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異世界転生、最後の修行  作者: 地淵育生(ベリー)
女性として生きる
19/29

二つに割れた心の査定

 進軍を告げる管楽器の音が勇ましい産声を上げて、兵の士気を高める。

最短で城を落とすには、夜が潜む森を愚直に進行するしかなかった。隊をまとめるバスク・ウェザードは、森林地帯をぬって進む作戦には批判的だったが。仮に城の北側の平原から攻めたとすると、軍を集結させた場合、逆側からハートバルクに攻め込まれる恐れがあった。


 突然、巨木が八方に裂けて、周囲の兵を巻き込んで地面にめり込ませた。植物系魔法の使い手が、戦いののろしを上げた。緑色の法衣に身を隠した術者が突端から滑り降りて森に肌を馴染ませる。魔気が水に浮いた油のように周囲を虹をぶつ切りにした断片で、かすませ、士気をくじく。自軍にも魔法兵はいるが、火・水・氷

・土といった基礎魔法しか使えなかった。


 それでも魔物のように襲い来る鞭のような蔦を魔法兵が火炎魔法で焼き払うが、生木ゆえになかなか燃えず。敵軍の自軍を上回る魔法攻撃に、ほとほと手を焼いていた。銃器があるので互角に戦えると踏んでいたバスクは、視界の塗りつぶしという敵魔法に翻弄され、活路を見いだせないでいる。足元の苔は意思を持った生命体として城の主の要求通りの働きをして、兵たちの進軍を妨げる。


「敵は多くないはずだ。恐れるな進め」バスクは檄を飛ばすが、森の中に生息する羽虫が耳をふさぎ、声を届かせてくれない。やがて森全体が敵だと気づいた兵士たちは、蝋で固められた昆虫標本のように動けなくなっていった。


 現地から送られてくる報告書を見て、フィッソラは革靴を飲まされたような表情で空を仰ぎ、二つの眼はお互いを監視してるかのごとく睨んでいる。すぐに側近のトーマスに声をかけて、ドミニクの参戦はまだなのか問うた。その返事を聞くと、前よりもゆがんだ表情になり、開戦を推し進めていたことを後悔していた。






 そのドミニクは、鱗取りで体表をなでられた魚のように、心が傷ついていくのを感じていた。こともあろうにマーロが、看病をしてくれていた看護師のロクサーヌ・キルトに移り恋をみせたのだ。まだ体力的に完全回復していないマーロは、助けてくれたドミニクより、顔を合わせる回数の多いロクサーヌに、次第に心を移していった。


 ドミニクは、なんとかマーロの心を自分に振り向かせようと、足げく治療院に通った。しかし、そこでロクサーヌに鉢合わせすることも多く、次第に気まずくなっていた。


 陽光が窓際を照らし、ガラス越しに透き通った空気が光によってダイヤがつながった様な光輪の万華鏡を魅せるような天気の日に、ドミニクはマーロの好物のポテトのチーズ包み焼きを持参して現れた。

 マーロはかってみせた笑顔ではなく、すました表情で彼女を迎え入れる。そこにはかっての二人だけの幸福な時間を再現するような空気はどこにもなかった。


「マーロ、具合はどうだ」

 相手の機嫌を損ねないように恐る恐る語り掛けるドミニク、その遠慮が見せる危うさは、もう二人の心が同じステージに立てないことをリアルに表わしていた。


「大丈夫です。ドミニクさん。もう元気ですからおかまいなく」

 ロクサーヌとの逢瀬の時間を求めるが故、マーロの言葉には冷たさを匂わせていた。


「差し入れのお菓子だぞ。いただかぬか」

「申し訳ないけど、今お腹がいっぱいなんで」

 とマーロは答えたが、時計の針は昼前を指していた。(ロクサーヌの手料理がそんなに食べたいのか)ドミニクの心に嫉妬の口火が垣間見えた。


「見たんですよね。公園の横であなたが、派手そうな宝石商と語らっている場面を」

 見られていたのか。ドミニクとその周りで時間が糊で塗り固められたように、固まった。


「あ、あれはただの知り合いでのう」

「それにしては楽しそうでしたね」

 ドミニクは自分の心が二つに分かれていたのを見透かされた衝撃で頭が真っ赤にいろどられたようなきぶんになった。背中から心が抜ける音がした。


 荷物をまとめると、治療院を後にして自宅まで全力で走る。服は風を受け足元に絡みつき、自分の心は千々に乱れて吹き飛び背中にへばりついた。自宅について鏡を見ると、焦燥感で口元はだらしなく開き、眼は地震にあった池の魚のごとく泳いでいた。ドミニクはマーロとの関係が終わった事を理解した。ただ頭と心の解離は甚だしく、飢えた心は満たしてくれる仮の偶像を探し始めていた。


「ビリー、ビリーはどこじゃ」

 公園中の人一人一人に、ビリーの人相と風体を訪ねて回ったが。その人物を知る人はだれ一人としていなかった。清水の中に垂らされた一滴の赤い絵の具のような派手やかなビリーは、いつしか色をかすれさせ虚空の世界へと消えていった。ドミニクに焦りと苛立ちと怒りを残して。




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