異端の国の王の悩み
デシク・ジークアは野心を持たぬ王である。ドブリジューカに関する噂からは、並々ならぬ野心の持ち主だと恐れられていたが、現実は居場所を持たぬ民たちへの救済として国を立ち上げた。いや、民は勝手に集まってきたのかもしれない。普通の人々が暮らす社会から弾き出されたせいで。
ドブリジューカの民は好き好んで魔物が跋扈する森の奥に居を構えたのではなかった。ただ彼らがあまりにも生きるのに不器用すぎただけの結果に過ぎなかった。普通の人間たちが、日常的な挨拶を交わし空気を読み人々と表面的な交流を続ける。その風習にそぐわなかっただけだ。彼らは、本音を語り礼儀を無視し相手が気にしていることを直接的に指摘するので、世俗的な集団からは疎まれていった。追い出された人々、何かが欠けていたのだ。もう一つ、彼らには戦闘に関して、類まれなる特殊能力を身に着けていた。だが、その戦い方は卑怯な戦法として広まり、軍隊の場からも追い出されていった。
あまりにも人間離れしていた奇想天外な能力、ただの火を出したり冷気を出す魔法ならそれほど怪しまれなかったかもしれない。人が持つ魔法にしてはあまりにも特殊すぎたり、能力の閾値を超えていたので、彼らは恐れられ追い立てられていった。誰が予想するだろう頭の皮を引き延ばして相手の視覚聴覚嗅覚を奪うなどといった秘術、グロテスクなそれらは術者ごと森に葬り去られていった。
デシクは居場所のない民のために小集落を作り満足するつもりだった。だが、被害妄想に駆られた近隣の住民たちが害虫を駆除するように森の中にまで入り込んで戦闘を仕掛けた。デシクたちは自分たちを守るために、攻めてきた兵たちを返り討ちにして世界を広げて行った。やがて拠点を持たないと戦略上不利になると知り、今の城を築き上げた。地図のない迷路と呼ばれているこの城には、人が迷い込むと発狂すると伝えられている。
バザ・ギャリは、王からの叱責を恐れていた。自分が焚きつけたドミニクの憎悪。マーロの死をきっかけにドミニクを参戦させて、王に開戦を促すはずだったが。予定通りにいかぬばかりか、戦局が有利にもかかわらず急な彼女の参戦。あまりにも彼女の力が大きすぎ形勢は逆転。もともと戦争には反対だったデシクの怒りは真っ先に自分に向けられるはず。だからといって、今更詫びた所でどうにもならない状況なのだ。バザ・ギャリは覚悟を決めて王の間に赴く。
「此度の暗殺を仕掛けた理由を述べよ」
「ドミニク・シーガルはあまりにも危険な存在ゆえに戦力を削ぐ必要がありました。彼女が悲しみの淵にしずめば、脅威にはならなくなると思ったからです」
「しかし、結果は逆になった。ドミニクは討伐隊の一員としてわが軍の術者をなぎ倒し、城に進んでいる。この逆境を打破するチャンスをやろう。もし、ドミニクの進軍を止めたらすべてを許す」
バザ・ギャリは神妙な表情で接見の間から退いた。だが、彼にはドミニクを止める算段など何もなかった。ここ数日の心労と不安で彼の身体は枯れ木のようにやせ細っていた。彼は配下の者を集めて頭を寄せ合って三日三晩会議を開いた。追い詰められた者がすがる一瞬のひらめきもこの時ばかりは味方しなかった。
疲弊したバザ・ギャリはついに自国を捨て、ハートバルクの側に就こうと、“地図のない迷路”と呼ばれた城を後にした。魔物が集う森を抜けて、歩みを進めていく途中、術者に出会う。
「バザ・ギャリ様どちらへ」
「おお、お前はミドゥー・ケイトか。ちょっと訳があってハートバルクの連中に嘘の情報を仕込みにいくのだ」
「道中お気をつけよ。特に裏切り者には」
いうが早いかミドゥー・ケイトは身をよじって空気を掴んでバザ・ギャリに投げつける。何も掴んでいないように見えた手には、握りこぶし大の透明な何かが握られていてバザ・ギャリの顔面に打ち当たる。バザ・ギャリが顔を押さえると同じ顔がもう一つできていた。
「いい案が出ないから裏切って寝返るつもりだよ」
もう一つの顔は、隠していた本音を話し始める。慌てて口をふさぐバザ・ギャリの手にもう一つの頭は手で噛みついた。一筋の血が流れて手を放すバザ・ギャリ。もう一つの頭は盛んに呼吸を繰り返し過呼吸状態になった本人は、気が遠くなって転倒した。
ミドゥー・ケイトは失神したバザ・ギャリの身体に口を寄せ「よしよし、いい子だ」と囁くと、そばにいた液状の生命体の中に投げ込んだ。彼はたちまち取り込まれて吸収され、この地から姿を消した。
「ドミニクは私の真実の顔が倒す」そうつぶやくとミドゥー・ケイトは森の中へ消えて行った。その術者の存在を知らぬドミニクたちは、戦線拡大のための策を練っていた。
魂は少しずつ緒を伸ばして探りを入れる。その端がデシクの意識に触れるのはまだ時間がかかりそうである。魂はゆっくりと森の中に軸足を伸ばして、彼の意識をキャッチするのを待っていた。




