出征の日
ランセット・アランフェスの農場の家に、人が集まっていた。明日は彼の出征の日。ハートバルクでは、男性は17になると徴兵に取られてしまう。軍役は、モンスターから、町の人を守るための警護と、ドブリジューカと戦争になった際の予備のために就かされる。
今夜は、出兵の壮行会が行われる。ドミニクは店を休んで、ランセットの祝いの宴に参列した。町長の音頭の後、乾杯の叫びが響きわたり、軍服を着て硬い表情のまま、ランセットは壇上に立ち、決意の言葉を表明していた。
「この度、17歳になり、国民の皆さんを守るために兵役の任務に就くことになりました。今まで育ててくれた父や母、見守ってくれた周りの皆さん、私は徴兵されて幸せです。この任務を無事に果たし、国民のために私の体を捧げるつもりで奮闘していく次第です。皆さん、見送りありがとうございます」
盛大な拍手に包まれて、ランセットの顔は上気していた。ブロンドの髪の生え際から、汗がしたたりおちる。緊張しつつ、これからの重圧に抗っていこうとしているのであろう。眼に力が宿り、瞼はしっかりと見開かれていた。
その後、最後になるかもしれぬ家族を交えた宴が始まった。教会の娘ナーシャもいる。何かを必死でこらえているような硬い表情で、ランセットから離れて座っていた。ナーシャは時々、ドミニクを睨み、すぐにポーカーフェイスに戻り、すました顔でいる。
ドミニクは感づいていた。ナーシャは、ランセットを失うかもしれない不安に耐えていること。晴れの席で涙を見せまいと必死にこらえていること、そしてモンスター退治に本気を見せないドミニクに対する怒りをかくしていることを。
ドミニクは宴の場で、大人しく果汁を飲んで過ごしていた。ランセットは飲み物を継ぎながら参列した人にあいさつを交わしている。ランセットがドミニクの前に来た。
「皆さんのために、誠心誠意努力させていただきます」
「とにかく生きろ。死ぬな」
ドミニクは小声で耳打ちする。周囲の歓談に打ち消されて、ドミニクの発言は周囲には漏れなかった。
ランセットはナーシャの元に行くと、二言三言告げて、別のテーブルに向かった。ナーシャはハンカチーフで涙をぬぐうと、元のすまし顔に戻って、ねぎらいの言葉をかけていた。
出征を祝う会は終了し、各自帰宅を急いでいた。ドミニクはナーシャに呼び止められて、農場の離れの物置小屋までついていった。薄暗闇の中、ドミニクはこれから言われることを全て受け止める腹積もりでいた。柔らかい風が顔をなでる。しばらくして、ナーシャが口を開いた。
「ハートバルクに生まれてから、こうなることは予想していた。でも、もしかしたらドミニクが、争いを終わらせてくれるかもと願っていた。でも叶わなかった」
「今はドブリジューカとは戦争にはなっていない。国境付近の警護なら二年もすれば任務は終わるだろう」
「その二年間に、戦争が起きない保証があるっていうの!」
ナーシェは珍しく声を荒げた。しかめた眉の下の眼には、今にもあふれんばかりの涙が貯められていた。
「ドミニクに言っても仕方ないわね。あなたは超のつく平和主義者なのね」ナーシャは、皮肉を込めた言葉を投げかけて、黙って教会の方へ戻って行った。ドミニクは、肩を震わせながらも気丈なふりをして立ち去るナーシャを見つめていた。
「私は、無益な殺生をしたくないだけだ」
かすんでいくナーシャの背中に、自分の気持ちを投げかけた。言葉は、乾燥した空気に吸い込まれて消えていった。
明日になれば、ランセットはこの町からいなくなる。彼はドノバンのように徴兵を免除されるような立場ではない。ドブリジューカとの争いはないが、ドノバンのような野心家が政界の中枢にいれば、いずれハートバルクは魔王の国と戦火を交えるだろうことは、予想がついた。
ドミニクは、これから自分が、町の人たちのためにどう生きていくか悩んでいる。自分の魂の言葉を優先するのか、それとも周囲の人々の幸せを考えて戦うのか。ドミニクの中では何も決まらずに、今までの生活を繰り返すことしか、思いつかなかった。
ドミニクは、自宅に帰ると、魂に問うてみた。魂は何も答えなかった。ドミニクはマーロのことを考えた。あと二年後にマーロも、徴兵されるだろう。マーロがいなくなることに耐えられるのか?彼女は自問自答する。ドミニクの心にざわめきが広がり、彼女が守ってきた信念を、軽くはじいた。
「今宵は、眠れぬ夜になりそうだ」窓越しに見える星々を眺めながら、自分に与えられた魔法の力に思いをはせる。この力をどう使うことで、人々は幸せになれるのか。それとも使わぬままでいた方が、災いを招かずに済むのか。一夜では答えは出なかった。