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異世界転生、最後の修行  作者: 地淵育生(ベリー)
女性として生きる
20/29

行き場を失った愛は

 ビリーが姿を消したことを知ってからドミニクは店を閉め、石壁に爪を立てて流れでる血で呪いの言葉を綴っていた。前世が僧侶とあろうものが戒律も修行も虚空の彼方へと消え去り、ただの恋に破れた哀れな女性として、愛が別の醜いものに変わるのを後押しするように心をすさませて、たぎらせつつある。マーロを恋し、頬を紅くそめた初々しい女性の姿はなく、濃い緑色の髪の毛は枝毛が増え、打ち上げられた海藻のように変化していた。目の下には青ざめた狼を闇にはなったような濃くて毒々しいくまができ心労の重さを描き尽くしている。


 ビリーがドブリジューカのスパイだったという事がドノバンの調査で分かり、悲しみに打ちひしがれるドミニクの元にも知らせが届く。美味しい蜜を貯めた花々の裏に隠れていたのは、一匹の毒蜘蛛でドミニクをマーロの元から引き裂くために派遣された罠であった。自分の短慮に自らを恨んで二つの眼は夜のとばりに遮られ虚空を舞う、閉じた二つの瞼からは悔恨の涙が集中豪雨の洗礼を受けた支流のように淀みなく涙があふれ出ている。彼女の心の中には主人も客人もおらず空虚な空き家として、悲恋の月明かりに照らされていた。


 マーロへの思いを絶たれ、その原因のビリーがデシクの配下だと知り、行先のない憤りは不思議な力を携えてドミニクの体内で熟成された。そのうねりは彼女の主義心情をも動かして先へ進む。火を咥えた竜のようにすべてを分かつて本来の心は二つに割かれた。ついに彼女は本来の素性を宗教的な崇高さを捨て去り、憎しみの権化となってハートバルク征伐軍への参加を決めた。この知らせに議会はもとより、トーマスの陣営は沸き立った。惑星を操る力を得たのだから、勝利は間違いなしだった。


 森の中で苦戦している部隊では、ドブリジューカの兵たちの特殊能力に苦戦を強いられていた。士官のエイヂマス率いる部隊は、敵の何者かに兵士たちの視野を360度広げられて混乱していた。視野が広がることで、現在位置が把握できなくなり、混乱してめくらめっぽうな砲撃を始めている。同士討ちを連発して、兵力は削がれていった。部隊の両脇で援護射撃をしている魔法部隊も精神力で敵のいそうな場所に攻撃を仕掛けているが、やはり魔法攻撃に関しては普通の人間たちより長けている能力兵たちの敵ではなかった。


 敵は影のように兵士に寄り添い、瞼に触れることで彼らの視野角を最大限に広げていく。声にならない叫び声を上げ、足元を震わせながら、あらぬ方向に駆け出して、崖から落ち沼にはまる。軍はちりぢりばらばらになり撤退を余儀なくされた。


 ネイシャスタ・ホームラクの部隊にドミニクが配置されることが決まったのは、その晩の事だった。彼女は簡単な訓練を受け、能力についての諮問が行われた。一日に使える星は一つだけで、天候には左右されないとのことだった。その夜、ドミニクの店で壮行会が行われて、ドノバンも参加した。埃一つない背広を身に付け真新しいネクタイを締めて、折り目のきっちりついたズボンをはいたドノバンの前に、女性向けの軍服を身に付けたドミニクが座っていた。普段着慣れていない衣装に身を包みどことなく堅そうな姿勢で背筋を伸ばしている。緑の髪の毛は後頭部で結われ動きの邪魔にならないように固められていた。ドミニクはやや緊張した表情でドノバンを見ると軽く会釈をした。伏せがちの目の奥では、やり場のない怒りが小さな炎となって見るものを照射しているように思えた。


「いよいよ、ドミニクさんの本領が発揮されるのですね」

「お役に立てて光栄だ」

「わが軍は、現在劣勢に立たされていますが、ドミニクさんの力添えがあれば、すぐに体制を立て直せるでしょう」

「こちらこそ世話になる」


 一時の嫉妬に支配されたドミニクの思考は、魂からの連絡も全てシャットアウトしていた。魂は本来の役目を果たせず、彼女の中で縮こまっているだけだった。今彼女を支配しているのはビリーの裏切りを告げられた日から燃え広がった恨みの心情。愛が憎しみに姿を変えて大きな翼を広げようとしつつある時。平和のために振り下ろされた雷は、両国間の均衡を奪い新たな戦火は大いなる犠牲を孕むのであった。


 

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