたクズだったからね。ここに来る前に別れたよ。死んだんじゃないかい?」
「……そうか」
男は顔を顰めて答える。
納得は出来ていないようだが。
「それに今はこの子達がいるしね」
「……そういえばこの人達は?」
「何って仲間だよ。今後はこの子達と一緒にやっていくことにしたのさ。」
「本気かい?男とはいえ子供と、エルフの女性と3人だけじゃないか。危険だよ」
「大丈夫だよ。あんたが心配することじゃない」
「心配するさ!……やっぱり君は俺達の仲間になるべきだ!」
マックはナオ達を見て、心配してきた。
しかし、シフラの対応が楽観的に見えたのだろう。
いきなり勧誘してきた。
これは僕の物にしなくても、脈はなかっただろうな。
「はぁ?嫌だよ」
「もっと真剣に考えてくれ」
「分かんない奴だねぇ。考える価値もないって言ってるんだよ」
「っ!?」
シフラの絶対的な拒絶に固まるマック。
周りの連中は完全にシフラを睨んでいる。
ふむ。随分と慕われているな。
女もいるのだから、そいつらで我慢しとけばいいのに。
「そろそろ行こうか。シフラ」
「あぁ。すまないね」
「退屈でしたよ」
ルティエラも辛辣な事を言うね。
僕達はマック達の横を通り過ぎる。
マックは未だに固まっていた。
「で?迷宮ってどっち?」
「あっちだよ」
「っ!?ま、待て!迷宮だって!?」
迷宮に向かおうとすると、マックが再起動した。
「迷宮は危険だ!君達では危険すぎる!」
「大丈夫だよ」
「何の根拠があって……!」
「あんたは何の根拠があって、あたし達が無理だって言い切れるんだい?」
「今まで多くの冒険者が死んでるんだぞ!?」
「それはあたし達が無理な理由になってないよ」
そう言って歩き始める僕達。
マックは再び声を出そうとする。
「うるさいよ」
「な!?」
「今まではダメだったからってそれが何?どうして僕達が死ぬって決めつけてるの?」
「そ、それは……!」
「自分が失敗したからだよね?」
「!?」
僕の言葉に固まるマック。
心を読んだら、マックは以前に失敗して1週間ほど毒に苦しんだことがあるようだ。
「残念だけど、僕達は止めないよ。君の言葉は僕達には届かない」
「なんだと……」
マックは僕を睨みつけるも、無視して歩き始める僕達。
それを苦々しく見送るしか出来ないマックだった。
迷宮への入り口は街の中に合った。
街の外れにあり、周りは森で囲まれている。
「あいつ勇者だったのかい?」
「うん。まぁ、スキルを持ってるだけだけど」
「大丈夫なのですか?」
「余裕で勝てるね」
「それならいいのですが」
「言っとくけど、僕は魔王を名乗ってはいるけど【魔王】スキルはないよ」
「「え!?」」
「【魔王】持ってるからって魔王になるわけじゃないし」
「あぁ。勇者もそうですもんね」
「そ。スキルはあくまで力の在り方に過ぎないからね」
過去には【勇者】スキルを持った魔王もいた。
魔王と異王の違いなんて、ぶっちゃけ神が『殺さねばならない』と判断したかどうかだ。
異王は危険ではあると考えているが、基本的に神は介入しない。
「だから彼は放置でいいよ」
「またシフラに絡んでくるのでは?」
「その時はシフラが好きにしなよ。シフラはもう何しようが僕の物だもん」
「そうだね♡」
シフラは顔を赤らめて左胸に手をやる。
もちろんそこには僕が刻んだ証がある。
あいつがシフラを手に入れる事は絶対にない。
僕達は中に入る。
入り口は洞窟だが、奥に進むと森林になった。
しかし、草木が毒々しい紫色だった。
空気もどこか濁っている。
「おぉ~。毒っぽい」
「ホントですね」
毒草もガンガン隠れてる。
これを全部見極めて避けろってのはエグイね。
「で?どうするんだい?」
「こうする」
シフラが尋ねると、僕はスキルを使って床に穴を開ける。
そして、そこに飛び込んでいく。
ルティエラも続く。
シフラは一瞬ポカンとするも、苦笑して付いてくる。
いつもの通り、あっという間に最下層まで降りる。
そこには和風の屋敷があった。
『Π』の形に作られていた。
ふむ。これは……少し厄介かも。
「珍しい建築ですね」
「だろうね。異世界のものだもの」
僕の言葉にルティエラ達は目を見開く。
僕は屋敷に近づく。
「そこにいるんだろう?出てきなよ」
『……流石にここまで来ただけはあるの』
正面の扉が開く。
出て来たのは、刀を携える老成した侍だった。
その姿を見て、目を細める。
「君はどっちだ?」
「……そうか。知っとるのか。呼ばれた方じゃよ……いや、攫われたと言うべきじゃな」
「それは神に?人に?」
「神じゃよ」
「……いつ?ここ数百年は召喚陣は使ってないはず」
「200年程前じゃ。別に召喚陣は知られている物だけではない、ということじゃの」
その言葉に舌打ちする。
そうか。滅んだ都市にもあるのか。
これは厄介だな。
「しかし、呼ばれたからには勇者でしょ?何故迷宮の主に?」
「魔王を殺した時にはこの見た目でな。平和を見るには死が近すぎた。それに平和に生きる術も知らん。前の世界でも殺伐としておったしの。ならばと、神に頼んでここに来た。しかし、上の迷宮が凶悪過ぎてな。全く人が来ん」
「諦めてたしね」
「はぁ。情けないのぉ」
「全くで。さて、始めましょうか。勇者様」
僕は太刀を取り出す。
それを見て、目を細める男。
「ほう?そのような太刀、見たことないのぉ」
「そりゃあ、そうでしょ。全部の刀を知るわけがない」
「そうでもない。……この世界にある刀は儂が持ってきた物しかないはずだからの」
その言葉に目を見開く。
「儂がこの世界に持ってきたのは3振り。1振りは魔王に折られてもう無い。1振りはここに。最後の1振りは友人に託した。神によって加護を得た刀は、この世界の者には鑑定できん。同じ世界に来た同胞しか分からんようになっている」
「……ちっ」
その言葉に僕は舌打ちする。
それが真実だと分かってしまった。
「儂が知らん刀を持っているということは、それは異世界人が作ったに他ならん。……君は異世界人じゃな?」
「……違うよ」
その言葉に眉を顰める男。
「正確には、異世界人『だった』……だよ」
「なんじゃと?」
「異世界人だった僕は……神と同じ日本人によってこの世界に落とされ、この世界の人間によって【闇淀の坩堝】に落とされ、全ての魔王と異王と融合したんだ」
「闇淀の坩堝じゃと!?全てと……融合!?」
僕はニヤリと笑う。
「初めまして。【斬撃の勇者】、藤社 左衛之助 忠保殿。僕は歴代最悪の魔王、ナオ・バアルだ」
忠保はその言葉を聞いて、悔しげに目を瞑って俯く。
そして、俯いたまま刀の柄に手をやる。
「悲しき事よ。数十年の時を掛けて魔王を討ち、百余年も人を待ち望み、ようやく来たのが同胞で魔王とはのぅ」
そして、その場で腰を下ろす。
「されど、これも宿命か。儂は日本人にして勇者じゃ。ならば……!」
忠保はナオを見据える。
「貴様を殺すことこそが儂がここにいた理由であった!!」
刀を走らせ、鞘から一気に抜き放つ。
一瞬、風が舞ったと感じた。
ナオは右脇腹から左肩にかけて斬られて、血が噴き出す。
「「ナオ様!?」」
思わず叫ぶ2人。
「【居合:一文字】、貴様なら知っておろうに!!」
一瞬で間合いを詰めて、上段から刀を振り下ろす。
キィン!
しかし、それをナオは太刀を途中まで抜いて防ぐ。
「ぬぅ!?流石に魔王か!」
忠保は流れるように体を回転させて、刀を薙ぐ。
しかし、ナオの姿が消えて空振りする。
「っ!」
忠保は後ろに下がり、最初の場所に戻る。
「おーおー。速いね。流石勇者様だ」
ナオは忠保の左側に移動していた。
体どころか服すらも斬られた痕は無くなっていた。
「随分と余裕じゃな」
「そりゃあ、慌てる理由もないもん」
「……過信は足を掬われるぞ?」
「過信じゃないから大丈夫」
「それが……過信じゃと言うに!」
再び一瞬でナオに近づき、刀を振るう。
しかし、ナオの太刀に防がれる。
その後も高速で刀が振るわれるも、全て弾かれる。
「むぅ!」
忠保は一瞬下がったかと思うと、次は突きを放ってくる。
それは体を捻って避けられる。
忠保は目を見開いて、高速で下がる。
その顔は険しかった。
(馬鹿な……私の太刀筋を完全に見切っている。それもあの間合いの中で、あの太刀で防ぐだと?)
忠保の打刀より、ナオの太刀は70cmは長い。
先ほど間合いは忠保の間合いだ。
普通であれば、忠保の刀より速いなんてありえない。
「馬鹿だよね。ここは日本じゃないよ」
ナオは太刀で肩をトントンと叩きながら、忠保を見る。
「それに相手は魔王。普通の力なわけないでしょ」
「……そうか。貴様は時を操れるのじゃな」
「そうだね」
忠保の言葉に頷くナオ。
それに顔を顰めて、刀を構える。
「時を操る程度でその自信とはの。やはり程度が知れる」
「それが分かった程度で見抜いた気になるなんて、程度が知れるよ」
言い返してくるナオ。
「……貴様は何をする気なんじゃ?世界でも滅ぼすか?」
「それもいいかもね」
「……まだ引き返せよう。世界を無意味に敵に回すでない」
「それはもう遅いね。2つ位街を滅ぼしたし、神が僕を放っておくと思う?」
「っ!?……すでに堕ちていたか。世界を敵に回した所で得られるものはないぞ?」
「世界に味方したところで得られるものもないよ」
糠に釘。
もはや分かり合えないと理解する忠保。
それはナオも同じ。
「やっぱり勇者の言葉は僕には届かないな。ルティにシフラは?」
「同じくですね。そもそも世界は私達などどうでもいいと思ってますよ」
「ナオ様があたし達の世界だからね。他の世界なんてどうでもいいさね」
「だよね」
「…………」
ナオ達の会話を聞いて絶句する忠保。
ここで殺さねばならん。
そう決意する。
「言葉は諦めよう。ならば!我が刃を届かせようぞ!」
再び斬りかかる。
先ほどより速く、力を込めて。
ナオは太刀を構える。
また弾く気か!
そう忠保は考えた。
「我が【斬撃の極】は!その太刀も!時空をも斬り捨てるぞ!!」
ナオはそれを冷めた目で見ている。
「へぇ~。その折れた刀でも斬れるの?」
その言葉に目を見開き、刀に目を向ける。
忠保の刀は、鍔元から折れていた。
「な……!?」
「君のスキルと刀は凄いけどさ。君自身は弱いよね。すでに時を止めて君も刀も斬ったのに、気づかないんだから」
忠保の体中から血が噴き出す。
体から力が抜けて倒れる。
「ぐ……う……!?」
ナオは太刀を仕舞いながら、忠保に近づく。
「やっぱり弱い。こんなもんか、勇者でも」
忠保はその言葉に歯を食いしばり、ナオを睨む。
そして、柄を力強く握る。
「『我は真なる刃也』!【終地・我身孤剣】!」
柄が粉々に砕ける。
体から魔力が噴き出し、瞳は銀色に輝く。
体を跳ね起こして、ナオに右手で貫手を放つ。
刀を犠牲にして、自分自身を刀に置き換えて敵を斬る。
忠保の切り札である。
刀の能力を得るので、スキルも忠保を刀と見なして、その効力を得ることが出来る。
腕の一振りは、刀の一振り。
この腕は太刀も、時空も、魔王も斬る!
終わりだ!
忠保はナオの胸を貫くつもりで腕を振り抜いた。
「やっぱり、その程度だよね」
その指はナオの体を貫くどころか傷1つ付けられず、逆にグシャッと潰れる。
「なん……じゃ…と……!?」
驚愕に目を見開く忠保。
自身の切り札が、魔王を倒した切り札が、通じない!?
「言ったでしょ?僕は数百の魔王と異王が混ざった存在だって。たかが勇者1人が勝てると思ってたの?」
右腕を振り上げるナオ。
「君の【斬撃の勇者】の効果も分かった。あんまり大したことないね。ただ斬ることに下級神レベルで特化しただけじゃないか」
腕を振り下ろす。
忠保の体は左肩から真っ二つに斬り捨てられる。
「ごふ……!?」
地に伏せる勇者。
それを冷たく見下ろす魔王。
「哀れだね。これが君の終わりだよ。勇者の爺さん」
すでに呼吸をしていない忠保。
ナオはその死体を燃やして灰にする。
「じゃ、中で核を探そうか」
「はい!」
「はいよ」
そう言って中に入るナオ達。
そのナオの手の中には、光り輝く玉が握られていた。
ありがとうございました。




