表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生、最後の修行  作者: 地淵育生(ベリー)
女性として生きる
9/29

ドブリジューカとその周囲

 黒い木々が重なり合って太陽の光を妨げている。湿った空気が重くまとわりついて、池に浮かぶアオミドロのように漂う霧が、人間の探索を回避している。ハートバルクとドブリジューカを分かつ緩衝地帯が、夜の潜む森(ダークフォレスト)だった。


 ここに向かう物好きはいない。人間たちが足を踏み入れると、至る所に群生している食人植物に襲われてしまうからだ。重装備の軍隊ならば、進行することは可能だが、磁石も効かず、野生動物も、生肉を食むように人を狙っているとあっては、迂闊には踏み込めない。森を抜け、一風変わった街に出る。毒々しい緑色が雨ざらしになった壁へ穿つような模様で染め上げた建物が乱立し。出入り口は、古い廃油を塗ったくったような、ぬめっとした手触りで、人が間違って訪問したならば、逃げ出したくなるような仕掛けが満載していた。そんな場所が、異形の人々の住処になっている。彼らはハートバルクには適応できず、追い立てられるように、この地にやって来た。


 町の名はバヌツモリという、その奥には、棘のある植物を模倣したような毛皮に包まれた城があり、中にはデシク・ジークアが政務をとり行っているという。そこに、スパイから情報を得たバザ・ギャリが、恭しく謁見の間に、ゆっくりとした歩みで訪れた。


「ジークァ様、これが、ハートバルクの脅威とされているドミニク・シーガルに関する資料でございます」

バザ・ギャリは、黒っぽい箱を取り出した。蓋を開けると、等身大のドミニクの全身像が姿を現す。その身体は半透明で、活字が発光した身体の間を飛び交っていて、彼女の能力や思考などがわかるしくみになっていた。


 デシクは、しばらくドミニクの全身と、光り輝く身体にまとわりついて流れていく活字を見ていたが、やがて、大あくびをして、白い歯を見せると、バザ・ギャリに、低いが、周囲を震わせる重みのある声で告げた。


「この女性には、敵意がまるでない。取るに足らんな。捨てておけ」

 デシクは口に手を当て、あくびをした時の水滴の残滓を手の甲で拭い去ると、王の玉座に背をもたれて、深々と座り、煙管を加えると、細く細くて長い煙を吐いた。


 バザ・ギャリは、関心を持たぬデシクに対して、手柄を立てたいのか、身を乗り出して、再度訴え出るのだった。王の怒りに触れぬようにへりくだったまま移動する様は、岩塩地帯で身じろぎをしている軟体動物に似ていた。


「ですが、デシク様、ドミニクは天体を自由に操り、危害をもたらすと報告書にあります。彼女を放置していたら、いずれドブリジューカに災いをもたらすのではないでしょうか」


 バザ・ギャリは、報告し終えた後、目を伏せて再度、デシクの表情をうかがった。デシクは冷たい目のまま、関心がなさそうに煙管を弄んでいる。手の大きさからみて、ガマの茎のように細い管が、上下運動をせわしなくしていた。


「当面は動きがあるまで、我が国は静観を決め込む。もし闘いののろしが上がったら、その時は応戦にとりかかる。以上だ」


 デシクは、さっきよりもトーンが少し上げられたよく通る声で、側近の者に告げ、バザ・ギャリを退けた。バザ・ギャリは何か言いたそうだったが、王の表情を予見して、引き下がざるを得なかった。


 階段を降り、自分の執務室に戻ったバザ・ギャリは、先ほどとはうって変わった、石でも絞り切ったような、険しい表情の顔を、両の拳の上に置き、次なる算段を練っていた。


「デシクは領土的野心がない。このままではドブリジューカは、いずれ……」


 バザ・ギャリの考えは、ハートバルクと隣国ルインシャトフが手を組む前に、片方の国に兵力を集中して一挙に叩こうと思案していた。だが、元々、異形の者が暮らせる理想郷を夢見ていた、デシクにとって、領土の拡大は望まぬ夢であった。


 バザ・ギャリは、別のスパイを呼ぶと、ドミニクの交友関係を調べるように伝えた。前任者に比べて背筋が伸び、顔も端正で、一般人然とした後任者は、小ぎれいな布の服に身を包み。ハートバルクのリヒータナに潜り込む。


 銀髪に金色の目をした若者は、リヒータナの町で、革職人の仕事に就き、勤勉に働いて、周囲の人の信頼を勝ち得た。夜は、町内の店をしらみつぶしに回り、あちこちに顔を出し、ドミニクの交友関係をそれとなく訊き出した。


「ドミニクさんは、氷職人のマーロと仲がいいみたいだよ」

店に居合わせた、中年女性の話を耳にすると、若者のスパイは、裏を取りにマーロの職場の近くに身を潜めていた。やがて、中世的な顔立ちのドミニクが、マーロと話すときだけは、恋を習いたての乙女のように、たまに顔を赤らめながらも、注文のやり取りをしている場面を見て、確信を得た。


 若者は、その事実を胸に秘めると、人々に気づかれないように町を離れて、ドブリジューカのバザ・ギャリの元へと去って行った。


 ドノバンも、ドミニクも、そしてマーロも不意の訪問者には気づかずに、日々の生活を営んで過ごしていたのだった。


 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ