裏の顔・表の顔
ユン・ホウであるところのドミニクが進軍を一旦止めてしまったので、エイヂマスは心中穏やかではなかった。上層部に戦局はわが軍に有利であり、城の陥落まで日数を要しないと大見得を切ったので、一日とはいえ予想外のの停滞ぶりをどう説明するか、彼の胃袋は猫を袋に押し込んで入り口を締め付けたように暴れるのだった。
ソルティーの魔術が切れるまで後数日でありユン・ホウの心にもひずみが生じていた。復讐に燃えるドミニクの憎悪の心とわずかばかりの良心がせめぎ合い静かなそれでいて激しい葛藤としてユン・ホウの心にさざ波を立てていた。ユン・ホウは醜くゆがんだドミニクの姿を察知しつつ心の中で彼女の中に少しだけ首をもたげた良心にささやきかける。彼は確信していた。おそらく自分が消えるころにドミニクも正気に帰るだろうという事を。
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その最中に魂の緒は繋ぎ止められ本質的なデシクの心情がドミニクの心の敵愾心を鎮めるために秋波を送っている。ユン・ホウの意識にさえぎられたドミニクの心のスクリーンに彼の人生が映り込んでいた。
特殊な個性によってあらゆる場面で阻害される人々、同情心の厚いデシクは村八分になる事もいとわず彼らのそばに居るのだった。
「お前なんかおかしいんだよ。なんでそんなに変なのか」
「どこが変なのか説明してみろ」
集団から排斥された一人の男性を庇い、リーダー格の男に食って掛かるデシク。しかし多勢に無勢。集団の圧力によって拳を挙げた声は葬り去られてしまう。
何処かへ行こう彼らがよりつかない理想郷へ。デシクは追い出された変な人々を従えて最果ての地へと向かった。豊潤な土地は彼らを追い出し、さびれて荒れた異形が潜む荒れ野を自虐的に目指すのだった。そこにしか安住の住処がないことを知り、厳しくても苦しくてもたどり着くしかなかった。
デシクの歴史が少しずつドミニクの心を溶かし始めている。彼女の人生で培った慈悲心がささくれ立った心を癒して元いた場所にいざない始めている。マーロの裏切りやビリーの罠に深く傷つけられ生贄を求めてさまよう渇愛した流浪の復讐心は元居た居場所を求めつつあると思えた。
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その晩夜襲が起きた。一日の停滞はソルティーの策が功を奏したことを物語っていた。デシクが最後の反撃に賭けたのだ。解き放たれた異能者たちが全線を混乱させる。
ナーリヴ・フギェーヒが聖母のように微笑み。彼女の表情を見たものは己の信仰心を試される。人間なら誰しも多少の戒律破りはしているはず。その罪の意識が自らを苛み、戦闘意欲を失わせる。良心の呵責は兵士の手足を縛り地面に蹲るしかなくなった。
「お前は敬虔な信者なのかい」
ナーリヴの呼びかけに多くの兵士が両手に顔をうずめて泣きじゃくった。
「ひええ、申し訳ございませんでした。悪いとは知りつつも戒律を破っていました」
「神に許しを請うがいい!」
跪いた兵士は赤子のように高い声をあげて嗚咽に喉を震わせていた。部隊長は「奴の顔を見るな」と叫んだ。だが、見るなと言うとみてしまうのが人間。前線にいる大半の人がナーリヴの能力に引っかかった。
ヘイゲイ・ギガフスが地面を両手で叩くと周囲にいる人間は重心を失って倒れ込む。彼らは二度と起き上がることはなかった。歩こうとすると重心が移動して立っていられなくなるからである。死ぬ前の虫のようにひっくり返って足掻いている多くの兵士たち。
「エイヂマス殿、敵の奇襲です」
運よく逃げ帰った見張り兵の一人が戦況を告げた。エイヂマスは反抗する胃袋を抱えながらドミニクに進軍を促した。
「敵が反撃に出ました。今こそ抗戦を」
「いや、待てぬか」
「何を悠長なことを。このまま黙っていては終わりですぞ」
「何の我が力を持って事に当たればたちまちひっくり返すことなど造作ない」
「しかし」
エイヂマスは部屋の中をぐるぐる回った後に首に鉛でもぶら下げたような姿勢でドミニクの前に立った。彼は恨みがましい目で見つめると急に襟首をつかんで引き寄せた。
「もしかして裏切るおつもりか」




